第六話 プラネタリウム

 

 



 あれから九ヶ月余りがたった。

 気づけば中学一年生。相変わらずエレベーターホールの前で僕と琉玖は待ち合わせて登校している。

 それでも変わらず、隣に央雅の姿はいない。

 八ヶ月前。

 毎日のようにお見舞いに行っていた僕達は十月になると「面会謝絶期間なの」と申し訳なさそうに言われてしまい、驚いてしまったのである。

 譜霞露 ふいがろ病院では基本的に子供のみの面会は禁止している。特別に許可を貰っていたがその先生が言うには「大事な治療期間中」はどうしても会えなくなってしまうのだという。

 治療中の不安定なところは子供に見せる事が出来ないし、治療後に安定してきたらまた面会が許可される。ただし長い期間を想定した入院なので「面会可能期間「面会謝絶期間」の二つが定期的に来る事を説明された。

 そう言われてしまっては僕達は頷くことしか出来ず、去年の十二月は特別な許可が出て琉玖のお母さんも含めて三人でお見舞いしてしばらくは面会可能期間だったようで毎日のように央雅と話をしたり絵を描いてみたりして遊んだけれど今年の二月からはまた面会謝絶期間が長く続いている。

 煮えきれない僕達を残して、大人達は何かを進めている。

「図書館で調べたんだ」

 僕は中学生になって、中学生もまだ子供にしか過ぎない事を痛感して、ただ時を過ごしている。休み時間、僕は虚ろげに窓を外を見ていた。

 この雪空学園の中等部——みんなは「中学校」と呼んでいるが、中等部は不思議な作りで専用の温水プールや体育館が一階にあって三階に全クラスが揃っている。なので窓の外から校庭を見る事も出来るし、隣にある初等部の元気な声を聞く事だって出来る。

 高等部は少し離れているので校舎自体は僕たちと関係しない事が少し残念だと思う。そんな事を思いながら窓の外を見ていたら、琉玖に話しかけられた。

「何を?」

 幸運な事に中学校では僕と琉玖は初めて同じクラスになる事が出来たので、前より話しやすくなったのである。僕は窓から琉玖に視線を戻すと何やら分厚い本を持って琉玖が歩いてきた。

「図書館って一応、インターネットサービスもあるだろ?それで検索をかけたんだよ」

 僕は琉玖の言葉に「そうなの?」と聞き返す。図書館なんて行った事がないけれど、漫画喫茶みたいにお金を払わなくて良いなら行ってみても良いかもしれない。そんな僕の考えはさておき琉玖が一気に言葉を捲したてる。

「初めて央雅の見舞いに行った時に、あいつ「第四」と「上位」って言ってて俺たちには分からなかった。未だに俺たちに詳しい事は説明されてないだろ?たまに面会謝絶期間とかあって、そういう時って母さんじゃないと入れてもらえないんだ。俺たちは絶対立ち入り禁止ですって言われる。だから知りたくて検索かけてみたんだ。そうして出てきたのが「第4脳室」に出来る「上衣腫 じょういしゅ」の事みたいで、なんか「テント上」だと良性ですってあって、テント下は子供に起きやすいとかすごい難しい単語がいっぱい書いてあってさ。それだけじゃ分からないから図書館で医療系の本漁ってたら——央雅って、ガンなんだって」

「ガン?」

 ドラマでたまに見ることのある、あの命を奪ってしまうという「ガン」?

 僕は鸚鵡返しで琉玖にその先を促した。

「一応本にも載ってるのはこのページだ。神経膠腫 しんけいこうしゅグリオーマって呼ばれてる中に入るらしい。で、さっき引っかかった「上衣腫」ってのはこれのグレード2だって書かれてるんだ。でページを進めていくとここにも「第四脳室壁」ってところに出来てる。症状は頭痛や嘔吐ってあるし、片麻痺とか歩行が不安定とか色々書いてあって、麻痺じゃないけどうまく身体を動かせなかった時があるのも頷けるんだ。でも検索してもこの本を見ても腫瘍を全摘出しないと回復が厳しいって書いてあるし、グレードは2でもほとんどが3に近いとも書いてある。後次のページにある髄芽腫 ずいがしゅも第四脳室に出来るらしいけど、上位が付いてない。ってことは手術が上手くいって、全部摘出が出来ないとダメって事になる」

「でも、治るんだよね?」

「確率は60%。俺たちはそこを目指す。でも、医者じゃないから腫瘍の摘出は出来ない」

「一度、手術しなかったっけ?」

 入院して直ぐに央雅は手術をしたような気がする。

「あれじゃ取りきれなかったんだ。でも、二回目の手術をしていないってことは、今は別の治療をしているって事になる。俺たちは許された期間しか央雅に会えない。あの小さな身体で、色々辛い治療を頑張ってるなら励みになる事をしなくちゃって思うんだけど、絵本も作ったし他に何がやれるんだろうって思って……」

 僕達は自由研究に幅を広げて小さな実験から大きな工作まで様々なものを作って央雅に渡してきたけれど、そろそろアイディアが枯渇してきていた。僕にも無数の引き出しがあるわけじゃないし、それこそ図書館で何か検索してみようか、と僕は思う。

 僕が引き出しから出したフリスクを口の中に放り込むと琉玖は「それ美味しい?」と聞いてくる。

「なんとなく口に入れたくて」

 僕が答えると「ダメだなぁ」と琉玖が笑う。

「考えが詰まった時こそ、糖分だよ」

 ポケットから取り出した薄いガラス瓶に詰まっているこんぺいとう。

 何個か取り出して僕に手渡し、琉玖が自分の口に入れたのを見て僕も続けるようにこんぺいとうを口の中に入れる。

 やっぱり、甘い。口の中いっぱいに広がる甘さ。

「あ、こんぺいとうといえば」

 僕はふと思い出す。

「八枚の紙で作って貰ったアニメーションあったじゃん」

 僕が言うと琉玖が「あるな」と答える。

「あれみたいに正座とかを繰り抜いて、細長いガラス瓶の中に入れてサイリウムとか入れたらどうなるかな?」

「プラネタリウムを作るってことか?」

 琉玖が驚いたような目で僕を見る。僕は素早く頷いた。

「回ればよりプラネタリウムっぽさを作れるかもしれないけど、ガラス瓶を使ってってなると厳しいよな」

 僕が考え込むと琉玖が口にする。

「それならあのアニメーションみたいなのを作ればいいんじゃないか?」

「どういうこと?」

「中のライトは考えるな。とりあえず十角形を厚紙とアルミシートを使って作るんだ。そこに星座の下書きをして両方とも同じように穴を開けて作っていく。アルミシートでキラキラしているように見えるが中は厚紙でしっかりと支えて十角形を崩さない。中のライトは携帯ライトとか何か被せれるように十角形の下は開けておいて、夜を楽しめるようにする。一番輝く星はキリを使って大きめに穴を開ける。それ以外は小さめだけれど光が漏れるようにキリでうまく開ける。二人で力合わせてなら作れると思うんだ」

 琉玖はいつも絵を描いたりするけど考えて発言することは少なかったので僕はびっくりしたものの「もちろん」とすぐに答えた。

「僕達なら、最高のモノを作れるよ!」

 

 

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