第二話 なつやすみ
マンションの七階にある「701号室」に央雅と琉玖は住んでいて、ぼくがいつも見上げていたあの眩しい光の側にある玄関を二人が使っていたのだとしたら、なんて近いんだろう、とぼくは思う。
ぼくは四階の「405号室」でどちらかというとエレベーターに近い場所にある。ぼくはエレベーターで「7」を押して滑り降りて上へ登り、を繰り返していたのでよく今まで会わなかったものだと不思議に思う。
ぼくたちはあの日から、よく空き地に集合しては遊んでいた。
特に今は夏休みで自由な時間が多く、家族も仕事に出かけているので誰のことも気にせず外へと出かけることが出来る。
帰るのは決まって十七時だ。
鐘が鳴るとぼくたちは慌てて坂からマンションへと駆け下りていく。
夏だからまだ夕陽は姿を見せずに太陽はぼくらを照りつけるけれど、風を感じながら三人で駆け下りていくのがたまらなく好きだった。
ある日、ぼくと琉玖は宿題に苦戦していた。さすがに大人びていても琉玖は理科や社会が苦手で頭を抱えている。その横で央雅は楽しそうに国語と算数を解いている。
頼む、今からでもそっちだけをやらせてくれ、と言いたくなるのを堪えながらぼくも算数の宿題に取り掛かった。ぼくの問題を見てから央雅の「5−3は」という文字に羨望の眼差しを向けながら悪戦苦闘する。
時に横で漢字練習をしている央雅からその宿題を六年生に回してくれ、と言いたくなるほどだった。
とりあえず夏休みを楽しく過ごすためにも宿題はあらかじめやっておきたい、と琉玖と相談して僕たちは東屋で必要なものだけ持って宿題を解いている。
プレハブ小屋はそろそろ熱気が凄くて耐えられない、と苦い顔をして琉玖が出て来たのをみて入ったことはない。
クーラーや扇風機をつけることが出来るなら快適そうな場所だったけれど、東屋で麦わら帽子をかぶり、水筒いっぱいに冷たい麦茶を入れて熱中症にだけならないように気をつけながらぼくたちは過ごしていた。
勉強の合間にぼくは手すりに寄りかかって町を見下ろす。
町って、こんなにも小さいんだ。
スーパーに行くのにだって自転車で結構時間がかかるのに、見下ろすとこんなにも狭くて、なんか世界って不思議だ、とぼくは思う。
「熱中症のテレビばっかでつまらなかった」
ぼくが家を出る前に何か楽しいものはないかとチャンネルを回したのだけれど子供に見れる内容のものが見当たらなかった。
ニュースで熱中症に注意しましょう、ということをやっていた。おとなになりたいぼくは「おとなはニュースを見る」ということも考えなかったし、だからやっぱり子供のままだったと思う。
「お茶のむー」
央雅が琉玖が持ってきた水筒を手に取ろうとする。スカッと央雅の手は空を切り、ぼくと琉玖は顔を見合わせた。
「どうした?水筒はもっと奥だぞ」
琉玖の言葉に央雅は「えへへ」と恥ずかしそうに笑う。
「……だいじょーぶ。ちょっと眠くなっちゃったの。昨日、遅くまで起きてたからかなぁ?」
「しっかりしろよ〜、央雅」
ぼくも茶化して央雅の為に水筒からコップを外して注いでやる。
「ほら」
ぼくからコップを受け取って央雅は満面の笑みを浮かべ「ありがとう、おにーちゃん」と笑った。
この所ぼくと琉玖を悩ませていたのはこの「おにーちゃん」と言う呼び名である。
ぼくのことも琉玖のことも「おにーちゃん」と呼ぶので、どちらの事を指しているのかぼくらは咄嗟に判断出来ず、二人とも返事をしてしまうことが多々ある。
央雅は嬉しそうに「おにーちゃんが二人だよ」と笑って言うが、そろそろ言い方を変えてくれないと永遠に二人して返事をする日々の毎日だ。
「ごちそーさま」
コップを水筒に戻そうと央雅がぴょこんとベンチから降りる。そして水筒の置いてあるベンチの方に歩こうとして、今度はつまづいた。
「あぶないっ!」
ぼくは咄嗟に央雅の腕を取って、なんとか転ぶ前にキャッチ出来た。
「どうした?熱中症か?」
琉玖も不安げに央雅を見る。
「琉玖、今日は帰ろう。もしかしたら風邪かもしれないし」
ぼくの言葉に琉玖は央雅の額に手を当て「うーん」と首を捻った。
「熱はないみたいだけど、熱中症かもしれない。今日は太紀の言う通り帰ろう」
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