第2話 保護者 後編
騎士団の詰め所で、報告を行っていた。
山賊を倒し、騎士団に事後処理を頼んでいたのだ。
だが、おかんむりらしい。あの時――キャロルに助太刀した女性の騎士団長が、渋面を浮かべていた。
「皆殺しにしろと誰が言った」
「生け捕りなんて無理無理。それに、騎士団としてもそっちの方が手間省けるでしょ? 結局、重罪人は処断が当たり前なんだから」
「だ、だからといって……山賊には女や子供もいたんだぞ!」
「あんたわっかんねえな。女だろうと子供だろうと、山賊は山賊なんだぞ? 掃除して何が悪い」
「団長、彼に同意します。僕は彼が正しいと思う。その子供や女性が逆恨みで人を殺さないとも限らない。事件が起きてからでは遅い……これは団長が口酸っぱくいっておられたことですが」
「……。報酬を取らせる。後で受け取るように。下がれ」
「団長……」
「下がれ、ヴォルフェン! その男を連れて退出しろ!」
「はっ! 冒険者殿、こちらに」
ヴォルフェンと呼ばれた男が俺をエスコートしてくれる。
扉から出て少し離れたところで、彼は俺に苦笑した。
「すまないね。君は正しいことをしたというのに……。あのお方は優し過ぎる。弱きものを守る――それを主眼に置いた騎士団だが……罪人にその手を伸ばすことがどれだけ危険か、分かってもらえない」
「同情するよ。珍しいタイプだろ、ああいうのが上って。あんたら青の騎士団だろ? 清廉潔白、品行方正を主とした」
「よく知っているね。そう、僕達は青の騎士団。誰よりも、騎士道に忠実でなくてはならない」
「……いや、凄いよ。俺はそういう忠義の刃にはなれそうにない」
「僕も王国を全面肯定するわけじゃないよ。騎士の名を使って悪巧みをする連中を、騎士団は騎士団を罰せられないという規則がいい例だ。馬鹿な条例だよ」
「俺もそう思う」
ん?
駆け寄ってくる金色の鎧の青年。
若いな。この鎧は近衛だった気もするが。
「アヤト殿、ですね? 女王陛下がお待ちです。こちらへ」
「いや、俺は報酬をもらって帰るんだよ。女王なんかとは会わないって」
「しかし、来て頂かないと困るんです……」
「……しゃーないか。わかったよ、ついてく」
「ありがとうございます! こちらです」
なるほど、新米騎士の度胸を鍛えるには、女王の身辺警護位が丁度いいのか。
王城には滅多なことはないし。
それにつけても、クラルティアは割合平和なのだから。
複雑な城内を進むと、ようやく玉座に出た。
荘厳で巨大なそこに座っていたのは、十三歳くらいの少女だった。
「女王陛下、お連れしました!」
「結構。下がりなさい」
「し、しかし……見知らぬ第三者と二人きりはさすがに……」
「下がりなさい」
「は、はいっ! 失礼しました!」
えー……。
あっさり引き下がる近衛に動揺を隠せない。
いや、そこは下がっちゃダメだ。何があるかわからないんだから。
そんな俺の動揺を余所に、彼女は微笑んだ。上品な微笑みだ。
「ご機嫌よう、『隠者』アヤトさん」
「ご、ご機嫌よう……?」
「真似はしなくても構いませんよ。敬語なんて慣れていないでしょう?」
「そりゃ助かる。んで、スティリエーア・クイーン・クラルティアさん。俺に何の用事で?」
「あら、フルネームをどうも。スティアと呼んでくださいな、アヤトさん。お頼みしたいことがありまして」
「んだよ」
「わたくし直属の国家魔術師――『七宝石(セブンジュエル)』の、緑色を担って頂きたくて」
「……クラルティア最強の七人の魔術師、だっけ?」
「ええ」
――『七宝石(セブンジュエル)』
赤、青、黄、緑、紫、白、黒の七色がある。
それぞれの色に応じた必殺呪文をもつ集団だと思っていい。
「何で俺が緑なんすか?」
「持っているでしょう? 竜殺し、風の聖剣――」
「……」
「知っていますとも。単独でドラゴンを倒せ、その実力は『三日月の柱』の歴代トップ。『隠者』の称号を与えられた、若き天才。いえ、空位の緑が埋まりそうで、ホッとしました」
「買いかぶり過ぎだ。俺にはそんな実力はない」
「いいえ、一流でしょう」
指を鳴らす。
超高密度の魔力が収束していく!?
