第2話 寒風すさぶフロンティア
ティシュリ島から北東に進むと、ディカルト諸島の中心であるメインステート島がある。面積はティシュリ島の約五倍。南部は険しい山岳地帯になっていて、北部はなだらかな山地と、緩やかに広がる段丘地帯が占めている。連邦首都であるランシェル市は、このメインステート島の北東部にある。
連邦首都にして、連邦加盟国であるローレン共和国の首府でもあるランシェル市は、人口15万人を擁する、ディカルト諸島最大の街である。ザンビア湾という名前の大きな入り江の奥に位置し、ローレン川とザンビア川の中洲に広がる港湾都市であり、連邦最大の造船基地でもある。また、この地方で盛んに栽培されている綿花の集積地で、紡績産業も発達している。そして、少し内陸の段丘地帯ではぶどうの栽培が盛んで、一大ワイン醸造地帯になっている。なかでも“ランシェルの白”と呼ばれる白ワインは世界的にも有名な逸品である。
四日間の航海を終えて、マリアンヌたちは12月2日にランシェルに到着した。交易所にほど近いケンクレア埠頭にインフィニティ号を停泊させ、マリアンヌは上陸して仲間たちとランシェル市内に入った。ここには一日と停泊するつもりはなく、交易所でワインを購入して、積み荷を積載したらすぐに出発するつもりなので、船員たちは船内で待機することになっている。
処女航海以来何度も訪れている交易所に顔を出すと、顔なじみになっていた店主が出迎えた。
「やあ、いらっしゃい。いつも利用してくれてありがとうございます」
福々しい人相に丸い縁のめがねをかけた店主は、笑顔を作って彼女に声をかけた。
「ティシュリ産の魚肉を売るわ。いくらになるかしら」
プトレマイオスが牽いている荷車に、イワシの塩漬けの詰まった樽が一樽積んである。取引交渉に使うサンプルだ。店主は樽の蓋を開け、中からイワシを一尾引っぱり出して吟味した。
「うん。鮮度もいいじゃないですか。生物は傷みやすいから、鮮度を保つのは大切ですよ。一樽23ターバルで買い取りましょう」
「23ターバルか……。もう少し色を付けてよ。おねがい」
彼女はそう言って、潤ませた瞳で店主の目を見つめた。
「うーん、じゃあ、25ターバルですね。これ以上はなにを言われても上げないよ」
「……ま、そんなところね。今、船に50樽積んでいるから、それを全部売るわね」
「ありがとうございます」
ティシュリ港での魚肉の仕入れ値は一樽あたり16ターバル。一樽あたりの利潤は9ターバル程度で、あまり利ざやはない。けれど、少しでも資金を稼ぐためには、ふたつの港を結ぶ一本の航路の間でも、こつこつと商売をしていく必要がある。
「ほかになにかご用件はありますか」
「うん。ワインを100樽仕入れに来たの」
「ありがとうございます。ちょうどワインのいいものが入っていますよ」
店主は両手を揉む手つきをしながら売り込みを始めた。
「ダナン島に持っていって欲しいといわれている荷物なのよね。なにがいいかしら」
彼女がそう言うと、店主は少し白けた顔になった。
「はあ、そうですか。なら、こちらにどうぞ」
店主はマリアンヌたちを、交易所内のワイン倉に案内した。ワインはランシェルの主力特産物なので、交易所の中に専用の低温倉庫があるのだ。
「ダナン島に運ぶ貨物でしたら、よく注文が来るのであらかじめ取り分けてあります。こちらのものを積んでください。お安くしておきますよ」
店主は倉庫の一角に積まれているワイン樽のほうに手を差し伸べて、彼女たちに言った。
「提督、一応味見しておいた方がいいんじゃねえのか」
彼女の後ろでジュリアスが言った。
「そんなこと言って、飲みたいだけなんでしょ」
「お見通しかよ。でも、商売するんだったら商品の品質くらい知っておかなきゃいけねえだろ。オレが味を見てやるよ。これでも、ワインの味にはうるさいんだぜ」
「わたくしが言うのもなんですが、味見の価値はないと思いますよ……」
店主はそう言いながら、おちょこ程度の小さなテイスティング用カップをジュリアスに渡した。彼はまず、一番手近にあった樽からワインを酌み、口に含んだ。
「アルコールと味がバラバラだし、渋みがのどに残るな。……ナイトレインの二級酒かよ。期待して損したぜ」
苦虫をかみつぶした顔で彼は言い、別の樽を開けて、一口含んだ。
「今度のは甘ったるいな。糖蜜の甘さだ。こいつはレッドマーブルか」
マリアンヌも味見をしてみた。
「あんまりおいしくないね。でも、レッドマーブルのほうが少し飲みやすいかも」
「これはワインに果汁や糖蜜を混ぜている酒なんだ。飲みやすいのは確かだが、飲み過ぎて悪酔いを誘うんで、『ナイトメアの果汁』なんてあだ名されてる」
ジュリアスは少しワインに関するうんちくを語った。
「どちらにしろ安酒だな。安酒の代表二銘柄だ」
「ずるいぞ、お嬢とジュリアスばっかり飲みやがって、俺様にも飲ませろ」
そう言うなり、プトレマイオスがレッドマーブルの樽を抱え上げると、樽から直接ぐびぐびと飲み始めた。
