最強の隠者な俺、変わらない日々が欲しいです ~最強の魔術師と少女達の話~
鼈甲飴雨
第1話 弟子
努力。
それは、求められる能力を的確に引き上げられないと意味がない。
ただ、それには才能の影響が強くあって。いくら練習したところで、才能がないとそれらを引き上げられず、徒労に終わる。
六歳の頃から古代魔術を学んでいた俺だったが、十歳になっても全く才能の片鱗を見せられず。
自然魔術を試したら、呆気なく――それが実を結んだ。
そして神聖魔術も覚えて、一人前と魔術師協会に認められて、俺は国に仕えるわけでもなく、ギルドに入って名を上げようとするでもなく。
山の麓の農村で、悠々自適な日々を送っていた。
立場は、対魔物の用心棒。
「アヤト!」
「はいはいよ、村長さん。なんでっしょ」
「お前、クビ」
「……え?」
「クビだ、クビ。最近魔王軍もこないし、めっきり平和だろう? お前さんは要らなくなったのさ」
「オイオイ、アホか。いざって時に備えとくのが用心棒だろ?」
「そのもしもなんておこりゃしねえよ。挙句に、魔術師協会公認の魔術師なんて、こんな村には必要ねえんだわ。ほれ、最後の給料だ」
「……はいはい。明日にゃここから出てくよ」
「すまんな」
そうとは欠片も思ってない顔で、村長が去っていく。
……。
ああ、明日から無職か。
世知辛い世の中だ。
「――速報だよ! 山の麓の村、アグン。魔物の集団によって壊滅! 今、討伐編成チームを組んでるから、参加よろしくぅ!」
というニュースを吐く男を眺めながら、溜息をこぼした。
グラブ大陸の北半分を統治する巨大国家、クラルティア王国。
都会では魔術文明が進んでいて、蛇口を捻ると、水属性の魔石に術式が反応。水が零れ落ちたり、トイレが水で流れるようになっている。
俺が六歳まで住んでいた現代日本でも似たような感じだったので、生活自体に違和感はなかった。
挙句、魔術師協会の互助のある育成機関……まぁ、学校に入れられていたためか。最新の魔術文明に触れることができていた。
この城下町――ルクスは夜も明るくて、特に戦も起きておらず――
――いや、起きてはいる。
魔王という存在がいた。
魔物、魔族を統べる王様だ。
彼……いや、彼女……? 性別すら不明だが、強大な魔力を持つらしい。
魔物達は最低限統率されて、町を次々に襲っているのだとか。
それらは緊急クエストとして冒険者が挑むほか、騎士団も出撃する戦場なのだとか。
ああ、怖い怖い。
さて……俺も少しは稼がなきゃならないが。
冒険者ギルド。併設されてある飲食場の一角に俺は腰掛けていた。
「はぁ……」
溜息を吐き、木製ジョッキに入っている、温くなったアップルサイダーを一口飲んだ。
ジョッキを置くと、ループタイが揺れる。
――三日月の紋章。
魔術師協会育成機関――『三日月の柱』を出た証として贈られる物だった。
それらをネックレスやペンダントに加工してもらうのが通例。俺もループタイという形を取った。
白いズボンに黒いシャツ。魔力を集めやすい魔術の媒介である指輪に、若草色のローブ。
黒髪に黒目。よく言われたのは、覇気のない面。
友人には『若老人』と呼ばれ、先生にも『若い隠者』と笑われていたが。
だって……俺、凄く頑張ったんだしさ。休みたいよ。
そうだ、薬草摘みの依頼を受けよう! スライム討伐でもいい。
こう、日銭を稼いで、ゆったりしよう。
うんうん、そうでなくちゃ。人生、自分のペースというものがあるんだ。
「あの……」
「んぁ……?」
振り向いた。座った俺より少し高いくらいの、小さな女の子がこちらを見ていた。
キラキラした目で。
なんだよ、その目……挫折ばかりの子供の頃を思い出してなんか軽く鬱なんだけど。
緑色の髪に蒼い瞳。白い肌に、白い衣装がよく似合っている。
……白タイツなんて珍しい。
「『三日月の柱』ですよね、その証……! 大人じゃないのに!」
「大人ですー、十六歳ですー」
成人は十六からだ。女子は十四からだが。
