第3話 七宝石 前編

「師匠の着けてるその翡翠のネックレス、何なんですか?」

「ん、ああ。俺、七宝石に選ばれちゃったから」

「ええ!?」「?」「何それ」

 リリスティアが驚きに目を見開くが、どうにもキャロルとアミュスティアが驚いてくれない。

 別にいいけど。

「ねえ、その七宝石ってなに?」

「キャロ、魔術師のくせに知らないんですか!? クラルティア王国最強の七人の魔術師です!」

「……ってあの七宝石ですか!? え、師匠そんなすごい人だったんですか!?」

「この間、盗賊の討伐騒ぎでひと悶着あってな。俺はやりたくないんだけど……」

「え、名誉……の他に、何かあります?」

「金がいい」

 うわー、という目を三人がしていた。

「馬鹿野郎、金は大事なんだぞ金は」

「いやー、大事なのはわかりますよ? でも、でも……なんか、最強で君臨する理由が……」

「お金って……」

「正直どうなの……?」

「見下げ果てたのか馬鹿野郎、俺がそれだけで請け負うわけないだろ!」

「他の理由は?」

「女王陛下が可愛かった」

「「「はい撤収ー」」」

「仲いいなオイ、コンビネーション抜群じゃねえか。オイこら、お兄さんの目の届く範囲で遊びなさい」



 というわけで。

 今日は洞窟でリザードマンを倒すためにやってきたのだが。

「……そういや、お前ら気力使えんの? 才能はあるっぽいが」

 アミュスティアとリリスティアにそう言うと、二人が首を振る。

「死ぬ覚悟があるなら使えるようにしてやるぞ」

「え!? 死ぬの!?」

「最悪、体が耐え切れずに壊死する」

「うわぁ……」

「どうする?」

「お願いします!」「お願いします!」

 あら、意外な返事だ。

「死ぬかもしれないぞ」

「だからこそです。もう一度死んでるようなものですし! もう、山賊なんかに屈しません!」

「だね! ちゃっちゃとお願い!」

「……しゃーねーなー。ただ、禁術だからな。人に言うなよ、俺からしてもらったって。誓え」

「はーい!」「言いません!」

「よし。力を持つ人間よ、その奥底に眠る力を呼び寄せん」

 彼女達を抱きしめる。

「え、ええ!?」「わ、わ!?」

「動くな。……お前は、ここ」

 アリスティアの肩甲骨付近に手をやり。

「お前は、ここ」

 リリスティアの背中に指をやった。

「……開花せよ!」

 魔術が発動し、魔力が手と指を伝って奥底に眠る気力を揺り動かす。

 才能がないといけないが、この二人には眠っている気脈がある。それも、俺でも分かるほど強いものだ。

 揺り起こした気力に、彼女達は驚いているようだった。

「そこで油断するな! 全身に巡らせるイメージを持て。そうじゃないとあっという間に枯れ果てるぞ!」

「!」「……!」

 しゅうう、と気力が安定する。

 ……彼女達が気力の扱い方を学んだようだった。

「! え、嘘……! 分かる……アヤトさんも気力持ちなんですか!?」

「ガキの頃にな……。まぁ、気力持ちの並の剣士くらいの気力しかないが」

「うん、ワタシ達に比べて気力が小さいです」

「だろ。お前らの方が才能あるぞ。じゃ、今日は実戦だな。基本的な扱いは教えてやる」

 短剣を抜く。

「わ、それなんですか!? その短剣、ピカピカです!」

「護身用にな。俺の本領は魔術だけど……はい、武器を構える」

「はい!」

「うん!」

 剣と弓を構える彼女達。

 と、奥からリザードマンが一匹、やってきた。見張りだろう。

「まず、足に気力を集中させ――地面を蹴ると同時に爆発させる」

 勢いよく跳ぶ。

「そして、その力を手から武器に伝導させて、叩っ切る!」

 さらに地面を蹴って、すれ違いざまに首に刃を閃かせた。

 一撃で落ちる首。魔物はしばらくするとあっという間に腐敗する。なので、素材が欲しいなら急いで剥ぐ必要がある。