「ちょっとプット、それは売り物よ」
マリアンヌが止めるまもなく、彼は樽の半分を飲んでから、ぷふぅーと息をついた。
「なんだか砂糖水を飲んでいるみてえだな。よっと、もう一息飲むか」
彼はまた樽を抱えて飲み始めた。
「あのねえ、ここは酒場じゃないのよ。いつもの調子で無茶飲みしちゃだめ。それと、プットってあまり味にはこだわらないのね」
「こいつの場合はアルコールなら何でもいいんです」
セレウコスがぼそりとつぶやいた。
「もう一種類あるんだな。まあ、あまり期待しないが」
ジュリアスは別の樽を開くと、カップにそそぎ、まず香りをかいでみた。
「……提督、ちょっとこれをかいでみ」
彼に言われてマリアンヌもワインの香りをかいでみた。
「なんかやな予感がする……アッシャー、これ飲んでみて」
彼女はわざとらしく笑顔を作ってアッシャーを呼んだ。
「あのね、ボクはお酒が飲めないんだよ。前にも言ったじゃない」
「ほんのちょっとだけだから大丈夫よ。ほら、飲んでみて」
強引にカップを渡されたアッシャーは、おそるおそるカップの中の紅い液体を口に入れた。
「うっ……。すっぱ! すっぱい! すんごく酸っぱい! なに? みんなこんなのをおいしいと思って飲んでるの?」
「やっぱりな。店主、これ酢だろ」
ジュリアスは店主の方を見て言った。
「酢ではないんですが、ナイトレインの醸造行程でできた型落ち品です。正直、売り物に出すのも恥ずかしい品ですが、ダイヤン行きの貨物では、これにも発注があるもので」
「ずいぶんと貧乏舌なんだな。ダナン島の島民ってのは」
「たぶん、そうじゃなかろう」
悪態をつくジュリアスにカッサンドロスが答えた。
「行ってみないとわからんが、ダナン島の住人は貧しいのじゃろう。貧しいけど、酒は飲みたいのじゃ。だから、ランシェルの高い銘柄の酒より、安い酒のほうが需要があるんじゃよ」
「そういうことなんですよ」
店主はうなずいた。
「ダナン島からはワインの大量注文が定期的に入るので、わたくしも一度現地に行って、あいさつがてら様子を見に行ったのです。上得意様ですから。ですが、島民の方々はなんだか覇気がなくて、ワイン自体も、ただ酔いたいがために飲んでいる様子でしてねえ。今となっては、もうほとんどの島民が酒浸りのアルコール依存症になっているというか……。商人がこんな事を言うのも何ですが、あまり売りたくない相手なんですよ。なんだか良心が痛みましてねえ」
「そうなんだ……ほんとにこの仕事引き受けて良かったのかな。なんだかやる気をなくしちゃったわ」
店主の言葉を聞いて、彼女は肩をすくめた。
「いや、申し訳ない。無駄口を叩いてしまいました。注文を受けた品物は必ず提供するのが商人の使命です。ワイン100樽を用意いたしますので、どうぞ積み込んでください」
店主は平手で額を叩いて、恐縮して言った。
「嬢ちゃんや。一度引き受けた仕事を途中でやめてしまうわけにいかんじゃろう。資金を貯めるためと思って、割り切ってしまったほうがいいぞい。わしらは運ぶだけが仕事なんじゃから、依頼人の事情などはあまり突っ込んで考えることもないわい」
「……そうね」
カッサンドロスに諭されて、彼女は気持ちを切り替えた。
「じゃあ、この中からワインを買うわね。ナイトレインとレッドマーブルは買うけど、あのすっぱいのはいらないわ。アッシャーに味見してもらって良かったわ」
「ひどいや、だまして飲ませたくせに」
酸っぱさに口をすぼめて、アッシャーがすねていた。
「ナイトレインはここに40樽、レッドマーブルは44樽ありますね。ランシェルワインのヌーヴォーが入る時期なので、現在そちらに重点を置いていまして、この二銘柄はそれくらいしか置いていないのですよ。残り16樽はどうされますか」
「安いお酒ばっかりだとなんだかね。“ランシェルの白”を買うわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、すぐ積み込むわね。ケンクレア埠頭に停泊してるから、すぐに用意してちょうだい」
100樽分のワインの仕入れ値は締めて1180ターバル。彼女は代金を支払うと、仲間たちと連れだって交易所から港に戻ろうとした。
「もう船に戻るのかよ、お嬢。もう2,3樽飲んでから行こうぜえ」
プトレマイオスが倉庫の中にどっかりと腰を据えて、レッドマーブルの樽を新しい樽を抱え上げて、ぐびぐび飲んでいた。
「まだ飲んでるの? それは商品なのよ。もういい加減にしなさいよ」
「ちぇ。飲みたりねえぜ。船に戻る前に飲み直すか」
「だめだってば。ワインを積み込んだらすぐ出航よ」
「ったく、つれねえなあ。つまらねえ。んじゃこいつを飲るか」
プトレマイオスは懐からネルソンズブラッドの大瓶を取り出し、ぐびぐび飲み始めた。結局、飲むことしか頭にないようである。