「まぁ、雰囲気とか容姿は大人びてるんですけど……ぐでーっとしてましたし」
「ぐでーっとしてたら子供なワケ? 大人だってだらけたい時があるさ」
「そうかもしれません」
「で、何の用?」
「弟子にしてください!」
頭を下げてくる彼女を、手で追い払う。しっし。
「こんなとこで教えを乞うよりも、『太陽の斜塔』に行きな」
現実的な回答を示した。
……『三日月の柱』はとても厳しい教育環境で知られていた。
見たとこ、いいとこのお嬢さんだ。親の援助があるなら、『太陽の斜塔』が一番。
あそこはどんな野蛮人でも火おこし位の魔術を使えるようにしてくれる。
もちろん、エリートコースに行けば騎士団で一線級の活躍を誇る国家魔術師になることだって、そう現実味のない話でもない。
「お父様とお母様が許してくれないんです!」
「じゃあ、お前の気持ちはそこまでだったわけだ」
「!」
「厳しいこと言うけどさ。家を捨ててでも名を上げたいってやつか、魔力があると理由つけて厄介払いしたい連中にぶち込まれるかとか、魔術師はそういう連中ばっかだぞ。親元でぬくぬく暮らせてるなら、それに越したことない。あったかいベッドで、ママの手料理を食べながら、ゆっくり寝てろ」
「……! そんな子供じゃないです!」
「んじゃ、着てるものは?」
「こ、これは……」
「着てるもの、食べるもの、家賃――それら全てを自分で賄えて、ようやく大人なんだよ」
「……わかりました。じゃあ勝負をしましょう! わたしが勝ったら、弟子にしてください!」
いや、それ……君が勝ったら俺を師匠にする目的が読めないんだけど。
魔術で勝負しようっていうんだ。この子は、下級の魔術くらいは使えるんだろう。
問題は――術のタイプか。
自然魔術、古代魔術、神聖魔術。
自然魔術は神聖魔術に強く、神聖魔術は古代魔術を打ち破り、古代魔術は自然魔術を圧倒する。
パワーバランス的には、古代魔術が威力に優れる。神聖魔術は術形成の速さに優れ、自然魔術はバランス型。
「表に出てください!」
「はいはい……」
表に出る。
見物人に囲まれる。なるほど、下手にデカい魔術は撃てないか。
「先攻を譲るよ。お好きに」
「後悔しますよ!」
彼女は呪文を唱え始める。
「煌めく風よ、刃となりて――敵を討て!」
高速詠唱はできないか。
集約した輝きが風の刃となり、形を成していく。
「ウィンドカリバー!」
「煌めく風よ刃となりて敵を討て――ウィンドカリバー!」
「えっ!?」
全く同じ詠唱呪文を使い、高速でそれを唱え、形成。それをぶつけた。
相殺された風がローブをなびかせる。刃は霧散し、届かない。
「そ、そんな……!? だ、だって、唱え終わって、形を確認してから――あ、ありえないです!」
「終わりか?」
「ま、まだまだ! 煌めく炎よ、塊となりて――押し寄せよ!」
ぼう、と火球が浮かぶ。
「フレイムストレート!」
「――流転のアクアプロテクション!」
詠唱なしで魔術をねん出する。
蒸気を上げて消える火球。水の盾は残ったまま。先ほどの風の方が強い。
「詠唱破棄……!?」
「……どうする? 終わってもいいぞ」
「……煌めく蒼き輝きよ、その中に閉じ込め、永遠にさせよ!」
――へえ。
炎の上級――氷の魔術か。
正確には、温度調節だが。
挑んでくるだけのことはある。生半可な魔術師よりは強いだろう。
まぁ、この世界に来てから魔術の英才教育を施された俺にぶつけるには、足りないが。
「熱波熱風、豪と燃えて我を守れ――」
「――アイスキューブ!」
「高熱のリトルフィールド!」
絶対零度を高熱で防ぐ。
一瞬で温度を下げて氷結させる術。その一瞬の温度を上げてやれば、相殺は容易い。
「っはぁ……はぁ……!」
さすがに、体力を持っていかれたか。
こんな女の子を攻撃するのは心が痛むけど、それだけだ。
俺の楽な道を阻むなら、彼女は敵だ。
「防げよ? 疾風怒濤、押しのけ我の敵を討て――豪烈のリトルストーム!」
