第3話 七宝石 後編
ドラゴンの危険度は、色によって分かれる。
弱い方から、緑、黄色、青、黒、白、赤となっている。
黒から人語を理解するとされ、赤となれば魔術まで使いこなすらしいが。
ドラゴンの襲来は災害として認められていて、竜災とも呼ばれる。
災害には騎士や国家魔術師が派遣されるものなのだが、まぁそれはさておき。
「山登りねえ……」
「仕方ないだろう。目撃証言がそれしかないのだから」
必要な荷物を最低限背負う。
騎士団長――ソリューティアは不機嫌な顔のまま山道を登り始めた。
俺も後を追う。
「ドラゴンはどのくらいまで倒したことがある? 自分はグリーンだが。青の騎士団総出だったが……」
「俺はレッドドラゴンと和解している。ありゃ殺せん。物理的に無理だ。殺す、ならば黒まで殺している」
「生き残ったというのか!? レッドドラゴン相手に!?」
「いやー、ラッキーだった。話が通じてよかったよ。お土産ももらったし」
眷属たる飛竜に乗れるようになった。
本来なら、竜騎士の儀という特別な祝福を受けることで乗れるようになるのだが。
レッドドラゴン――ガルヴォディアスは中々分かるやつだった。
極稀にだが、山々に行くと話しかけられることがある。
気配が分かり、資格を授けられている。それだけで脳内で繋がれるようだった。
そうだ、訊いてみるのもいいか。
俺から竜のつながりを辿る。
(……ガルヴォ、聞こえてるか?)
――久しいな、アヤト。息災でいるか?
(ああ。今日、お前の同胞を殺すことになった。アデュレイアと呼ばれる蒼竜なんだが)
――知らぬ。というか、黒や白ではあるまい。言語が通じぬ輩を同胞とは呼ばぬ。その名も、厄災をもたらした竜に人の子が付けた名であろう。
(そんなもんか)
――気を付けよ。
(ありがとう、ガルヴォ)
脳内通話を切る。
「? 貴様、何をしていたのだ?」
「ああ、ちょっとな。それよりも、高熱源を探知で探した方が速いよな」
「できるのか?」
「ちょい待ってろ。……」
魔力を集中させて、広範囲に放つ。
……。いた。この大きさは間違いなくドラゴンだ。
「今、何かを放出したろう。肌で感じた」
「魔力だよ。どこに、どれくらいの大きさのものがあるか調べる時にやるんだ。気力でも同じことができるよ」
「それはいい。今度教えてくれ」
「何なら今でもいい。気力を全身から膜のように放つんだ。気力の及んでいる個所は感覚あるだろ? それの応用だ」
「……。確かに、大きな個体がいるな」
「だろ。さーて、さくさく行こうぜ」
「逃げられても敵わん。付いてこれるか? いや、不要だったな。魔力に、気力を持っているのだ」
「あんま早すぎるのは勘弁してくれよ?」
「心得た。いざ行かん」
そして、彼女は風となった。
同じく並走する。
「ほう、付いてくるか」
「まぁ、これくらいは」
「速度を上げるぞ」
「おいおい……」
ちょっと引き離されながらも、ようやく到着する。
……。
子供を守っていたか。
右手を掲げる。
「待て! 子供がいるんだぞ!」
「いずれ国を害する。殺しておいた方がいい」
「お前はまた……!」
『……人の子か』
「!」
驚いたのは、なにもソリューティアだけではない。
そうか。蒼か。
普通は青と表現される。スティアも、蒼、と強調していた。
青の上位種なのだろう。始祖と呼ばれる類の、強力なドラゴンだ。どこかの国では、信仰の一つでもあるらしい。
「これは。竜の始祖たる、蒼の存在か、アデュレイア」
『ほう、よく学んでいるようだな。その通りよ』
「だとしたら、いる場所を間違えている。蒼のいる領域は、更に北だったはずだ。そこで信仰の対象になってた、人を襲わないドラゴンのはずだ」
『……追いやられてな。魔王軍の手先となった、忌々しい邪竜に』
「?」
『……来おったか』
頭上に、黒いワイバーンだ。複数いるが、体は小さい。
同時に魔物特有の気配がする。ドラゴン族のように、魔族ではない。そんな知能を持たない、魔物だ。
俗に、ワイバーンと呼ばれる魔物だ。ドラゴンとは違う。
『魔力が底をついてな。隠れていたのだが……』
「問題ない。俺が討ち滅ぼそう」
ワイバーンは塊になって、こちらに突っ込んでくる。
右手を掲げて、集中――
「飛竜滅殺、その聖なる刃で、我が敵の尽くを切り伏せろ。――風の聖剣、アスカロン!」
放たれた風の塊が、ワイバーンにぶつかって、生じた風の刃が翼と生命を切り刻む。
竜特効。竜殺しの聖剣。
それが必殺呪文の一つ、アスカロン。
もう、ワイバーンは小間切れの肉片に変わっていた。
『……げに、恐ろしき術を使う。お主、人間か?』
「ま、一応な。さて、できれば移動してほしいんだが。こんな山の浅いところじゃなくて、誰にも見つからないようなとこ」
『相分かった』
