第3話 七宝石 中編

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ!」

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 アミュスティアが付いてきたいというので、体力増強訓練に混ぜてやった。

 俺よりずっと元気だった。

「おま……きつくねーのか」

「気力が充実してるから全然疲れないよ!」

「あー……普通、訓練する時は気力を切るんだよ。気力を使った技を訓練するまではそのままの体力で臨むんだ」

「あ、そうなんだ」

「ああ。さて、んじゃ……稽古つけてやるか」

 全身に気力を巡らせる。

 疲労感が一気に失せて、体が充実する。

「お願い!」

「じゃあ、打ってこい。真剣で、殺す気で掛かってこい」

「……よし」

 体格には大きな剣を構え、彼女が突っ込んでくる。

 早い。

 だが、予想していたほどではない。

 大振りな攻撃を避け続けていく。

 縦、横、時にステップを交えながら突きを繰り出す。

 我流剣にしてはちゃんとしているな。

「基礎はしっかりしてるじゃん」

「お兄ちゃんが騎士なの! いっつも稽古を付けてもらってるんだ!」

「ほう。じゃあ、止めにしよう。必殺技のきっかけになる技を教えてやる」

「え!? ホント!?」

 目を輝かせるアミュスティアに苦笑しつつ、剣を抜く。

「刃に気力を込める。その気力の塊を、ぶつけるイメージだ。剣なら斬撃を飛ばす――刃のように研ぎ澄まし、振り抜く動作のままに放つ――」

 輝く短剣を振るう。その軌跡が輝きの刃となって、岩に襲来した。

 スパっとそれは切れる。

「おお、岩が!」

「何度も言うが、俺は弱い方だ。お前の方が凄いの出せるぞ」

「やってみる! えっと、刃に力を込めて――振り下ろしのエネルギーを、放つ!」

 ――シュゴウッ!

 光が駆け抜けていった。

 破壊的な気力の奔流が岩をえぐり取るものの、本人が気力の使い過ぎでだろう。膝をついた。

「あ、あれ?」

「無駄が多い。それは豪剣としては正しい姿なのかもだが、鋭くしないと消費が多くて実戦では使えない」

「うう……難しいなあ」

「パッと出来たら修行にならんだろ。頑張れ。他人の俺がかけてやれる言葉なんて、頑張れしかないね」

「冷たいなあ」

「優しい方だと思うぞ。責任取るようなことは言わんし」

「……訓練、これからも参加していい?」

「好きにしろ。一日おきにやるからな」

「うん!」

 一日は魔力修養、一日は体力増強。それぞれ主としている訓練をすることにしていた。

 魔力修養はキャロルと、体力増強は、こうしてアミュスティアと。

 リリスティアは……よくわからない女の子だ。

 ギルドの運営をしてて、金勘定もしていて。

 修行とかしてるんだろうか。

「なあ、リリスティアは修行してんのか?」

「してるよ。こっそり、人のこない森で動きながら的に撃つ練習をしてる」

「それは感心だ」

 彼女にも教えておこうか。



 で。

 こっそり、夜のリリスティアの訓練の場所を見つけた。

「よっ」

「わあ!? あ、先生さん。……ど、どうしてここへ?」

「一応先生なので、指導しにな。お前には属性変化を教えてやろう」

「ああ、気力の! 言ってましたね」

「そう。とはいえ、感覚だから。炎が分かりやすいか……森では試せないだろうが、まぁ見とけ」

「はい」

 短剣を抜き、気力を短剣に集中させる。

「イメージは、体の中を沸騰させて、ごうと燃やすんだ。切っ先か剣全体を意識する。お前の場合は矢の先だな。そう、燃えるイメージを持ち、気力を燃料に燃やせ」

 短剣に気力をエネルギーにした炎がまとわりつく。

「おおお……!」

「弓は弦に引火させるなよ。さ、やってみろ」

「……」

 矢を番える。

 気力の輝きは、上手く集まっている。

「燃やせ」

「はい! ……」

 おお。

 種火程度だが、燃えてきた。

「なるほど、こういう感覚ですか」

 と言い、一瞬でそれは矢の先を飲み込んだ。

 ふう、と息をつき、それを消すリリスティア。

「どうでしょう」

「百点。もう教えることはない」

「あ、あはは。じゃあ、短剣を教えてくれませんか?」

「ああ、そうだった。弓以外の戦い方も教えようとしてたんだった。ほい、やる」

「あ……どうも」

 鞘付きの無骨なナイフだ。

 それを抜く。

「! これは……」

「精霊銀。替えのナイフでお前が使えそうなのがこれしかなかった」

「た、高いでしょう、これ。もらえません」

「どうせ家で置いとくだけだ。手入れが面倒だし、もらってくれ」

「……はい」

「さ、やるか」

 俺はダマスカスのナイフを構える。

 精霊銀と並んで、魔力、気力が流しやすい素材だ。特殊な文様が特徴で、これは比較的安価だ。武器としてなら高いには違いないが……精霊銀よりも魔術の触媒として劣り、武器として優れる。

