第十九話 僅かな明かり

 



 俺は高校から終わったらすぐに見舞いに行くようになった。

 土曜日や日曜日もこまめに見舞いに行くようにしている。

 琉玖も美術部が終わった後すぐに見舞いに行くので我が家での食事は二十時頃に変化した。

 土日は二人ともバイトを入れることにして、なんとか央雅の入院費の足しになれば、と思っている。だから土日は午前中だったり昼間に少しだけしか見舞いにいけなくなってしまった事が申し訳なく思いながらも、土日も支援学級で授業以外のイベントだったり色々なボランティアが集まって動いているらしい。

 久しぶりに琉玖と揃って土曜日、央雅の見舞いに行った。

 八階の特別支援学級にいますよ、と受付の人に言われて俺たちはまっすぐ八階に向かう。

「あら、昼間に二人で来るなんて久しぶりね」

 八階にエレベーターが到着した瞬間、そう声を掛けられ俺と琉玖は思わず「お久しぶりです、蘭藍おばさん」

 と口にする。

「今、なんて言った?」

 ニッコリと微笑みながら近づいて来る。

「え、いえお久しぶりです、蘭藍お姉さん」

「うむ。素直で宜しいわ」

 この人は譜霞露病院の院長である吹炉 蘭藍(ふいろ らんら)先生だ。

 大きな病院にも関わらず、小児科も含めて様々な科で患者と接し、また患者家族とも交流し、話し合ってくれる信頼できる大人である。きっとこんなに大きいのだから忙しいのではないかと思うのだけれど、さばさばといつも笑って話しかけてくれる。

 ただし「お姉さん」と呼ばれることに異常に拘るのだけれど。

「今は水彩の授業をしてるから、貴方達も参加してみたら?」

 俺と琉玖は顔を見合わせ、特別支援学級へと急ぐ。

「違うよ、タイヨーはあかだよ!」

 高く響くような声が俺たちの耳に入る。

「黄色だろ」

「いいえ、オレンジよ」

 子供達のそれぞれの色談義に「みんな落ち着いて」となだめる看護師に央雅の声が響く。

波瑠 はる先生なら何色に塗る?」

「えっ、私……?」

 波瑠先生と呼ばれた女性はオロオロとしている。

「良いんじゃない?波瑠の好きな色で答えれば」

夏米 なつめは余計なこと言わないで」

 波瑠先生は少しだけ大人の男性を睨んでから「そうねえ、どの太陽もそれぞれの太陽じゃないかしら。だって朝と夜で変わっていくもの。私はお昼の太陽が好きだから、ちょっと黄色に近く描くかも」

 クスクス、と笑う声に琉玖が「あ」と小さく声を漏らした。

「そうそう、色なんてみんなが思う色で良いんだ。現実に見える色が人によっては違う色に見えている可能性だってある。信号の青は本当に青?それとも緑?そうやって悩むのが人間なんだから、何色でも大丈夫。みんな細かいことは気にしなくたっていいよ。俺も好きにみんなの事描くしさ」

 優しく穏やかな声にみんなが「はーい」と声を上げる。

「慶樹」

 琉玖が声を出す。諭すような声を出していた人物は伴 慶樹と言うことか。琉玖から何度も名前を聞いていた美術部員のエース。場の空気作りも得意ながら絵の才能もずば抜けていると言っていた。確かに文化祭で描かれた伴の絵は素晴らしい作品であり、感動したけれど彼は一体ここで何をやっているのだろう。

「おお、琉玖じゃん。見舞い?」

「そうだけどお前は何して……」

 琉玖の言葉に伴は笑う。

「知らなかった?ボランティアだよ。結構央雅とは絵の趣味合うんだぜ?」

 ニヤリと伴が笑う。

「聞いてないぞ」

 琉玖が少し不服そうに言う。

「驚くお前の顔が見たくてな」

「慶樹ってそんな嫌な奴だとは知らなかったよ」

「冗談」

「だって僕と慶樹兄の秘密だもん」

 央雅が笑って言う。

 知らない間に央雅にはもう一人、兄が増えていたらしい。

 決して俺と琉玖のことは名前で呼ばない央雅のその響きに、俺はただ困惑していた。

「さて、絵の先生が二人に増えたぞ。みんないっぱい描きまくれー!」

「わーい」

「誰々?新しい先生?」

 琉玖が子供達に囲まれる。

「お兄ちゃんは?」

 僕を指差して小さな女の子が言う。

「僕のお兄ちゃん」

 央雅がニッコリと微笑んで言う。


 しばらくして俺たちはバイトのために病院から離れる。

 この時はまだどこか、全てにおいて希望を抱いていた。暗闇の中に灯る僅かな明かりを精一杯目指して。


     ◆

 

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