第四話 自由研究
翌日は空き地に向かわずにぼくは琉玖の家に直接出向いてチャイムを鳴らす。
直ぐ扉を開けて琉玖は「なるべくチャイムを鳴らすな」とぼくに言って、家の中にあげてくれた。
ぼくは買ってきた材料を白樺のテーブルに並べて行く。
ガラスボトルを三つ、キッチンアルミシート、プラスチックのお皿二枚、カラーボード、ボール紙、ビー玉、引き出し用つまみに両面テープ、ボールペンや物差しはいつもあるので、ハサミとカッターナイフ。
これは央雅に気をつけて貰わなくちゃいけないので触らせないようにしよう。
カッターマットと接着剤とスティックのり。ぼくが広げるのを央雅も琉玖も物珍しそうに見る。
「鏡のくるくるシアターを三人の自由研究とする。まずこのプラスティックのお皿の真ん中に八角形のガラスボトルを両面テープで貼るんだ。で、八角ボトルの蓋に引き出し用つまみを両面テープでくっつける。これは央雅の仕事だ。三人分、しっかりと両面テープでくっつけたら、今度はキッチンアルミシートの裏にボールペンで線を引くんだけど、これは覚えてきたからぼくがやるよ。その線に沿ってハサミで切ったら、それをボール紙に貼るんだ。これを上手く折って八角柱にして八角ボトルに接着剤できっちと貼る。これが鏡の役目になって、アニメーションはボール紙なんだけど、ボール紙を指定の大きさに八枚切って、それを貼って回すとアルミの絵が反射で動いてアニメーションみたいになるんだ。それを三人で作り上げよう」
ぼくが一気に喋りあげると二人はキョトンとした顔をしていた。
「アニメーションの絵、八枚分三人分だから二十四枚か。良いね、それは楽しそうだ」
「ぼくもせっちゃく、キレーにするね!」
ニッコリとした笑みを浮かべて央雅が言う。
「てか、病院行ったんだろ?大丈夫だったか?」
「うん、熱中症でもありませんって。待つのは長かったけど、しんさつはすぐだったよ」
央雅は不満そうだ。
「でも偉いな、よくちゃんと行った」
ぼくは央雅の頭を撫でる。
「今日は空き地じゃないのは申し訳ないけど、立派な工作を作ろう!」
「「おおー」」
ぼくは定規でサラサラと線を引いていく。
お皿に両面テープをペタペタしながら央雅も楽しそうで良かった、とぼくは思う。
そして横にいる琉玖を見るとぼくの紙を待っているようで。絵を描いてもらうのだから、それを先にしなければいけない。
ぼくは急いで二十四枚分計り、カッターナイフで切っていく。
切り終わってまとめて渡すと琉玖は考え事をしたようで、上の空でぼくから紙を受け取った。そしてそのまま下絵もなしにいつの間にか用意していた絵の具とクレヨン、色鉛筆を使って絵を描いていく。
いったい何を書くつもりなのかはぼくには分からないけれど、接着が終わった央雅がぼくのところへやってくる。
「綺麗にくっついたよ」
三つとも、綺麗に中央についていた。
ぼくはしっかりとここにつける鏡の部分のアルミをつけていかないといけない。
ぼくは央雅にもう一つのプラスチックのさらにビー玉を入れてきてと指示をして線を描いてそれを綺麗に切り取って行く作業に没頭していた。
だいぶ早く完成に近づいているような気がする。
ぼくも定規やボールペンを走らせるスピードも上がり、琉玖はひたすら使い分けて絵を描いていく。琉玖も集中しているようだ。
そっとリビングの隣にある襖が開いて琉玖と央雅のお母さんが顔を覗かせる。
「いらっしゃい」
弱々しいけど優しい声。
「お邪魔してごめんなさい」
ぼくはペコリと頭を下げる。
「夏休みの自由研究だけ、一緒にここで作らせてください」
ぼくの言葉に、琉玖のお母さんは首を横に振る。
「気にしないで。央雅の体調を心配してくれているんでしょう?夏の外は危ないから、構わないで遊んでいってね」
そう言葉を残して廊下へと出て行く。
ぼくはアルミシートに傷がつかないようにカッターナイフで綺麗に切り取る作業に入った。ここがズレたら全て崩れてしまう。
慎重にぼくは作業を進めていく。琉玖の絵を少し覗くと絵がまるで生きているように、風景や動きを表していた。
完成が楽しみだ。
ぼくはより慎重に、丁寧に、作業をする。そうして夢中になって、あっという間に自由研究が完成する。
二つのお皿の間にはビー玉。
一番上のお皿には八角形のガラスボトル。そこにつけられたアルミシートは鏡のように世界を写していて、ガラスボトルの上につけた取っ手を掴んで回すと、その世界が見える。
央雅用のはブランコで遊ぶ男の子を描かれていて、ブランコに揺れてブランコの頂上からジャンプして地面へ着地する躍動感溢れる絵が回すとアニメーションのように見えて、その絵に惹きつけられていく。男の子の絵はクレヨンで描かれているのに空や太陽は絵の具を使ってタッチ変えていて、動く雲までリアルに再現されている。
琉玖用のは海の上でイルカ乗りの少年が口笛を吹く動作をするとたくさんのイルカが現れて一つのショーのように見せている。これは絵の具で全て描かれていて海のエメラルドグリーンのような透き通った色と、地平線の向こうまで続く空と眩しい太陽。イルカが生きて、動いているようだった。たった八枚。それをここまでアニメーションにするなんて。