「いいか、短剣はリーチが短い。これは近接武器には致命的だ。だから、大事なのは足捌き」

「足、ですか」

「ああ。足に気力を回して、急制動をしながら急加速。これを繰り返して、高速で動けるようになれ。後、靴を妥協するなよ。生死にかかわる」

「はい!」

「そして、ダガーに求められるのは、急所を一撃で貫くことだ。だが、力を込めやすい突きは突き出す動作をしてしまうと動けなくなる。だから、極力切る動作で移動しながら、攻撃するその腕の振りに一瞬で気力を込める」

「……」

「ま、そんなところだ。頑張りな」

「はい! ご指導、ありがとうございます、先生さん!」

「気にすんな。頑張って、俺に楽をさせてくれ」

「はい。安心して、アヤトさんが寝ていられるように頑張ります。最近、お疲れみたいですし」

「……バレてた?」

「ええ。他の二人は、いつも通りの気だるそうなアヤトさんに見えてるでしょうけど……。会った頃とは違いますから」

 彼女の頭を撫でて、ポーチから包みを取り出す。

「これは?」

「俺特製の蜂蜜飴。甘いものは体力と精神力、どっちにもいいんだ。疲れたら舐めてみろ」

「はい、ありがとうございます」

「んじゃーな」

 彼女は恐らく、努力を見られることを嫌う。

 ならば、見ない方がいい。モチベーションが下がられたら、結果的に俺が迷惑する。

 遠く、風切り音が聞こえる。

 ……三人とも、頑張ればいい。

 どれもこれも才能はある。

 だから、俺よりも凄くなるはずだ。

 彼女達の限界の先を、見たいような見たくないような。



「七宝石、アヤト・セブンジュエル。推参しました」

「似合いませんね」

「ほっとけ」

 畏まってみたが、女王陛下はくすくすと一笑するだけだった。

 白髪に碧眼、黒のゴシックドレス。

 そんな彼女の薄い胸元で、ダイヤモンドの首飾りが光る。

「スティア、俺に何の用だ?」

「国賊を追い払って欲しいのです。国賊の名は――アデュレイア。ドラゴンです」

「……なるほど。竜殺しの俺にお鉢が回ってきたと」

「今回は青の騎士団から一人お付けします。入ってきてください」

 入室してきたのは――

「あ、貴様は!」

「ああ……騎士団長さんね」

 青の騎士団の団長さんだった。

 柔らかそうな茶髪を結い上げ、甲冑と制服を着こなしている。

 気の強そうな翡翠色の瞳が、こちらを睨む。

「……噂の『竜殺し』殿、そして七宝石に入った新参……貴様だったとは」

「トゲトゲすんなよ。仲良くしようぜ?」

「貴様のような、人間を人間とも思わんやつは好かん」

「おいおい、古い話を。山賊なんかに人権なんてあるわけないじゃん。国に金を納めてないから、国が庇護する対象ではないだろ、少なくとも」

「しかし、いたずらに命を奪ってどうする!」

「禍根は根こそぎ断て。これ常識だろ。一般人に迷惑をかけるならば狩るのが騎士団だ」

「人は狩る狩らないの動物ではない!」

「動物だろ。切ったら死ぬ。物になる。人間は特別とでも? 変わらねえよ」

「はいはい、そこまでにしてくださいね。……ソリューティア・ナイト。その考えが改まらないならば、騎士団長を降格してもらいます」

「……はっ」

「それと、アヤトさんも。もう少し、オブラートに。我ら国は、人のために。ここでなら構いませんが、イメージを損なわないようにお願いします」

「オーケー、スティア」

「こら! 無礼だろう、女王陛下に!」

「わたくしが許可したのです。無礼な言葉遣いも許すほど、彼は強力な駒ですからね」

「……なるほど」

 何か納得したようだったが、何だったんだろう。

「では、北に進み、蒼竜アデュレイアをどうにかしてくださいね」

 ……青か。

 厄介なことになりそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る