今から30年前の聖皇歴960年、クレイグ・モートン海軍少将の指揮する新大洋探険遠征隊は、メインステート島より東北東1100マイルの洋上に孤島を発見、探索を開始した。未開の無人島なれど、地殻変動の危険性も低く、居住可能な島であるという調査報告を受け、モートン提督はこの島の領有を宣言。提督の出身地であるメインステート島の港町の名にちなんで、ダナン島と名付けられた。
探険遠征隊はダナン島を占領し、拠点となるダイヤン砦を築いた後にそこを離れ、さらに東方、南方に歩を進めた。残された島には連邦政府の派遣したスカウト隊が入り、島の測量や地質調査、気象観測を開始。鉱産資源にめぼしいものはないが、土質は良く、農耕、牧畜に適しているという調査報告書が提出された。970年5月、連邦政府は開拓民の第一陣をダナン島に移住させ、開拓を開始した。このときより、ディカルト連邦が推し進める植民地政策「ネオフロンティア政策」が始まった。その後何年かにわたって、移民船は何隻もダナン島に来航し、973年には開拓民の人数は3000人あまりになった。
その当時のこの島はまさに希望の地だった。
だが、975年に起きた、新大洋の海底地震による大津波によって、拠点の街であったダイヤンは破壊されてしまった。翌年には家畜の伝染病が流行し、牧畜されていた牛の大半が命を落とした。その翌年、そのまた翌年と二年にわたり、記録的な寒波が島を襲って、大雪とブリザードの被害をもたらし、またそれは飢饉につながった。このような災厄の連続に、フロンティア精神にあふれてやってきた開拓民たちの心はすっかり萎えてしまった。島の内陸に展開していた四ヶ所の開拓村は棄てられ、移住者のうち千人以上が島から撤退した。島に残った人々の大半は、島を離れて新たな地へ出ていく財力も持たない人々だった。
モートン提督らの探険によって、ダナン島からさらに南東のほうに新たな地が見つかり、その方面への入植が成功していたこともあり、ダナン島への関心は次第に薄れていき、連邦政府内にも、もはや島に関心を持つものはいないほどになっていた。かつての希望の地は、今や「見捨てられたフロンティア」と化していた。
マリアンヌたちがそんなダナン島にやってきたのは、12月5日のことだった。
ダナン島は、東西8.2マイル、南北8.4マイル、面積683平方マイル(1748.48平方キロ)という大きな島で、四方が海岸段丘と海食崖で囲まれているので、海から陸がせり上がっているように見える。島の北部に山地があるが、全体的には平坦な台地が広がっている。
拠点の港町ダイヤンは、ダナン島の南に位置している。インフィニティ号は5日の午後2時頃、ダイヤンに入港した。
港町とはいえ、その規模はティシュリやランシェルに比べてはるかに小さく、しかも寂れている。砂浜の一部が石積みの岸壁になっているものの、木製の桟橋は古く、一部壊れている。港に付き物のランドマーク(塔など、海の上から確認できる高い建物)もない。砂浜に艀が陸揚げされているが、数えたところ4艘ほど。そして、今入港してきたインフィニティ号以外に、寄港している船はなかった。
桟橋に接舷せず、港湾内に投錨して、ボートを使ってダナン島に上陸したマリアンヌたちは、改めて港を見渡した。
「なんか、本当に寂しいところだね。『見捨てられた』って感じありありだわ」
「ふうむ。聞きしにまさる寂れようじゃのう」
カッサンドロスも難しい顔でうなずいた。
「この街に泊まれるようなホテルはあるのかな」
アッシャーが少し場違いとも言える問いを口にした。ぜいたくが身に付いてる彼にとっては、宿泊施設の質も大問題なのだろうが。
「場合によっちゃ野宿だな。まあ、船で寝りゃいいか」
「えー、いやだな」
「アッシャー、ぜいたく言わないの。世界のあちこちをまわるときに、ティシュリみたいな大きな街ばかりに寄港するとは限らないんだから、安くてちょっとぐらい小汚い宿屋にも慣れておかなきゃ」
マリアンヌの言葉にアッシャーは不承不承うなずいた。
港の入港係の男がやってきた。マリアンヌは入港手続きをして寄港料を支払った。
「ティシュリからランシェル経由で来られたのですか。わざわざこんなへんぴなところまで、ご苦労様です。本当になにもないところですが、ゆっくりしていってください」
馬面の人なつこそうな顔をした男は愛想良く話しかけてきた。
「入港するときに気づかれたと思いますが、ここに訪れる船なんて滅多にないんですよ。月に二回ほど、定期の貨物船が来ますけど、あとはがらんとしてます。これから冬になると、よけいに寂しくなりますよ」
「ワインを届けに来たんだけど、交易所はどこにあるのかしら。あと、積み荷降ろしの人夫さんはいるのかしら」
彼女が訊ねると、男は頭をかいた。
「さっきも言ったとおり、ここには船が滅多に来ないので、人足は常駐していないんです。ここから北に歩いて行けば街に入ります。街に入るとすぐに公共広場がありますから、そこで人足を雇うのがいいと思いますよ。あと、交易所はここから西に少し行った川べりです」