最後の取っ手を回す。ぼく用の自由研究だ。そこは地球の上を走る男の子。地球の上なのに青い空から始まって太陽が夕暮れに染まって最後は星空になる。風景は一日を見せているのに、男の子の走っている地球は世界を一周しているて、星空に変わること男の子はこんぺいとうをばらまいて夜空に星のようにこんぺいとうが舞っていく。
ぼくは「すごい」と言葉にしていた。
央雅も隣ではしゃいでる。
「おうちゃん、ブランコから降りれるー!」
琉玖は小さく微笑んだ。
「久々にちゃんと描いた」
「凄いよ、ぼくは絵なんて全然描けないし。この八枚でたった一つの物語を描けるなんて、凄い。やっぱり琉玖は絵の才能があるんだよ」
「そうかな」
ぼくの言葉に琉玖は何か考え込むように言う。
「俺の才能を、自由研究に引き出したのは太紀だろ?これ、凄いじゃん。俺じゃあこんなの浮かばなかったしさ。三人の共同制作だけど、良いもの作れたなって思うし。材料、あの後わざわざ買いに行ってくれたのか?」
琉玖の言葉にぼくは頷いた。
「うん。だって今日のために急いだんだ。央雅が体調も心配だし、今日が無理なら明日続きを作ればいいやって思ってたのに、琉玖が凄い絵を描き始めるから、ぼく、すごく焦ったよ」
ぼくの言葉に琉玖は笑う。
「夢中だったんだ。久々に。絵を描くのって、楽しいって思った」
「うん。ぼく、初めて見たけどさ、琉玖には絵をたくさん描いてほしいな。それ、ぼくも見たい」
取っ手を掴んでガラスボトルを回す。
こんなアニメーションが作れるんだ。ぼくはもっと簡単なアニメーションを想像していたのに、色や筆を使い分けて細かく作り上げている。
もっと見たい。
琉玖はきっと素敵な画家になれるんだろうな、とぼくは思った。
そしてそのアトリエに毎日のように通うのはぼくに違いない。もっともっと、広まればいいのに。こんな綺麗な絵を描けるんだ。
ああ、でも「こども」のままじゃ、画家にはなれないのかな。
早く、「おとな」にならなくちゃ。
ぼくがそんなことを考えていると「お疲れ様」と琉玖のお母さんがカップを三つ持ってくる。央雅は顔をぱあっと明るくさせた。
「オレンジジュースだ!」
琉玖のお母さんはテーブルにカップを置いて「太紀くん、いろいろありがとうね」と微笑む。ぼくは慌てて首を横に振る。
「いえ、そんな。むしろ凄い絵を描いたのは琉玖だし」
「琉玖の絵を褒めてもらえるのも嬉しいわ。央雅のことも、よろしくね」
良いなぁ、優しいお母さんだな。ぼくの家も、もう少しくらい家族の団欒があっても良いものだけれど、とかそんなことを考えていると、ぼくの目が逃さなかった。
カップを手に取ろうとして——
「危ない!」
ぼくは央雅の腕を取る。どうして。
なんでソファとテーブルにそこまでの距離はないのに、子供用の低いテーブルで普通のダイニングテーブルじゃないのに、央雅はまたしても距離を上手く図れずにその手が空を切り、転びそうになる。
ぼくは何か嫌なものが首筋を張っているような気がして、央雅をぎゅっとそのまま抱きしめた。
さすがに琉玖も、琉玖のお母さんも口には出さなかったけれど、不安そうな顔でみんなが央雅を見る。
「おうちゃん、眠いー」
央雅は目を擦ろうとぼくの腕の中でもがく。
ぼくはどうして良いのか分からなかったけれど、ゆっくりと抱きしめていた手を離す。
「眠い……だけか?」
琉玖が言葉にする。
央雅はキョトンとした顔をして琉玖に言う。
「んー。昨日びょーいん行って疲れちゃったぁ……」
「そうか」
央雅はオレンジジュースを手に取るのをやめて、ソファにごろんと横になる。
ぼくも琉玖の言葉が続かない。
なんだろう、この嫌な感じ。
なんて呼ぶんだろう、この気持ち。
「点滴を念のためにしたんだけれど、合わなかったかしら」
琉玖のお母さんが困ったような表情で央雅を見る。
胸にくるこの感じ。なんとも言えない気持ちを飲み込んでぼくは言う。
「今日は帰るね、琉玖、央雅。明日もしさ、央雅の体調良かったら声掛けて。ごめんね、無理させて」
ぼくの言葉に琉玖は小さく頷いた。
「悪い。夏バテかな?ね、母さん」
琉玖のお母さんも困ったような顔で頷いて、それがなんだか親子だなって感じだとぼくは思う。
「そうね。少し休んで様子を見ましょう」
「じゃあね、央雅」
「うん、おうちゃん、明日起きたらおにーちゃんのとこ、行くね!」
ソファから立ち上がってぼくの腕にまとわりつく。
「そんな事言って無理するなよ?」
ぼくが言うと央雅は頷いた。
「うん、やくそく!おうちゃん、ムリとかしないよ」
ああ、その笑顔。央雅の満面の笑みを見れるだけでぼくは何故か安心する。
「じゃあ、またね」
ぼくはそそくさと余った材料だけトートバックに詰め込んで、遊坐家を後にした。
ぼくの心を少しずつ、何かが支配していく。これは一体なんだろう。ぎゅっと目を瞑る。
気持ち悪い? 何か、心が締め付けられる。ぼくは、この気持ちを言葉にすることを知らない。
ぼくは、こどもだから。おとなじゃないから、なんて言葉にするのか分からないんだ。
でもそれって何か不公平なきがする。
ぼくたち子供にだって、やれることはたくさんあるのに。
◆
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