「閃く閃光、蒼き稲妻、ゲイボルグッ!」
「聳えろ、不可侵の盾、アイギス!」
盾を貫こうとしたが、その盾に触れた瞬間、雷が霧散した。
敵の必殺呪文を、オリジナルの防御で弾いた。魔力消滅の障壁だ。
手をかざす。
「駆けよ――」
「そこまで」
女王陛下がそう言う。
そして玉座の上から降りてきたのは、蒼い髪の少女だった。天使のように愛らしいビジュアルをしているが、何となくわかる。年上だ。
風で中和し、スカートが少しぶわっと浮かぶ。白だ。
「いやぁ、ゲイボルグを防ぐなんて。相当な盾を持ってますねぇ。その盾、神聖魔術ですよね? ビショップ?」
「隠者」
「うっわ、珍しいですねぇ」
「で、なんでいきなり殺そうとする」
「必殺を最低限かすり傷くらいには済ませられないと、並び立てる証拠にはならないでしょ?」
「あー、もー……魔力使うのしんどいんだから。攻撃やめてくれよ?」
「はい、わかりましたので。あ、青を担当してます、アイオライト・セブンジュエル・ローウェンと申します。イオでいいですよ」
貴族ねえ。家名がある。家名を持てるのは王家か貴族だ。
真ん中の名前は職業姓。
「……イオはソーサラー?」
「そうですね。雷を主に使います」
「ほほう、風の上級か」
「緑……というからには、風ですかね、必殺。でも、感じたのは金属の魔力でしたよ?」
「俺は必殺いっぱいあんのさ。これでも、天才と呼ばれてたからな。対魔物用、対魔術師用、対騎士用……色々あるけど」
「わお。見せてください」
「ぜってー手の内は明かさねえよ」
「つまらないですねー。ねえ、女王陛下?」
「つまらないですね」
「ほっとけや」
で。
「受けてくださいますね?」
「断る。めんどくせえ」
「五百万ウェルン支払いましょう。プラス、月のお給料も三十万ウェルン」
「受けるー!」
「え!? いいんですか!? そんなお気楽な感じだったんですか!?」
「五百万ウェルンもあれば隠居し放題……俺のニート生活が確実なものに……!」
「ただし、女王の勅命にはなるべく従うこと」
「なるべく?」
「魂の理念があれば、断ってもいいですよ」
「あ、そなの?」
「ただ、適当にほざいていたら六個の宝石が一斉に煌めくことになるので」
「あ、はい、わかりました」
思わず敬語になってしまった。
ぶら下がる。
首から、羽の形をしたエメラルドのネックレスが。
赤はルビー。
青はサファイア。
緑はエメラルド。
黄はトパーズ。
紫はアメジスト。
黒はオニキス。
白はセレナイト。
それを統べる女王は、ダイヤモンドを身に付けるのだそう。
違和感を覚えつつも、自宅に戻る。
……キャロルだ。
「おう、どうした馬鹿弟子」
「……お母さんとお父さんに、追い出されてしまいました」
「で、どうすんだ?」
「……」
「……キャロル。この世の中はな、勝ち取るしかないんだ。実力でも、暴力でも、お金の力でもいい。力で勝ち取るんだ。そういう世界なんだよ」
「……でも、どうすればいいのか」
「お前が死んでも、世界は恙なく動く。俺が死んでも、他人は困らない。お前はどうしたい。泣いて縋れば両親と和解できる道もある。それともこのまま、弟子を続けるか?」
「……続けたいです! わたしは、魔術師になりたい……! 今度こそ、ちゃんと、自分の行動に責任を取れる大人になりたいんです!」
「分かった。なら、お前は今日からここに住め」
「え!? い、いいんですか?」
「お前は言葉の力と決意で俺を動かした。これも立派な力だ。覚えておけ、お前の行動は誰かを傷つけるかもしれない。だが、お前の行動が誰かを救う可能性も秘めていることを。お前は自分か、大切な人のために力をふるえばいいんだ。それ以外は利用するか捨てろ」
「は、はい……!」
「後、心から心配してくれる友達も決して手放すな。……来い、アミュスティア、リリスティア」
「え!?」
建物の陰から、バツの悪そうに出てきた彼女達がこちらを見ている。
そんな彼女達に、手をかざした。
「純水治癒、嫋やかに舞え、我が慈愛――完癒のアクアキュア!」
三人同時にその治癒魔術を掛ける。
これは、物理的外傷を完全に治癒する魔術だ。どっと疲れが押し寄せるものの、溜息を零すだけで済んだ。
「これからは見守ってやる。その方が面倒ごとが少なくていいだろ。……もう無茶すんじゃねえぞ」
「「「……! はい!」」」
「さ、メシでも行くかお前ら。今日は俺が奢ってやる」
「わーい! アヤトさん、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
「し、師匠、いいんですか?」
「いーんだよ。金は使うべき時に使うもんだ」
そうして、俺は。
正式に、『輝きのランタン』に加わることになった。
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