「お嬢ちゃん、自分が人足を雇ってきましょう」
セレウコスが言った。
「うん。じゃあ、ワインを積み降ろして、交易所に運ぶまでしてくれる?」
「承知」
セレウコスは人足を雇うのに必要な金を取ると、北に行く道を通って街に向かった。
「お嬢、俺様も街に行っとくぜえ」
プトレマイオスはそう言うと、足音を踏みならして街に歩いていった。彼が言う「街に行く」とは酒場に行くことを意味する。
「ついでだから街の様子を見てきて、ってプットに言っても無駄だよね」
「それなら、オレが街の様子を偵察に行って来るぜ。酒場で待ってるからよ」
ジュリアスはそう言って街に向かった。マリアンヌは残ったカッサンドロスとアッシャーの二人を連れて、港から交易所に向かうことにした。
ダイヤンの街は、海岸沿いにある港地区と、北に行く坂道を上った、小高い海岸段丘の上にある街の二ヶ所に分かれている。坂道の入り口に石組みの土台が残っているが、これは街の入り口を守っていた砦の残骸である。15年前の大津波が直撃し、砦は破壊されてしまった。そのあと、建て直されていないのだ。
一度海岸沿いのあたりが壊滅してしまったためか、港周辺は建物が少ない。港の管理事務所と交易所のほかは、倉庫のような建物だけが並んでいる。人家はもちろん、港町には付き物の酒場や宿屋もない。どうやら、街の主要な部分は高台にあるらしい。
港の西はずれ、入り江に流れ込む川のほとりに交易所があった。交易所といっても、ティシュリやランシェルのような大きな港町の交易所に比べたら、おもちゃのように小さな建物だ。そして、店舗内には商品と思えるものがほとんどない。
「こんにちは」
マリアンヌたちは交易所内に入って呼びかけた。昼間だというのに薄暗い建物の奥から、交易所の店主が姿をあらわした。しなびたへちまのような顔をした店主は、商人と言うには貧相で、身なりも地味だ。
「いらっしゃい。どんなご用件で?」
「ランシェルからワインを100樽持ってきたわ。今からここに運び込むわね」
「ほう、それはわざわざどうも。しかし、またワインかね……。ここは酒の問屋じゃないんだがね」
店主はあまりありがたくない顔をした。彼女は店主の反応に首を傾げた。
「ここの依頼を受けて持ってきたのよ。何でそんな顔をするの?」
「いやいや、申し訳ない。確かにワインは依頼しましたよ。しかし、ここの交易所に持ってこられるのは、運送を依頼したワインばかりなものでね。正直なところ、もう飽き飽きしていていましてな。これから冬になると、穀物や燃料が不足するのが目に見えていますから、そちらを積んできてもらうとありがたかったですがね」
「そう言われても、あたしは依頼を引き受けただけだもの。ギルドの仕事って基本的に人助けなのに、なんだか気分が冷めちゃうわ」
彼女はつまらなさそうな顔で口をとがらせた。
「それにしても、ここってほんとになんにもないね。売り物がなにもない交易所なんて初めて見たよ」
建物の中を見渡して、アッシャーが遠慮もなしに言った。かたわらでカッサンドロスもうんうんとうなずいた。
「もし政府のネオフロンティア政策がうまくいっておったら、ここには穀物がうずたかく積まれておっただろうにのう」
「仕方ありませんよ。農地として開発される目的で入植してから20年。なのに、未だに商品価値のあるような農産物を生み出すこともできない。これが今の島の現状ですから」
店主はため息混じりに言った。貧相な顔で不景気なことを話されると、ますます不景気な気分になる。
「それじゃ、この島に商船が来ることなんてないわね」
遠路はるばるダナン島に来ても、特産品はおろかまともな交易品もないなら、ここまで来るメリットはない。ギルドの依頼がなければ、自分もここに来ることはなかっただろうなと彼女は思った。
「少しばかりの土地を耕している人たちはいますが、島にはほかに働き口がありませんでね。だからここは本当に不景気ですよ。商売になりませんね。みんな貧しいですから。不景気な上に物不足ですからやりきれません。このままだとうちも商売あがったりですから、店をたたむことも考えてますよ」
交易所の店主の口調はだんだんと愚痴っぽくなってきた。
「だから、連邦政府が言う、島の産業振興策が必要なんだよ。ねえ、連邦内の財界人が島の産業振興に動き出しているって聞いたんだけど、それらしい動きはあるの?」
アッシャーは店主に尋ねたが、店主は首を振った。
「確かに、連邦内のいろいろな商会や銀行の人たちが視察に来られましたが、それからはなしのつぶてです。島の実状があまりにひどいので、投資の価値もないと思ったのではないですかね」
「そうなのかな……まあ、投資家がメリットのないところに投資するわけないからね。でも、ボクのパパが言うには、投資するなら実績のある大きなところより、小さなところにしたほうがいい。そのほうが見返りが大きいんだけどな」
