第十七話 絵と共に訪れる

 

 十一月。

「兄ちゃん、本当に一般参加で良かったの?」

 口を尖らせてエレベーターホールで央雅が言う。

 文化祭当日、俺はクラスの出し物にも携わらず央雅と一般参加に徹することを決めていたからだ。

「良いよ、別に誰かと何かをやるのなんて俺にとっては不得意なものだし」

 俺が肩をすくめると央雅は小さく微笑む。

「もう、そうやって兄ちゃんは言い訳に僕を使うんだから、いい加減にしてよね」

 自動ドアを抜けて雪空学園へと歩みを進める。

「だから、良かった」

「うん?」

「兄ちゃんが美術部に入ってくれて」

 央雅は俺を見る。

「兄ちゃんも好きなこと出来たら、やっていいからね?」

 ニッコリと笑う。それは出会った頃と変わらない、まっすぐで素直で、明るい笑顔。

「僕、全力で応援するから」

「なんだよ、急に。何もないから央雅といるんだぞ、俺は」

「はいはい」

 央雅は駆け出す。

「兄ちゃん、勝負だよ!」

「そんなはしゃいでたら疲れるぞ」

 俺は走る気力もなく、歩いて央雅を追う。

 小さな頃から変わることのない学園へと進む道。

 校門は風船と手書きのポップなアーチで彩られている。

「何から見たい?」

 俺の言葉にとびっきりの笑顔で央雅は答えた。

「もちろん、兄ちゃんのところ!」

 美術室まで俺と央雅は歩いていく。

 美術室のドアも壁も全てが彩られていて、絵という世界観に入る前から人を取り込んでいくようだった。

 凄い。そんな中に琉玖がいるんだ。

 俺と央雅はチケットを係員に渡して美術室の中へと入っていく。

 部員全員の絵が飾られているようで、見た時はそれぞれ綺麗な絵だった。

 気になった一人は同じクラスの青穂紫雪の作品で淡い色合いで美術部員を描いている。

 それぞれの特徴を捉えていてそこにいる琉玖も確認出来た。

 隣には風景画も描かれているがどれも淡いタッチで凄く良い。

 そして琉玖が高校で同じクラスになった伴 慶樹。これは高校生とは思えないほど様々な絵柄でたくさんの絵を描いていた。

 細かく色鉛筆で描かれた街並みの風景。

 油絵で描かれたビーチと砂浜。

 水彩画で描かれている無数に広がる星空と見上げる子供の絵。

 鉛筆だけで描かれた人物の絵。

 どれもタッチが違っていて、俺は凄く驚いた。

 心の中を掴んでくるような絵を琉玖以外にも描く人がいるんだ、と思って感動する。

 そして隣に大きな絵。

 これが琉玖が描いた世界。

 こんぺいとうが夜空を舞う。

 公園のベンチとジャングルジムが描いてあって、ジャングルジムの上で男の子がこんぺいとうを手に伸ばすようにしている。

 夜空が凄く綺麗で、これを水彩で描いたのか、と思いながらも水彩画のような淡さはなくて真っ暗闇に近い、暗くてどこか沈んでいきそうな海の底のような夜空に、少年のガラスの瓶が夜空へ向かって投げられていて、そこから星のようにこんぺいとうが夜空を舞っている。

 どんだけ好きなんだよ、こんぺいとう。

 俺はそう思いながらもこの絵に俺の心は持っていかれる。あの八枚のアニメーションを見た時のように、俺の心をグッと掴んだ。

 こんなに大きなキャンバスがあるんだと同時に思った。教室の扉よりも大きなその絵に俺はただただ圧倒され、そして嬉しくなる。

 きっと、琉玖は凄い画家になる。

 美術の道だったらなんだっていい、いろんなコンクールに絵を送り出すべきだと俺は思いながら、央雅と二人で美術室を楽しんだ。

「他にも喫茶店とか色々出てるみたいだけど、央雅は行きたいところある?」

 俺が口にすると「兄ちゃんの絵を見てたら甘いの食べたくなっちゃった」と言うので二階にある喫茶室へ向かうことにした。

 文化祭で張り切っている者もいれば、俺みたいにどこにも携わらない人間もいる。

 三階から二階へ降りようとしたその時、央雅の身体がグラリと揺れた。

「央雅!」

 俺はこんなにも大きくなったのかと思いながら央雅の腕と手すりを掴んでバランスをとりながら支える。

 俺まで転がっていかないようにするのに必死だった。

 央雅は泣きそうな顔をして、俺は心臓が緊張していることを告げるようにいつもよりバクン、バクンと大きな鼓動を立てている。

 今起きたことが頭の中でグルグル回る。

 俺たちの日常は、平穏な日々に戻れたあの日から、まだ三年しか経っていないのに。

 俺は迷わなかった。

「すぐに行こう」

 央雅は「お母さんがいないと無駄だよ」と俺に反抗するように言う。

「この時間ならまだ家だ。叩き起こす。無理やり連れて行くからな」

 後に伸ばした方が悪いことくらい俺にだって分かる。

 嫌がる央雅を無理矢理譜霞露病院へ連れて行き、病院の公衆電話を使って緑さんに電話した。

「すぐに行くわ。知らせてくれてありがとう」

 緑さんの声は震えていた。

 でも、気づかなかったフリをする事が俺には出来なかった。

 それが央雅の結果に響くのなら、早くしなくちゃいけない、と思っている。これで良いのか分からない。

 いやこのまま俺の勘違いでいてほしい。

 たまたまふらついただけなんだと、そう言って笑ってほしい。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る