 俺は要らないので放置。

「大体はこんなところだ。わかったか?」

「う、うん!」

「弓は矢に気力を伝導させるんだ。込めれば込めるほど、基本的に威力は上がる」

「わかりました!」

「気力の属性変化もあるけど、それはまた今度な。まず基礎を固めろ」

「……」

「じゃあ、先生! 指導よろしくぅ!」

「えー……気力は門外漢なんだがなぁ……。まぁ、基礎なら……」

「やったー! よろしく、先生!」

「先生さん、よろしくお願いします!」

「へーへー。現金だなぁ、お前ら」

 と、血の匂いを嗅ぎつけたか。リザードマンが湧いて出る。

「さ、お前ら。実戦の時間だ。はい、キャロル。リザードマンの弱点は?」

「風と炎です! 水や湿気を帯びている時は鱗が頑強です! それを乾かせば……!」

「じゃあお前の役割は分かるな? やれ」

「はい! 疾風の如く、敵の尽くを打ち払え! スーパーソニック!」

 本来、ウィンドストームと呼称される魔術だ。色々考えてるな、名前。

 もっとも、彼女の詠唱は言葉を固める前で、色々と変わることが多い。

 それでも強烈な突風がリザードマンを足止めする。

 そして、追い風に乗ってアミュスティアが加速する。

「おわぁ!?」

 加速し過ぎて、剣を持ったままリザードマンに衝突する。

「確かめないまま動くからそうなる。調節しろ」

「うぐっ、はーい……! せりゃあ! 十文字スラッシュ!」

 アミュスティアが十字に剣を振り抜く。

 今まで見てきた剣速とは明らかに違う。異様に早く、力強い。彼女は力型なのだろう。俺は足に行きわたりやすいスピード特化。

 そして――

 リリスティアはようやく込め終わったのか、矢を放つ。

 ……リザードマンが爆発したんだけど。

 彼女は恐らくバランス型。今度ナイフの術も教えてみようか。

 しばらくして、数が減ってくる。

 風の魔術で足止めをしていたキャロルがこっちを見て叫んでくる。

「師匠も戦ってください!」

「……そうだな。親玉は、お前らにはまだ早い」

「親玉?」

 言うと、地面を揺らしながら、巨大なリザードマンが姿を見せる。

 ――吠えた。空気が振動する。

 その大きさに、恐ろしさに、少女達が動揺する。

「な、何ですかアレ! デカ過ぎますって!」

「大きいです!」

「な、なんなのあれ! ヤバいよ!」

「落ち着け。まぁ、あれはリザードマンエルダーという老個体だ。硬さも違う。試してみるか?」

「物は試し! でやぁぁぁっ!」

 大きな剣は、岩を打つような音と火花が鳴り散り、アミュスティアが振り上げられた拳に顔を蒼褪めさせた。

「エアロバースト」

 加減した風の魔術。風を放射状に爆発させる術で、アミュスティアが吹っ飛んで、範囲を逃れる。

 拳は洞窟の地面を粉砕し、地面を震撼させた。

「……!」

「か、勝てるんですか、先生さん!」

「誰だと思ってんだ。いい機会だ、上級魔術を見せてやるよ」

 この間、雷の魔術を見た。

 あれは超高速の一点特化型。分散しやすい雷を一撃にまとめることで必殺たる威力が出るようになっているのだ。

 再現は、可能だ。

「衝破雷滅、轟音来たりて我が敵を射抜け――貫け! ヴォルテックストライク!」

 手から放たれたのは蒼い輝き。

 最初は輝きだけが敵を。追って轟音が轟いた。

 一点に集中させた雷が心臓を貫き、全身を焼く。

 黒焦げになったリザードマンエルダーが倒れて、ようやくホッと一息。

「す……すっご……一撃なんて……」

「アミュスティア、お前も訓練して必殺技を覚えればこれくらいはできるようになる。その気力の才能はすさまじいぞ。だから、さっさと師匠を探すこったな」

「うん! 分かった、先生!」