マリアンヌはアッシャーの顔をのぞき込んだ。
「どういうこと?」
「たとえば、100の生産力のある工場に投資して、生産力を1上げたとするでしょ。でも、全体の生産力に比べたら1パーセントの増加でしかないよね。これを、1の生産力がある工場に同じほど投資して、生産力を1上げたらどうなるかな」
「……倍増ってなるわけね」
「そう言うこと。最初に言った大きな工場の生産力を倍増させようと思ったら、その100倍か、それ以上の投資が必要になるけど、小さな工場とか商店とかに投資すると、投資額が多くなくても効果は大きいんだ。ボクのグランパがバニパル=シンジケートを大きくしていくときに取った手法もこれなんだよ。優良と判断した中小の商会や工場を買収して、投資して育てていくことによって、組織を大きくすると同時に利益を拡大していったんだ」
アッシャーの説明を受けて、彼女は投資のメリットをつかんだ。これまで、街に投資することの意味について、その価値がよくわからなかったのである。
「街に投資すれば、それを元手に街の人たちも仕事を増やすことができたりして、特産品を生産したりできるってわけね」
「そういうことじゃよ」
カッサンドロスがうなずいた。
「そのうえ、その街の人々にとっては恩人と言うことになるから、なにかと便利になるのう。交易所と親密になれば、値切り交渉に応じてくれたり、なにかと便宜を図ってもらえるようになる。商人としての名声も上がるわい。そして、酒場に行けばそれこそ『社長さん社長さん』と呼ばれて、きれい所からモテモテじゃわい。ウハウハじゃのう、辛抱たまらんのう」
「最後のはいらないよね。それ喜ぶのじいさんくらいよ」
「ボクは会長の息子で、きれいなお姉さんたちからモテモテだよ」
「どーでもいいよ、そんなの」
髪をかき上げながら気取って自慢するアッシャーに、マリアンヌは冷たく突っ込んだ。
「もしかして、投資していただけるのですか。それでしたら大歓迎ですよ」
店主が貧相な顔に笑顔を浮かべて、彼女に尋ねた。
「物欲しそうな顔であんまりこっちを見ないで。投資してもいいけど、あたしもそんなに資金に余裕はないからなぁ。でも、ここってあまりに活気がないから、ほっとくのもかわいそうだし……」
彼女は迷った。
「提督、投資するほどの余裕はないから、連邦政府の計画には乗らないって言ってなかった?」
アッシャーが訊くと、彼女は思案顔で首をひねった。
「そうだけど、アッシャー、さっき小さな街や商会なんかには、少ない投資額で大きな効果があるって言ったでしょ。何万ターバルも投資することはとても無理だけど、何千ターバルっていうところならできるかなって思ったの」
「でも、そうなると、新しい船を買うための資金がなくなってしまうよ」
「わかってるよ。わかってるけど、ここまで寂しい街をほっておくのもやっぱりかわいそうじゃない。できることがあるのにしないのも、ちょっとね」
交易所のがらんとした空気から島の事情をかいま見て、彼女の義侠心が、弱い人たちを助けたいという思いがうずいてきている。アッシャーの指摘はもっともだったので、マリアンヌの答えはいつになく歯切れが悪かったが、人助けになるなら、一度はしないと言った街への投資も、やってみたいという気持ちに傾いてきている。
「じゃったら、ただ資金をぽんと渡すだけでは賢くないぞよ、嬢ちゃん」
カッサンドロスが口を挟んだ。
「どうして?」
「ただ金を渡しただけでは、資金がどのように使われるかを把握できんじゃろう。下手すると、一部の人間の間でばらまかれて終わりということにもなりかねん。もっとも、それでも経済効果はあるじゃろうが。金額の多少にかかわらず、街のために投資するなら、それが有効に使われるように手を打たんといかんじゃろう」
「なんだか、国家予算の割り振りみたいだね。ばらまきはいけないっていう」
「それはなんに対しても言えることじゃよ、アッシャー。わしだって、もう脈がないと思ったおなごにはそれ以上貢がんわい。懇ろになりそうなおなごには、いくらでもプレゼント攻勢をかけるがの」
「どうして話がそっち方面にずれるのかしら……」
「わかるなぁ、それ。でも、ボクなんかいつでもモテちゃって仕方ないから、女の子たちに贈るプレゼントを考えるだけで大変だよ」
「アッシャー、そこ拾わなくていいから」
ほっておくとぐだぐだいつまでも続くだろうアッシャーの自慢話を断ち切って、マリアンヌは話を元に戻した。
「じいさん。じゃあ、どうすればいいの?」
「街作りにしろ建て直しにしろ、一度に全部のことはできん。なにが一番必要かというのを見極めることからはじめんとのう。まずは街を視察することじゃな」
「そうね。まだ街の様子も見てないもんね」
彼女は納得してうなずいた。
ふと港のほうをうかがうと、セレウコスが人足を集めてきたらしく、積み荷のワインを降ろす作業が始まっている。船から滑車を使ってワイン樽が降ろされ、その下で待機している艀に積まれている。
