第十三話 新しい日常

 




 そして時は流れる。

 雪空学園の高等部一年生になった俺たちは、学校が終わった後、空き地に集合するようになっていた。外で遊ぶ事に母さんは文句を言わない。

 央雅の診察も半年に一度とペースは落ちて、ほぼ完治している。

 春。まだ寒さは残るものの梅雨の時期より前で心地良い。

 央雅も気づけば小学五年生。入院していたせいか分からないけれど普通の男の子よりは比較的身長や体格は年齢より小さいけれど、今は元気に毎日過ごしている。

 中学校はクラスが別れなかったものの高校では琉玖とは二つほどクラスが違うことが、なんだか寂しく感じてしまう。

 俺たちは出会ってからまだ四年くらいしか経ってないのに、その四年がとても長く感じられて、なのに俺たちは自分たちの成長にどこか慣れていない。

 空き地から町を見下ろすのは今でも好きだ。

 昔みたいに風を切って駆け下りることはなくなってしまったけれど、あの日々は今でも脳裏に焼き付いてる。思い出すだけど太陽が肌を照りつけるようで、それくらいあの時を大切にしている自分がいるんだと改めて思う。

 こんな風にこれからも過ごしていくのだろうか、と俺が思っていると琉玖が「あのさ」と口を開いた。

「俺、高校から部活に入ろうかなって思ってるんだ」

「「部活?」」

 俺と央雅の声が被る。照れ臭そうに琉玖が言う。

「雪空学園って高等部から美術部があるんだ。同じクラスにさ、伴って奴がいるんだけど、そいつも美術部に入るって言ってて。ああ、部活かーって。そういえば考えたことなかったなって思ったんだけど、久しぶりにいっぱい絵を描きたいなって思ったんだ。だから、あんまりここに来れなくなるって話をしようかなって」

 そういえば俺は琉玖の絵が好きだった。あんなにも俺の心を動かす絵を描くんだから、美術部員として活躍する琉玖を見ることが出来るかもしれない。

「じゃあ、俺と央雅、二人だけの空き地になるって事か」

 琉玖が「ごめんな」と央雅に言う。

「でも十八時になったら家に帰るから」

 琉玖の言葉に少ししょげた顔をした央雅だがすぐに笑って「へっちゃらだよ。だって、兄ちゃんいるし」と俺の腕を引っ張る。

 央雅にとっても俺たち二人は兄なのだと思うと、嬉しかった。

 央雅の病院通いが月一になり、やがて半年に一回になった頃、空き地で僕たちは過ごすようになった。夜ご飯の時間は十八時と母さんが決めていたから、

 だから十八時前に家に着くように帰宅すれば文句は言われない。外の世界と触れること。

 央雅にとってそれはあの時から特別になっていた。

 空き地で宿題をこなし、坂はゆっくりと歩いて帰るけれど、一年の中でも空き地の風景が変わっていくことを、それを心の中で思い出の写真にすることも、楽しく感じている。

「美術部とかあったんだな」

 俺の言葉に琉玖も「そうなんだよな」と返す。

「俺たちって部活とか今まで気にしたことなかったんだよ。だから、ちょっと触れてみたいなって思ってさ」

 悪いことじゃない。俺は昔琉玖たちと出会うまでは高校生になったら学校が終わった後、バイトして時間を潰すんだと思っていた。母さんも父さんも俺の心配なんかしない。だから時間の潰し方を探さなくちゃいけない。

 でも今は央雅がいる。俺は気づけばバイトの事さえ頭の中から抜け落ちていた。

 一人にしちゃいけない存在が出来たと思っている。それは今まで琉玖が背負っていたものではないだろうか。

 琉玖が部活を頭の外に無意識に置いていたのは央雅がいたから。

 でも今は体調も万全だし、最悪俺の母さんが見てくれている。一人にならない。

 だからこそ美術部を選択したのではないか。それなら俺が琉玖の後を引き継ごうと思った。俺は部活に入らないし、バイトもしない。央雅と共に過ごす為に。

「兄ちゃんの絵、楽しみ」

 央雅が笑う。

「兄ちゃんは?部活入らないの?」

 俺の事を見る央雅に「入らないよ」と俺は笑った。

「興味ないし」

「そっか」

 これから空き地は俺と央雅の二人だけ。

 その事実が少し、寂しいけれど、琉玖の選んだ道を否定する気はないし、俺も央雅も琉玖の絵が大好きだから、美術部として活躍することがただただ嬉しかった。

 

 

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