「リリスティアも、頑張れよ。アミュスティアと同等の才能を持ってるんだ。絶対伸びるさ」

「はい、先生さん!」

「キャロルも、焦んなよ。魔術の修行は一朝一夕で莫大に伸びることはない。精神エネルギーは日々積み重ねるしかないんだ」

「は、はい……」

「よし。クエスト完了だな。戻るぞ」

 俺は踵を返す。

 それに付いてくる三人を見て、肩を落とした。

 ……俺の日常、随分ユニークになっちまったなぁ……。



「あ、あの!」

「んあ?」

 話しかけられる。

 ……俺を見てない。

 この子達を見ている。

 年齢といえば、十五歳くらいか。

 ……気力使いか。何となくわかる。

 だが、大きい気力にそぐわない、儚そうな容姿だった。一応軽鎧をまとっているが、まるで重さを排除するように部分部分だけをカバーする……。

 こういう格好をするのは、弓を使い馬を駆る草原の民くらいだ。……いや、他にもペガサスに乗る槍使いもそういう格好をするが、ペガサスなんてめったにお目に掛かれない。

「あ! ペガサスのお姉ちゃん!」

「ん、知り合いか、キャロル」

「襲われてるところを助けたんですが……わたし達が盗賊に捕まっちゃって……」

「ああ、元凶はあんたか」

「あ、あの……ありがとう。皆さんのおかげで、荷物を届けるお仕事が無事に終わりました」

「いーよ! でも、もう山賊に道を聞かないようにね?」

「う、うん」

 くそ間抜けか。アホらしい。

 近づいてヤバいやつかどうかは、見たらわかるだろうに。

 俺はさっさと自室に戻りに向かう。

 が、ローブの裾を引かれた。

「なんで先に戻ろうとしてるんですか!」

「俺、関係ないじゃん」

「お目付け役なんでしょ、先生」

「そうですよ、先生さん」

「ああ、くそ。めんどくせえ」

「? そちらは?」

「あたしらの先生! まぁ、いいひと……なのかな?」

「いい人ですよ」

「悪い人ではないです」

 お前ら、俺への評価微妙なんだな……リリスティアは後で飴ちゃんをあげよう。

「あの……じゃあ、その。ギルドメンバーを募集してますか?」

「募集してますよ!」

「あ、あれ? そこの人が団長じゃないんですか?」

「違う違う。このリリスティアが団長」

 赤い軽装のリリスティアの頭に手を落とし、ぽむぽむと撫でた。

「あの、リリスティアちゃん。ギルドに、入れてください」

「いいですよ。お名前はなんですか?」

「ルクサンディアと申します。ルディでいいですよ」

「じゃあこっちもリリスで」

「あたしもアミュでいいよ!」

「キャロって呼んでください」

 ……。

 やっぱ、俺要らないんじゃないの?

「ほら、師匠も挨拶してください」

「……アヤトだ。よろしく」

「うわ、ブッキラボー。他になんかないの?」

「特には。んじゃ、よろしくやってくれ。年長者ができたんだ、俺は要らんだろ。引きこもって寝るから、後よろしく」

「めちゃくちゃうきうきしてますねぇ」

「コラ師匠! サボってばっかりじゃ豚さんになっちゃいますよ!」

「いいんだよ豚でも。心はイノシシだ」

「いや意味わかんないです」

「ともあれ、俺は寝るからな。これ以上俺の睡眠を邪魔するとマジで消し飛ばすぞ」

「うわ、大人げない!」

「じゃあな」

 とりあえず、眠気が限界なので宿へ下がっていく。

 扉を開け、襲ってくる睡魔に抗うこともせず、寝入る。

 最近、魔力の消耗が激しい。

 彼女達を守るために、そして裏で七宝石の任務をこなすために。

 使い過ぎている。

 こう、急に使い過ぎると、体力がついていかん。

「……こりゃ、あの体力増強訓練も必須になってくんのか……」

 それが嫌で隠居してたのに。

 ……嫌な世の中だ。

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