(……おい、ガルヴォ。始祖の蒼竜だったぞ)
――我は会ったことなどない。故に、知らぬと言った。
(あー、はいはい)
通話を切り、その竜に手を置く。
「魔力を回復させてやる。動くなよ」
『すまぬ。覚えておこう。お主、名は?』
「アヤトだ」
『ふむ。この感じ……我よりも強い竜に祝福を授かっているな?』
「ああ。レッドドラゴンのガルヴォディアスに」
『ほほう。あの赤の王が人の子を見初めたか。興味深い。覚えておこう、緑の勇者よ』
名前を覚えろよ。
そして、子供を連れて去っていった。
「……殺さないのだな」
「事情が事情だし、どうにかしろとだけ言われてたからな。殺すのが全てじゃない」
「少々、見直した。その博学さも驚嘆する。……だが、やはり……」
「いきなり認められないのは分かるさ。俺だってあんたが甘すぎるのは感じる。……ま、いいんじゃねーの。お互いを補えるじゃん」
「……お前は、変わっているな」
貴様からお前になっていた。
微笑んで山を歩いて下る彼女の後を、ただ、俺はついていった。
「お疲れさまでした」
「スティアも人が悪い。蒼竜って、むずい字の方って教えといてくれよ」
「訊かなかった方が悪いでしょう?」
「へーへー。俺が悪うございました」
俺は城で、スティアと一緒に夕食を摂っていた。
ステーキを切り分ける俺に、スティアが微笑みかけてくる。
「――で、邪竜は本当に?」
「ああ。竜ってーか、ワイバーンだな。ありゃ魔族ではなく、魔物だった。恐らく、どこかのワイバーン族を手中にできたんだろう。守護竜たる蒼竜が逃げるような連中だ、数が多いんだろうな」
「なるほど。警戒しなければなりませんね。でも、見たかったですね。竜殺しの聖剣」
「てか、どこでそれを知ったんだよ」
「色々と伝手がありまして」
やはりニコニコとしている彼女の表情は読めない。
すっと、目が開く。
不意に真顔になった彼女に、俺も真剣な顔を作る。
「魔王軍が頻繁に攻め入るようになっています。いつ出動しても良いよう、警戒を、グリーン」
「セブンジュエル、アヤト。了解」
「ふふっ。少しはこの職業の尊さが分かりましたか?」
「仕事にそういうのは感じねえなあ……」
「それでよいのです。仕事に感情を抱くのはプロではないですから。そういう意味では、青の騎士団団長は……正直、据えかねています。腕は良いのですよ、若くして騎士団長レベルですので。ですが、彼女は潔癖が過ぎます。多少、ずるさがいるのですよ」
「……だな」
「……アヤトさん。これからも、この国のために尽くしてくださいね?」
「それは断る。俺が尽くすのは、スティア……君のためだ」
――。
真正面の言葉に、彼女は少なからず驚いていたようだった。目を見開いている。
やがてそれは微笑みに変わった。
いつもの凄みを感じる笑みではなく、ただ、少女のような。
可憐な笑みだった。
「ええ。では、わたくしのために……」
「ああ」
「ふふっ、思ったよりストレートですね」
「恋愛の機微なんて知らんし、回りくどいのはめんどくさい。率直に、お前に好感があるぞという方がいいと思っただけだ」
「はい。夫になっちゃいますか?」
「しばらくは、主従でいいさ」
「お待ちしていますよ、プロポーズ。それまでは、彼氏彼女というやつですね。わたくし、ドキドキしてます。好いた惚れたは初めてですので」
「彼氏彼女でいいって……それって」
「はい、そう言うことです。……す、好きですよ、アヤトさん。お茶に付き合って、わたくしのくだらない話に付き合ってくださるのも好感度高いですし、容姿は好みですし、博識ですし、何より強い。わたくしは脆い女です。王権に縋りついていなければただの娘でしょう。だから、心から強い人間に惹かれてしまうのです」
「……俺、メンタル紙だぞ」
「いいえ。自分という、頑と揺るぎないものをもっています。誇ってください、アヤト。七宝石最強の魔術師。貴方は、わたくしが好いた人です」
「……はいはい」
「はいは一回」
「はーい」
「伸ばさない。まったく……そういうところは子供っぽいですね」
「十六歳だぞ。結婚もできる」
「ふふっ、成長してください。この国の顔となるために」
「……そこまでは……」
「あら、わたくしの彼氏になると言うことは、将来国父になるということですよ?」
「……まあ、今は彼氏彼女で」
「はい。今はそれでよしとしましょう」
そうして、和やかなディナーは続いた。
そしてこの時は思わなかった。
彼女という存在が、いかにめんどくさいかを。
最強の隠者な俺、変わらない日々が欲しいです ~最強の魔術師と少女達の話~ 鼈甲飴雨 @Bekkou
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