第十一話 ありがとうのプレゼント
春。
僕と琉玖は中等部の二年生になって、央雅は初等部の三年生になった。
央雅も体育は激しい運動はまだ様子を見るように、と言われているもののほとんど完治しているらしく医者からは大丈夫だと聞かされたという。
マラソン大会とか持久走ではなく単発なのは参加して良いという許可に央雅は大はしゃぎしていた。
きっと六月に行われる運動会ではほとんど参加することは出来ないのだろうな、と僕は小学校のスケジュールを確認しながらもはしゃぐ央雅を横目で見て笑う。
日常が戻ってきたのだと、嬉しくなって。
僕はもうその手を離してはいけない、と思った。
「ねえねえ、おにーちゃん」
僕と琉玖は「何」と返事をする。
「僕ね、おかーさんにありがとうをしたいの」
僕は首を傾げて央雅に問う。
「つまり?」
「今度あるでしょ?おかーさんの日」
僕は「うん」と頷く。
「それ、ぼくたちでおかーさんに何か出来ない?二人が喜ぶこと、したいなあ」
央雅の言葉に僕は何も言えなくなる。琉玖は「そうだな」とすぐに頷いた。
「それは良いな。特に世話になってるから」
そう言って琉玖は僕の目を見る。
お母さんに感謝なんて、僕は今まで考えたことがなかった。
料理をしてもらって当たり前のようにも感じていたし、むしろ家にいないお母さんへの不満をたくさん募らせていたけれど、央雅と琉玖と出会って僕も何かが変わったように、お母さんも変化していったことに気づく。
共に食卓を囲んで食べる。話して、騒いで、時には怒られながらテレビを一緒に見て笑う。
そんな普通の家族を二人のおかげで僕も手に入れることが出来たのだ。
それに緑さんは働いているとはいえ出会った時の夏休み、嫌な顔もせず僕を出迎えてくれている。言っただろうか、感謝の言葉。
僕も「そうだね」と言葉にしながらも、今度は何を考えれば良いんだろうか、と悩む。
央雅に向けて企画してきたことはあっても、それは工作だったりで親が喜ぶようなものじゃないだろう。かと言ってカーネションを買って渡すだけ、だと感謝の気持ちが足りないような気がする。
僕が首を捻ると琉玖が「単純なものでも良いか」と言った。
「単純なものって?」
僕はそのまま聞き返す。
「いつもの、感謝だろ。だから、料理とか、普段やってもらってることを俺たちがやるのはどうだ」
「母の日だけ料理か。じゃあ緑さんも食べれそうな朝ごはんとかの方が良いのかな?」
「そうだな。朝ごはんにしよう。それならその前の日からの準備と、朝は早く起きることだ」
琉玖の言葉に央雅は顔を明るくさせる。
「早起きなら、へっちゃらだよ!」
「でも、何を作る?」
料理はある程度琉玖は出来るかもしれないけれど、僕は普段料理をする事はない。
どんな料理なら喜ばれるんだろうか。
僕の顔が不安そうにしていたのか、琉玖がフッと小さく笑う。なんだよ、その余裕そうな笑みは、と僕は言いたくなるのを堪えて「どうするのさ」と言う。
「朝ごはんだから重めのものは良くないな」
琉玖がそう言って「いや」と考え込む。
「俺は得意料理にする」
「得意料理って?」
「おにーちゃんカルボナーラがすっごく上手なんだよ!」
央雅はそう言いながら半分ヨダレを垂らしている。
「汚いなぁ」
琉玖が持っていたハンカチで央雅の口を拭う。
「食べきれなかったら母さん以外は昼に回せば良いし、ただし央雅と太紀にはデザート作りを任命する」
琉玖の言葉に僕は「えっ」と声に出した。
「何を作るの?」
「いちごのサンドイッチ」
いちごのサンドイッチって美味しいんだろうか。食べたことのない僕にはイマイチイメージが湧かなかった。
「指示はする。俺の中で料理のレパートリーが決まった」
琉玖はニヤリと笑う。
「あとはお前たちのセンスだな」
「重大なところを押し付けようとしてない?」
僕の言葉に琉玖は肩をすくめた。
「そんな事はない。とりあえず、買い出しだな」
母の日。今年は土曜日だ。それまであと三日。
僕たちがキッチンを使いたいと話すとお母さんは笑って言った。
「それなら夜昼ご飯に作りなさい。土曜日は緑さん、お仕事休みよ」
お母さんはなんでも知っている。僕たちが把握していない情報まで。
僕はその言葉をすぐに琉玖に伝えた。仕込みは当日の昼くらいから、夜までに完成させる事。
サプライズでもなんでもないけど、これが僕たちからのありがとうという感謝の伝え方なのだ。
翌日、僕と琉玖と央雅は学校が終わると必要な材料の買い出しに向かって必要なものを大急ぎで揃えることにし、今家に何があってないとかメモを取りながら一つ一つ確認して、足りないものを明確にする。
必要な調味料は揃っているけれどさすがにデザート系の材料が不足していた。
「いちごとパンは必要だろ。あとフードカラーだな」
「なあに、フードカラーって」
央雅の言葉に僕も頷く。聞き馴染みのない言葉だった。
「食紅。色をつけるんだ」
「ねえ、どっからそういう情報手にしてるの」
料理に関しては僕は全くわからない。それにデザートは琉玖もほとんど作ったことがなくて、苦手だって言っていたのに。
そう僕が思っていると琉玖が小さな声で「休み時間を利用してるんだよ」と言った。
「一応学校の図書室には料理本だって置いてある。おかげで助かってるよ」
お母さんが料理を作ってるのに?僕はそう思ったけど、すぐにああ、そうかと思い直す。
いつか琉玖と央雅が自立した時のために、その大人になるための努力を琉玖は決して手を抜かないのだ、と。
「あとは生クリームと練乳がなかったな。卵も人数分には足りなかったし、あとパスタに…」
メモを片手にスーパーをスイスイと進んでいく琉玖を央雅と二人で必死に追いかける。
カートの籠の中は母の日の材料でいっぱいになった。
僕たちはその袋を手分けして持って、当日のシミュレーションをする。
担当。決して失敗は許されない。
琉玖が書いてくれた手順書通りに、僕らはミッションをこなすんだ。
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