第十六話 大人になりたい

 



 十月。

 文化祭の出し物を決めましょう——そうクラス委員長が言った。

 確か琉玖は美術部でそれぞれ描いた絵を飾って美術館風にするんだ、と言っていたことを思い出す。本格的な出し物をする部もあれば、部では文化祭に出店せずにクラスでの出し物を中心とすることもある。

 部に決定権があり、時間がなければクラスの方には携わらなくても良い。

「えー。でもお化け屋敷とか喫茶店とかだと絶対くじ引きになるでしょ」

「馬鹿だな、一年生がそんな目立つこと許されるわけないだろ。せいぜい人気の無さそうなものを担当するくらいだろ」

「ええ、いいじゃん、逆にさ、演劇とかに力出してみる?」

「演劇部も参戦するのに見世物になるからやめようよ」

「それじゃあ、何ならいいの?」

 様々な声が上がる。クラスでの出し物。俺は特に浮かばないかも、とぼんやりと考える。

「良いなあ、紫雪は美術部で。そっちにかかりっきりでしょ?」

「シッ、瑚々ちゃん声大きい」

 美術部員が同じクラスにいるのか。じゃあ、琉玖のことも知ってるんだろうな。

 クラスのことも名前もそこまで把握してない。部活がどうとか、俺にはそんなの考えられない。その考えもいけないのかもな、なんて思いながらみんなの声に耳をすます。

「じゃあ何がやりたいの?」

「喫茶店は別に何個もあったって良くない?普通のじゃなくてさ、例えばパンダ焼きみたいなそういうのでも」

「ああ、持ち帰れる系なら良いかもね」

「でもどうやって作る?」

「パンダ焼きが無理なら薄いパンケーキとかに模様描いたりさぁ」

 どうやらおかし作りに落ち着きそうだなあ、と思う。

「だからどうやって作るんだよ」

 男子側は不満そうだ。

「それは後で考えればいいじゃん。とにかく持ち帰りの出来る食べ物を作る」

「それってどうなの。衛生的な問題で通るか分からないだろ」

 みんなの言葉をどうするべきか、俺は考える。

 こういう流れは変えた方が良いような気もするけれど、それで巻き込まれるのも嫌だ。

「みんなは、本当は何したいの?」

 俺の口から言葉が溢れる。

 みんながその言葉の出所を探るような目で辺りを見回す。

「みんなは本当は何がしたいの?演劇?喫茶店?お化け屋敷?それで何がダメなのか、そこをきっちりしないと話進まないと思うよ。ねえ、委員長、どうなの?」

 俺の言葉にクラス委員長は「あ、ああ」と小さな声で答える。

「特にダメっていうのはないけど、希望するモノが被ると抽選になる」

「じゃあ好きなもの第一、第二、第三をそれぞれ書いて集まった票で決めれば良くない?」

 俺の言葉に「ああ、そうだね」「先に聞かれちゃったから」と口々に何かを言い、委員長が持っていた第三希望までの紙をみんなに配る。

「ありがとう、中村くん」

 気弱そうなクラス委員長に俺は小さく笑って「頑張れよ、委員長なんだから」と軽く言った。

「ああいう風にしっかり言えるの、凄いね」

 透き通った声が聞こえる。

「え、何?紫雪のタイプ?」

「ねぇ、瑚々ちゃん?結びつけ方がおかしいと思うよ」

 投票が開票されると一位はお化け屋敷。二位は屋台。三位に喫茶店となっている。

 誰も意見を述べなかったがどうやら夏祭りの射的や輪投げなどみんなが広く遊べるようなものを男子が考えていたようだった。

「じゃあこれを後で報告するとして、決まったら放課後は文化祭の日まで話し合いや制作に使わせていただきます」

 とクラス委員長が言い放つ。

「あー委員長」

 俺はすぐに手を挙げた。

「俺、小さな弟がいるから放課後は無理」

 俺の言葉に「えっ」とクラス委員長が目を瞬(しばたた)く。

「だから、ごめん」

 央雅を独りにはさせない。

 琉玖の道が美術なら、俺が側にいるって決めているんだ。

「感じ悪い」

「嘘でしょ」

 誰かが放つ言葉もスルーする。

 疑惑の目を持たれても仕方ない。クラスの中で常に空気のような存在感だったわけだし。

「そんな事言って、ただサボる気なんでしょ?」

 俺は肩を竦めてその場を立ち去ろうとした。

「嘘じゃないよ」

 透き通った声で彼女が言う。

「中村くんは四組の遊坐くんの年が離れた弟の面倒を見てあげてるの。遊坐くんが美術部に入るときに頼んだんだって。だから、参加は強制出来ないよ」

 嘘だ。頼まれていない。

 俺が好きでやっているだけで。

「そうやって人の面倒を見れる、凄い人なんだよ、中村くんは」

 彼女の淀みない言葉に驚かされる。

「青穂さん、さっきから中村くんの擁護多くない?」

「本当だから——」

 彼女は尚も口にしようとする。

 けれど、俺はその場所から逃げるように、ホームルームが終わる前に教室から離れた。

 大人になりたいのに、逃げる事しか出来ない俺を、なんで庇ったりするんだろう。


     ◆

 

 

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