優しい味

プロローグ


 別に認めてもらいたいわけじゃないけど、私って不必要な人間なのかな、って時々思う。

 仕事しても上手くいかない。どうして、私がこんな事をしなくちゃいけないんだろう。きっと神様は、不必要な人間を不幸にするんだ。そしてお気に入りの人間は手元に、世界に必要だと思う人は成功者にしているに違いない。

 駅ナカに増えていくお店のひとつ「曼珠沙華 まんじゅしゃげ」。

 雑貨屋さんとはいえ、駅ナカなのでさほど大きなスペースはない。それでも雑貨が好きだから高校生の頃にバイトとして働いてかれこれ三年。

 家に一人でいるよりもここの方が私にとっての居場所で、しかも優しい店長が私をぜひ、正社員にと言ってくれたお陰で就活には困らずに高校卒業後そのまま正社員になった。

 大学進学も視野にいれてなかったわけじゃなくて、親の都合で進学が難しく歯がゆそうに母は「おじいちゃんと連絡さえ取れれば」と私に言ったけれど、あの時は実はそこまで気にしていない。

 けれど、奨学金でもバイトを変えてでも進学していれば……。

 私が正社員になって半年後、店長は私に「ごめんね」と言って頭を下げて「私、辞令が出ちゃってさ」と言った。

 ジレイ?

 ジレイってなんだっけ?

 ……ああ、事例?違う、えっとこの場合は……辞令——私が何度もその言葉を繰り返していると店長は言葉を続ける

「来月から遠くの店にいくことになったの」へ

「え?」

 私は青ざめながらも「次はどんな人が来るんですか」と聞いた。店長だから社員になったのに、ここにいることを決めたのに、怖い人だったらどうしよう。

 だってここは、優しい店長と私とバイトで回していて、あうんの呼吸が出来ている。それなのに今更違う人が上に立ったら、と私の考えをよそに店長は少し遠くを見たあと、私に視線を映して言った。

「来月からの店長は、貴方よ」

 視界が真っ暗闇に落ちていくような感覚に囚われた。

 もしかして私が店長を、追い出してしまったのだろうか。

 私がまさか店長にらなるなんて思いもしなかった。新しい人が後任として来るものだと決して信じて疑わずにいたので、その言葉を理解することも返事も何もかも忘れて聞き返すことさえ出来ず、パニック状態になってしまったのである。

 私がバイトするよりも前からこの場所の店長は店長だった。どんな事も器用に対応して、バイトにも優しくてだから私は正社員を決めたのに。

 いつも笑っていた店長から受ける冷たい瞳。

 私の居場所だと思っていた場所は、店長だけじゃなくて、私からも奪い去ろうとしている。

 居心地の悪い1ヶ月の引き継ぎも終わり、正式な店長となったものの知らないことの多さや実は必要な書類が提出されていない、勤怠管理も先月分が終わっていない、やってない事が山のように出てきてそれらを教わった覚えもなく、本社と連絡を取り合いながら覚えていく。

 別に、私は店長になりたかったわけじゃないのに。

 どうして優しい店長は何も教えてくれなかったんだろう。私は好きで店長になるわけじゃない。

 私が一体何をしたの!悲鳴を上げたくなったものの騒いだところでどうにもならない。私がこのお店の責任者なんだから。

 店長になって慌ただしく日々が過ぎていく。

 仕事がとにかく終わらない。書類仕事が減らず、売り場に中々入れなくなっていく。

 どうしてこんなに不器用なんだろう。店長はこなしていたのに、なんで私は出来ないんだろう。

 泣いちゃダメ。迷惑も心配もかけちゃダメ。一人で頑張らなきゃ——はあ、しんどい。

 売り場に戻らなきゃと思いながらも来月のシフトを打ち込んでいるとバイトの はん 慶樹 けいきこと通称慶樹くんがひょっこりと顔を出す。

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