第2話 保護者 前編

 身体には魔素というものが眠っている。

 それは精神エネルギーと自然と結びつき、魔力として結実する。

 精神力は寝れば回復する。だから、寝起きの状態が精神が一番充実している時なのだ。

「……すやぁ……」

「コラ」

 スコン、と彼女――キャロルの頭をひっぱたく。

「い、痛い……!」

「集中が乱れてる。それと寝るな。付き合ってやってる俺が一番眠いんだぞ」

「は、はい……」

 呼吸を整え、彼女はまた集中している。

 彼女は正座をしながら一抱えほどの水晶を抱えていた。

 光魔の水晶。魔力を注ぐと量に応じて輝き、光度が違ってくる。

 彼女の潜在的な魔力の量は多い。だが、集中力がそれについていってない。

 魔力を込め、集中力を鍛える水晶入魔の修行。オーソドックスだが、魔力を制御したり、精神力を鍛えることができたりと、初心者にはもってこい。

 欠伸を噛み殺しながら、集中する彼女を観察する。

 ふむ、睫毛が長いな。肌も白いし、もちもちしてそう。若いなあ。

 と、徐々に光が消えて、彼女はその場に突っ伏す。

「……む、無理です。これ以上コントロールできません」

「そんなところだろう。精神力切れだ。一回目だから俺が付いてたけど、これは毎日やれ」

「じゃあ、お手本を見せてください」

「……貸してみろ」

 水晶を奪うと、胡坐をかく。俺はこのスタイルだった。正座はあくまでもスカートの中が見えない処置。

 手を触れず、全身に循環させるその一部として、水晶に魔力を通す。

「わぁ……!」

 目を閉じているのに、その輝きの量が伝わってくる。

 目を開けて、更に集中。あまり込めすぎると割れてしまう。教育機関ではしこたま怒られたっけか。

 よし。こんなもんだろう。

「ほい。お手本になったか?」

「はい! でも、手で触れてないのに、どうやって輝かせたんですか?」

「触れているものを体の延長上として捉え、魔力を循環させるんだ。無駄な魔力の浪費が減るし、この感覚は杖とか指輪とか、媒介を介して魔術を発動させるためにも役立つぞ」

「なるほど!」

「お前の武器は?」

「このリングです!」

 腕輪だった。

「見せてもらっても?」

「どうぞ!」

「……」

 ……。純度の高い精霊銀だ。

 精霊銀は剣士や格闘家などの物理的な武器を使うエネルギー――気力と、魔術師の使う魔力、両方の伝導率に優れる。

 珍しいが、魔術剣士という存在が剣に使う金属として有名で、とても希少な金属だ。多分、腕輪の量だけで小屋くらいなら買えるんじゃなかろうか。

 気力は武人の使う身体エネルギーの総称。心根が善で、気力の才能があったら騎士としてスカウトされることがあるくらい、気力というものはデカい。

 ただ魔力と同じく、気力も才能で決まる。

 十万人に一人と呼ばれる才能だ。

 ともあれ――

「自然魔術を使うようだが、どうしてだ?」

「神聖魔術は神の存在を肯定する、宗教と同じくして学ばないと外道と呼ばれる術だからです」

「そうだな。古代魔術は?」

「……古代語が読めません」

「なるほど。教えてやろうか?」

「いいんですか!?」

「ああ。三種の魔術の理くらいは知っておいて損はない。俺は古代魔術は才能なかったけど、他二つはほどほどにあったんだ。俺、最初は古代魔術の勉強してたんだよ」

「な、何でですか?」

「孤児だった俺を引き取って学校にぶち込んでくれた人が、古代魔術を使う魔術師だったからだ。ただ、ものにならなくてな……まぁ、そんな話はいい。寝るぞ。今日はスライム狩りだ」