「投資はまた別の時ね。それより先に輸送の仕事を片づけなきゃ。店主さん、とりあえず、ワインはここまで運び込んでおけばいいのね」
マリアンヌは店主に尋ねた。
「ええ、そうしてください。まいどあり。報酬のほうはティシュリ航海者ギルドに預けてありますので、そこでいただいてください」
投資を得損なって少し残念そうな店主は、もとの貧相な、しなびたへちま顔で答えた。
マリアンヌはアッシャーとカッサンドロスを引き連れて、交易所をあとにした。まず一仕事を終えた彼女だったが、なんだか、仕事を成し遂げた充足感が物足りなかった。
ダイヤンの街の中心は、海岸段丘の上にある。港から高台にあがる坂道を上り、マリアンヌたちは街の中に入った。
坂道を上りきったところに広場があり、そこから未舗装の道路が北と東に延びている。その道路沿いに木造の家が建ち並んでいる。平屋の小さな建物が中心の、一見みすぼらしい家々が立ち並ぶ街並みだ。中には、本当にバラックではないかと思える家もある。
さらに寂しいことに、街の中に人影がほとんどない。12月の冷たい冬の風が吹いていて、みな家に閉じこもっているのだろうか。子供たちの姿もないのがよけいに寂しかった。
「人の気配もないね。不景気だからかしら」
「それもあるかもしれんのう。もっとも、あっちには人が集まっているようじゃよ」
カッサンドロスが東側の道沿いにある一軒を指さした。そこは酒場だった。「繁栄の大地亭」という看板が掛かっているが、風雨に吹きさらされておんぼろになっており、大きく書かれた屋号も判別しにくくなっている。名前負けという言葉がここまでぴったりの店名もそうはない。
「プットとジュリアスがいるはずよね。行ってみようか」
三人は酒場の中に足を踏み入れてみた。酒場の中は人でいっぱいだった。街と違って、一見ここはにぎわっているように見える。
ただし、空気はなんだか沈んでいて、重苦しいものだった。それはマリアンヌの肌にも感じた。と言うのも、笑い声がほとんど聞こえないのだ。
「おう、お嬢。こっちだぜぇ」
プトレマイオスの声がした。いつものわれ鐘声にもどこか覇気がない。声のしたほうを見ると、壁際のテーブルでプトレマイオスとジュリアスの二人が、向かい合ってグラスを傾けていた。
「珍しいね。プットもジュリアスもおとなしいなんて」
「ここは飲むものがなくてな、調子が出ねえんだ。ネルソンズブラッドもねえんだからな」
安いワインをちびりちびり飲りながらジュリアスが答えた。
「街の様子はどうだったの?」
「どうもこうもな。街に入ってわかったと思うが、活気のかけらもありゃしねえ。市場はもちろん、商店も早々と閉店してるし、それ以上に、人が生活している動きもまともに感じねえくらいさ。ゴーストタウンってのはこのことだな」
聞いただけでため息が出そうなジュリアスの報告を聞きながら、マリアンヌは酒場の中を見渡した。
酒場の客は、みんな街の男たちだろう。互いに談笑するふうでもなく、ただひたすらに酒を舐めている。奥のテーブルのほうでは、数人単位で男たちがテーブルを囲み、ダイス賭博やカード賭博を興じているが、それすらいまいち盛り上がっていない。
「こんなくらーい空気の酒場なんて初めてだわ。まったく、お通夜じゃないのよ」
彼女は辛気くさい酒場の雰囲気にうんざりした。この中にずっといると、自分の気持ちもしなびていってしまう気がした。
「プット。船にネルソンズブラッドの予備の樽があったはずだわ。一度船に帰って、ラムの樽と“ランシェルの白”の樽をすぐに持ってきてくれない?」
「おう、わかったぜぇ」
彼女の指示に応えて、プトレマイオスは勇んで港に戻っていった。
彼が酒場にまたやってくるまで時間がある。彼女はカウンターの後ろで頬杖をついている酒場のおやじに声をかけた。
「いらっしゃい。よそからの人だね」
頬杖をついたまま、目だけを上げて彼女を見たおやじが、口ひげをもごもご動かして言った。
「うん。ランシェルからワインを持ってきたの。今、交易所に降ろしているところだから、明日にはここの店にも入荷するはずよね」
「おお、そうかね。そろそろ在庫もなくなりそうなところだったからそれは助かるね。見てくれたらわかると思うが、ほかになにもないところなのに、酒の消費だけは多くてね」
「なら、酒場は商売繁盛ね」
「それはないよ」
おやじは首を振った。
「扱うのは安い酒ばかりだし、それもほとんど利ざやを切りつめた金額で飲ませているからね。あまり代金を上げると客が入らないからさ。それでも、ここの客のほとんどはつけで飲んでいる。いつそのつけを回収できるか、そのめども立たないね。儲かるようで、こんなつまらない仕事もないよ」
酒場は大人の社交場、酒や食べ物と一緒に、享楽と熱狂と浮かれ騒ぎを売るところだ。なのに、その酒場を切り盛りしているおやじが、不景気な話を投げやりに話している。酒場の空気が重苦しいのも無理はない。