「し、しーるど……うっ、きゃあっ!?」
相当抑えていたが、やはり耐え切れずに少し吹っ飛んだ。
「う、うう……! ま、まだまだ……!」
「……」
立ち上がる女の子に向かい、右手を掲げた。
「見咎めたぞ!」
「んぁ?」
甲冑を着ている女の子が近寄ってきた。
背は低い。顔も若く見えるが、騎士なんだろうか。腰には騎士の正式採用の中剣が鞘に収められていた。
「こんな年端も行かない女の子に何をしているんだ貴様は!」
「あのねえ。弟子にしてくれって頼まれてたんだけど、断ったら、勝負しようって話になったわけさ」
「だ、だからって。こんな女の子に……!」
「お前、頭がお花畑なの? 正騎士なら外国の研修の時にスラムに行かなかった? あそこは子供が平気で人を殺すよ。子供だからと能力がない、というのは間違いだ。女子なら性差でアピールして、油断させて殺すなんてのも日常茶飯過ぎて話題にも上らん」
「……」
「お仕事ご苦労様。俺は帰るけど」
「ま、まだ勝負はついていません! 煌めく風よ、刃となりて――敵を討て!」
「……しつこいな。弟子は取らないんだよ。煌めく風よ刃となりて敵を討て!」
「ウィンドカリバー!」
「ウィンドカリバー!」
少し強めに撃った。
だが、俺の風を、騎士が振るった剣によって消してしまう。
「この太刀筋に鼓動――気力使いか」
面倒な。
「強風のリトルシールド」
風の盾を展開し、風の刃を弾く。
「横入りは野暮じゃないのかい、騎士さん」
「見過ごせん」
……。
気力使いに、この女の子。
ぶっ飛ばすには強い魔力を込めた呪文がいる。
ただ、そんなもんをぶっ放すと街の地形が変わる。
……めんどくさい。
「……あー、もー。いいよ、わかったわかった、降参」
「え!?」
「いいよ。教えれる範囲でよければ教えてやるよ。ただ、金は持って来いよ。無償で教えるなんざ死んでもごめんだ」
「……いいんですか!?」
「ああ。これ以上、そこの女の騎士団長さんを刺激したくないからな」
「む? 団長と言った覚えはないが……」
「その剣筋と気力のデカさで分かるよ。あんた相当な腕だ。まともにやりあったら、俺なんか勝ち目ないし」
「いや。貴様の魔力もすさまじいが……」
「なんだ、分かるのか。あんた騎士のくせに神聖魔術の勉強、真面目にやってたな?」
「当然だろう?」
生真面目そうな女の子だ。そりゃそうだ。
騎士団は一応、座学として神聖魔術の基礎を教わる。主に、治癒の応急処置として習うのだが……。
そこから才覚が目覚めた人間もいるにはいるらしい。
「ま、いいさ。お嬢ちゃん、名前は?」
「キャロルです。キャロル・ライヴィレス」
「俺はアヤトだ。家名はない。貴族でも国家魔術師でもないし」
「あ、そうです。なんで『三日月の柱』の魔術師さんがギルドにも入ってなくて騎士団にも入ってないんですか?」
「だって、上下関係とか、自己鍛錬とか死ぬほどめんどくさいんだもん! 俺、『三日月の柱』で死ぬほど頑張ったから、死なない程度に稼ぎながらだらだら生きていこうと思ってたんだもんよ」
「でも、よかったぁ。こんなに強い人がギルドに加わってくれるだなんて……!」
……ん?
「待て待て。お前を弟子にするのは分かったけど、ギルドに入るのは聞いてない」
「バレましたか」
「意外とちゃっかりしてるな……。いざってなった時は手伝うけど、それ以外は参加しない方向で」
「はい、それでいいです。安心感が違いますから」
「俺なんかに師事してもしゃあないと思うけどなぁ……。ほんじゃ、今日からな。さっそく薬草摘みに行くぞー」
「や、薬草摘み!? そ、そんなの子供のお使いじゃ……!?」
「ほら、早くクエスト受けに行くぞ」
「ま、待ってください~!」
その日。
俺に、弟子ができた。
そして、変わらないと思っていた俺の生活が。
徐々に変化していくことになる。
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