「はい!」

 誰も通らない小高い丘で、二人して木に寄り掛かり、目を閉じる。

 魔物は魔晶結界で入ってこられない。この近辺は騎士の巡回所でもある。

 だから、安心して寝ていることができる。

 さっそく寝息を立てる彼女を見届け。

 俺も、眠りに落ちていった。



 クエスト。

 酒場から出される依頼の事をそう呼ぶ。

 受注者は基本的に冒険者と呼ばれ、クエストに従事することになる。

 難易度は、そこらのお使いから、死を覚悟しなければならないものまでバリエーションが豊富。

 スライム討伐。難易度、Eランク。

 つまりは、よっぽどじゃない限り死ぬことはない。

「えっへん!」

「……今倒したの、ゴールデンスライムだぞ」

「え? あれ?」

「帰ったら、経験値どんだけ貯まったか見に行くか」

 訓練や鍛錬、修行。それから魔物や人を殺すと、経験値が手に入る。常識だ。

 だから、大量殺人犯には相応のレベルの騎士が派遣されたりする。

 騎士には騎士の、冒険者には冒険者のカードが用意されており。

 俺も先日ギルド協会に加盟し、カードを貰っていた。

 蒼の天球に掲げると、カードの内容が更新される。

 カードには自分の能力値や職業などが書かれることになる。新しい土地でも、そのカードを見せると、難易度にあったものを選んでくれる、という寸法だ。

「ちなみに、師匠はジョブとレベルはどれくらいですか?」

「ジョブは隠者。レベルは十五だよ」

「高っ!? え、隠者ってどういうジョブでしたっけ?」

「普通、自然魔術師はソーサラーになるんだが、称号を正式に授与されるとそっちにクラスチェンジできるんだよ。俺は魔術師協会から『隠者』の称号を貰って、そっちにクラスチェンジしてる」