居心地の悪さにマリアンヌの我慢も限界にこようとしていたとき、酒場の入り口からプトレマイオスが飛び込んできた。彼女の予想していたよりずいぶん早い。大酒飲みだけに、酒のことになると行動が早くなるのか。
「お嬢、酒を持ってきたぜぇ」
「うん、ありがと。フロアのど真ん中に並べておいて」
プトレマイオスは彼女の指示通りに、ラム酒の大樽とワインの大樽を並べて、床の上に設置した。ついで、握り拳に息を吹きかけ、拳で樽の蓋を割った。
「みんな、なにをそんな腐った鯖みたいな目をしてるのよ。せっかく酒場に集まってるんだし、楽しまなきゃ損だよ。これをみんなごちそうしてあげるわ。さあ、ぱあーっと騒ごうよ!」
とびきり明るい調子と笑顔を作って、彼女は酒場の客に呼びかけた。
客の男たちは、まだ身体が温まりきっていないイグアナのような緩慢な動きで、首だけをのたりと動かして彼女を見た。その目は赤く濁っていて、生気を感じない。つまらないもの、あるいは歓迎しないものを見るような目つきで、じとっと彼女に視線を向けている。
「もう、遠慮しないの。大騒ぎして大笑いすれば、どんないやなことだって忘れられるんだから。さあ、みんなでブワァーッといこうよ!」
場の空気の違いをひしひしと感じながら、それでもあえて陽気に振る舞って、彼女は酒場の雰囲気を盛り上げようとした。
客たちは死んだ魚のような目を彼女に向けていたが、やがて、青草がしおれていくように頭をたれ、うつむいてちびちびと酒を舐めだした。
「なによこれ。ものすごい外しちゃった感じ」
重苦しい雰囲気を打開しようとがんばった彼女なのに、完全に空振ってしまった。彼女はがっくり肩を落とし、身体中の幸せが抜けてしまうような大きなため息をついた。
「しょうがねえぜぇ、お嬢。ここは俺様たちだけで楽しくやろうぜぇ」
プトレマイオスがそう言って笑い、さっそくネルソンズブラッドの樽を抱えて飲み始めた。だけど、マリアンヌには、それがさらに悲しく思えた。
「そこのお嬢ちゃん、わしにそのワインをくれんかね」
カウンターの近くのテーブル席に腰掛けていた、白髪頭で、額が頭頂部あたりまで後退した老人がマリアンヌに声をかけた。その向かいには、茶色の髪を角刈りにした、筋骨隆々とした中年男が座っている。彼女は柄杓を使って、その二人の空になったグラスに白ワインをそそいだ。
「すまないね。盛り上げようとしてくれたのに、このていたらくで」
老人はワインに口を付けながら彼女に言った。同情されると、ますます自分がみじめな立場にいるように思えて、彼女はべそかき顔になった。
「わしはこの街の自治会長のオジジアンという者じゃ。こいつは鍛冶屋のマックスウェル」
老人は自己紹介と、相棒の紹介をした。相棒のマックスウェルは、しゃっくり混じりに彼女に軽くお辞儀した。
「あたしはマリアンヌ・シャルマーニュ。商船隊の提督よ。この島にワインを輸送するために来たんだけど……」
自己紹介を返して、彼女は鼻で強く息をついた。
「なんだか、もうワインなんか持ってこないほうが良かったみたい。みんな飲んだくれているんだもん。これ以上、こんな暗いお酒を飲ませたら、みんなだめになっちゃうわ」
「そう言ってくれるな。ここの奴らは、みんな酒でも飲らなきゃやってられんのだ」
マックスウェルがだいぶんろれつの回らなくなっている舌で、絞り出すように言った。
「ここの島の人たちがどんな大変な目にあったか、話は聞いてるわ。だけど、だからといって、ここまでひどい状態にならなくていいじゃないの。どうしてみんな、ここにだべって飲んだくれているの? 気力もなくなっちゃったの? 元気出そうよ」
「過去の災難も、島民のやる気をなくさせたがの、問題はそればかりじゃないのだよ」
オジジアンが静かに口を開いた。
「開拓法という法律がある。新興の開拓地に移住し、そこで農地を入手、開墾した者は、15年にわたって地租が減免されるのじゃ。裏を返せば、開発を始めて15年以上経った開拓地では、法定通りの税が所有する土地に掛けられる」
彼は一口、ワインを飲んだ。
「ここで開拓した土地が豊かに産出すれば、そして生産力のある広い農地を手にしていれば、農地に掛けられた地租を負担することなどたやすいはずじゃった。だが、相次ぐ天災で開拓の計画は進まず、加えて、年ごとに冷害に見舞われて、麦は不作続き。その状態で地租を掛けられては暮らしのしようもないのだ」
「……」
「地租の負担が最低限になる程度、つまり家族で食べて行くには困らない程度の農地を残して、開拓民の多くは畑を棄ててしまった。もちろん、そんな農地だけで暮らし向きが楽になるはずもない。じゃから、みな捨て鉢になって酒に走ったんじゃ」
「そうだそうだ! おれたちの暮らしがこんなになったのは、全部政府が悪いんだ!」
酔客たちが、ろれつの回らない声でシュプレヒコールをあげた。
