第二話 日記

 


 私はそれを読んでも実感することが出来ない。

 これが私に起きた事故? 私と夏米は交通事故に巻き込まれてしまったということは伝わったが、情報が整理出来ない。他のページも読み進める。


 ○月○日


 私が目を覚ました事を両親は泣いて喜んでくれましたが、上手く理解するのに時間がかかりました。どういう事か、何が起きたのか、自分では全く分からなかったのです。

 そして日記を読み、もう一度状況を理解しました。

 私は高速道路の事故に巻き込まれてしまい、重傷を負って病院に運び込まれ、そこから二ヶ月ほど目を覚まさなかったそうです。目を覚ますか、覚まさないか、どちらとも言えないと医者に言われて両親はたいそう泣き崩れたそうです。

 その理由はすぐに分かりました。その交通事故の生存者がほとんどおらず、大きく巻き込まれながらも生き残ったことが奇跡的だそうです。

 詳しい原因はまず軽自動車がエンジントラブルにより高速道路で止まってしまい、そこでブレーキが間に合わなかった大型トラックが横転した事に巻き込まれたタンクローリー車と大型バスが同時に巻き込まれ横転、炎上。そしてブレーキの間に合わなかった自動車が続々と玉突き事故を起こした。タンクローリー車の炎上が現場を更に悲惨にさせ、生存者がほとんどいない。あの時の夏米の判断は正しかった。咄嗟に音を聞いて誰よりも先にブレーキをかけた。ただ後続車に押されるように私たちは前へ前へと飛ばされてしまったけれど。

 私は右足の一部を失いました。義足をつけて生活出来るようにする事が目標だと言われましたが、以前の何不自由ない生活から一転、世界は変わってしまい、そして看護師という立場上、それがどれほど過酷な事か、私は誰よりも理解しているのです。


 確かに私の右足は何か変だ。感覚が違う。それでも、この日記は私のものなのだろうか、と考えながらも波瑠は私だし、夏米は夏米だ。と思うならこの日記は私のもので、私は本当に記憶を維持出来ていないのだろうか。


 ○月○日


 警察の人が来た。きっと、これが最初ではないのだろう。私が思い出せずにいると落胆されてしまったので、「思い出した」と書いてある日記を見せた。それを写真に納めて彼らは帰っていく。なんの捜査なのかは知らない。

 生存者から少しでも調書は取っておけ、とでも言われているのだろうか。

 私だって失いたくない。どうして記憶を維持できないのだろう。これじゃあ——


 ○月○日


 私は交通事故が起きた場所に比較的近かった病院から、自分が勤務していた地元の譜霞露 ふいがろ病院へ転院となった。そこでは院長の吹炉 ふいろ 蘭藍 らんら先生が迎え入れてくれて「辛いこともいっぱいあると思うけど、一緒に頑張ろう」と声をかけてもらう。私は小さく頷いて「でも」と言葉を続ける。

「記憶が上手く出来ないみたいで、翌日には忘れているみたいなんです」

「まだ事故からそんなに時間は経ってないからね……後遺症でも、記憶系に関しては治る人もいるの。だから、大丈夫よ。ね?」

 そう言って暖かい言葉をかけて貰えて、私は安心しました。転院して良かった。顔見知りばかりだし、何よりも落ち着く。本当はもっと働いていたいのに、リハビリも含めて完治するまで入院生活が続く事になる。

 心配されているのは記憶障害と——


 ○月○日


 リハビリが辛い。だいぶ歩けるようになった。

 でも、上手く前みたいに歩くことが出来ない。今はまだ、松葉杖が必要だ。


 ○月○日


 少しだけ記憶力が戻ってきた、と思っては忘れる。

 日記をちゃんとつけなくちゃ、と思うのにリハビリで疲れてそんな時間もない。

 こんな事ならいっそ、私も。

 

 

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