「どういう能力値なんですか?」

「知力と魔力がSSS。それ以外がCの適性」

 体力、力、魔力、知力、守備、魔術防御、速さ、幸運の項目だ。

 SSSからEまでランクがあり、ジョブによる補正が掛かる。

 ――『隠者』は典型的な魔術特化。他の成長率はCだが、補正は魔力と知力以外掛からず、利便性は低い。

 ついでにソーサラーは、体力B、力D、魔力S、知力S、守備C、魔術防御A、速さBと軒並み高い。

 レベルの上限は二十。

 下級ジョブから二十レベルでクラスチェンジ、そして上級で二十を超えることは、人間にはできないとされている。

「必殺技とかあるんですか?」

「あたぼーよ。でもしんどいから撃つのは勘弁して」

「どんな術なんですか?」

「超高速で鉄の塊を叩きこむやつ。まぁ土の上位――金属の魔術だ」

「金属、ですか。あまり見ないですね」

「まぁ威力はあるが形成に時間がかかるから、他のやつはやらないなぁ。炎や風飛ばした方が速いし。まぁ、最悪殺せれば何でもいい」

「……人を、殺したことがあるんですか?」

「そりゃあるさ。課題で盗賊の討伐とかもやったし。基本的に魔術やら剣術やらは人殺しの才能さ。嫌ならやめな」

「やめません!」

「あっそ。そんじゃ、クエスト達成確認したし、帰るか」

「は、はい!」

 すたすたと歩く俺に並んでくるキャロル。

「あの……ギルドのメンバーに紹介したいんですけど」

「ああ、そういや言ってたな。お前ギルドのメンバーなんだったな……」

 見習いを入れることは、まぁ、よくある話だった。

 長年やっているメンバーが弟子を取り、加入させ、次のギルドのリーダーになる。

 誰が継ぐかで問題にはなるが、基本的に優秀な奴かコミュニケーション能力に長けた人間がなるものだ。

 もっとも、彼女のギルドは同年代で組んでいるようだったが。

「どういうメンバーなんだっけ? そういや、一回挨拶したっきりだったな」

「えっと、剣士と、弓使いです!」

「……なるほど」

「そして、わたしが魔術師です!」

「んじゃ俺はヒーラーってことでよろしく」

「え!? 治癒魔術を使えるんですか?」

「掛けてやろうか?」

「はい!」

「清廉潔白、聖なる輝きを汝に注がん。慈雨のシャインヒール!」

「ふわぁぁぁ……!」

 輝きが小範囲を満たす。

 注ぐ魔力によって範囲が変わってくる、神聖魔術の中級呪文。

 興奮気味に、キャロルが目を輝かせた。

「教えてください!」

「お前には神聖魔術の才能はない」

「うぐっ!?」

 適性は見させてもらった。

「古代魔術には適性があったから、呪文とイメージは教えられる。死ぬほど学んできたからな」

「うう、古代魔術はなんだか怖いですし……」

「そりゃ、闇の魔術だからな。まぁ、何も……神聖魔術だけが癒しじゃない。これなんかどうだ……天使羽風、穏やかに汝へと注ぎ癒したまえ――回復のヒールウィンド!」

 緑色の輝きが広がる。

 これも範囲系。風に乗って、広範囲に届くのが特徴。

「わぁぁぁ!」

「なんだよ、クレリックにでもなりたかったのか?」

「……ちょっぴり、憧れでした」

「そか。治癒系は神聖魔術がバリエーション多いけど、自然魔術も風や水を使ったものは教えてやれるから」

「頑張ります! ところで、師匠の詠唱って少し独特ですよね」

「ああ……。基礎からずらしてるんだ。俺がパッとイメージ出来て、相手はセオリーを崩されて一瞬迷うような奴にしてる」

「なるほど」

「基本の術式は、何の属性を、どの対象に、どういう効果で放つか、を入れておけば間違いない。お前も教科書通りの詠唱してないで、そういう工夫を凝らせ」

「はい!」

 こういう基礎も教えこんでいく。

 かれこれ一週間経過したが、彼女はスポンジのようだった。

 知識を、どんどん吸収していく。

 そして、こちらがゾッとするくらい――強くなっていっている。

「! おーい!」

「あん?」

 手を振って駆けてくるのは、彼女の仲間だった。

 ギルド……『輝きのランタン』のメンバー。剣を使うアミュスティアと弓使いのリリスティア。双子だ。二人とも金髪が目印。

「アミュ、リリス! どうしたの?」

「空いた時間にボアでも討伐しようってことになって! で、キャロは?」

 キャロルは、親しい間柄にはキャロと呼ばれていた。

 長い名前を付けがちなこの世界では、親しい者同士は愛称で呼ぶのが一般的だった。それ以外は、あなたのことを覚えています、という敬意を込めて長い名前を呼ぶそう。

 金髪に蒼い服のアミュスティアが微笑む。

「どうどう? 一緒に! あ、アヤトさんも来たいなら一緒でいいよ!」

「俺は遠慮しとく。じゃあな」

「来てください、師匠! わたしの魔術、見届けてください!」

「上達してる上達してる。もともと、上級の温度操作までマスターしてんだ、センスはある」

「師匠の上級魔術、見たことないですし、見たいです」

「バーカ。誰が自分の必殺を他の魔術師に見せるかよ。盗まれたらどうすんだ」

「ひ、ひどいです!」

「ははっ。んじゃな。気ぃつけろよ」

 そう言いながら去る。

「もう、師匠は相変わらずなんだから……」

「なんであんな奴に師事してんのさー。いけ好かないというか、性格悪そうだよね」

「そうかなぁ。あの人は、キャロのこと認めてると思うよ?」

「え? そうかなぁ」

「だって、魔術師にとって必殺呪文は唯一無二だもん。それを見せたくないって思うのは、あの人がキャロを魔術師として見てるからだよ」

「……え、えへへ」

 ……頭が回るなあ、リリスティアは。

 賢い彼女達なら、大丈夫だ。

 そう思い、俺は風の魔術を使い、一気に街へと跳んだ。

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