「植民地には、連邦政府から総督が派遣されとるはずじゃ。総督は現状を見ておるはずじゃろう。なにも言わんのかね」
自治会長の説明を聞いて、カッサンドロスは眉間にしわを寄せ、訊ねた。
「なんがあの総督がなにかするもんかね。あぎゃんだらず、いないほうがましだわね」
酔客のひとりが吐き出すように言った。
「アブシントス総督はほんになんにもせん人じゃ。この東に総督官邸があるが、あの中に閉じこもって、島民の前にほとんど姿を見せん。この街の正門だった砦の建て直しはともかく、港の修繕も道路の補修も、島の産業振興策も何一つせん。ただ、地租税と人頭税を集めるぐらいはするのう」
「それはひどい話じゃのう。よほどだらけているのか、よほど無能なのか。しかし、そんな総督を、派遣元である連邦政府が見過ごしているのもわからんのう」
カッサンドロスはあきれかえった表情になった。
「税を集めて本国に送っているから、なにも言われんのじゃろう。それに、ここは連邦政府からも見放されている島じゃからの」
オジジアンのせりふはあきらめきったような言葉だった。
「まあ、あの総督のすることでいいことと言ったら、総督自ら金を出して、ワインを大量に仕入れてくれることだな」
酔客のひとりが嘲笑混じりに言った。
「あ、そうなんだ。じゃあ、ティシュリ航海者ギルドにワイン輸送の仕事が来ていたのは、この島の総督が依頼してのことだったのね。でも、何で総督がワインの仕入れをするのかしら。これってふつう、総督のする仕事じゃないよね」
「知れたことよ。酒さえあればオレたち島民は黙っている。島民の不満が爆発しないために、酒が切れないようにしているだけなのさ」
マックスウェルの吐き出したせりふに、マリアンヌは開いた口がふさがらなかった。
「はあ……。これじゃどこの投資家も手を引くはずだわ。島のために投資しようにも、その甲斐なさそうだもん。あたしも考えちゃうな……」
「なんと、街のために投資をしてくれるつもりだったのかね」
オジジアンが目を上げて、彼女に尋ねた。彼女は軽くうなずいたが、もうこの時点で投資する気はほぼ失せていた。
「投資する金があったら、おれたちに分けてくれよ。もう酒代がきれてるんだ」
「んにゃ、おれに分けてくれぃ。もうこんな島抜け出して、内地に帰る」
酔客の間から口々に声があがった。
「あきれるだろ。もうここの奴らにフロンティア精神なんて残っちゃいないんだ」
マックスウェルはマリアンヌにそう言い、大きくてごつい手のひらで顔を覆った。なにをしているのかと彼女がいぶかしそうに彼を見ると、なんとすすり泣いている。筋骨隆々とした中年の鍛冶屋が、顔を覆って泣いているのだ。
「もう俺いやだぁ。こんな暮らし続けていきたくねぇよ……」
「あー、お嬢ちゃん気にするな。こいつは泣き上戸なんだ」
目が点になっている彼女にオジジアンが言った。
「わしは開拓民の第一陣に加わってこの島に入った。そのときはまさに希望に満ちあふれていたよ。しかし、今となっては島に希望はない。ここは冬が厳しい。航路も途絶えがちで、外界から隔絶されておる。この島での暮らしは袋小路じゃ。わしら島民は、未来の見えぬ暗闇に放り込まれているんじゃよ」
「それはおかしいよ。そんなことないよ」
マリアンヌは声を大きくして、島の男たちに語りかけた。
「これまで大変な目に何度も遭ってきて、今の生活も厳しい。でも、それがなんだっていうのよ。みんな、それに耐えて生きてきてるんじゃない。身体ひとつあればなんだってできるって、それがあたしたちディカルト人の根性でしょ。あたしのお父ちゃんもよく言ってたわ。『ひとかけらほどの希望があれば、無限大の可能性になる。それさえあれば、夢は必ず叶う』って。あたしはこの言葉を信じてる。みんな、この島を開拓して、農場を作るっていう夢を持って、ここにやってきたんでしょ? 夢を叶えることをあきらめちゃだめよ。前に歩いて行かなきゃ、道は開けないんだから」
「うるせーんだよ、小娘が」
酔客のひとりが立ち上がって、彼女に怒鳴りつけた。
「この島のことも知らねえくせに、よそ者が偉そうにくっちゃべってんじゃねえよ。あんたにおれたちのなにがわかるってんだ!」
「そうだそうだ! しょせんはガキのきれい事なんだよ!」
客の男たちが口々にやじりだした。マリアンヌは顔を真っ赤にして、島の男たちをにらみ返した。
「なによ、みんな偉そうに泣き言ばかり言って。情けない。みんなみっともないよ。みんなただの負け犬じゃん!」
「なんだと小娘が! おうおう、痛い目に遭わされてえのか!?」
客たちが席から立ち上がろうとしたとき、プトレマイオスが腕をぽきぽき鳴らして、ジュリアスがサーベルをおっとって、マリアンヌと客たちの間に入った。
「てめえら、お嬢に手を出したら、まとめて叩き殺すぜぇ!」
「弱虫を相手にしてもつまらねえが、オレたちの提督をこけにする奴は容赦なくたたっ斬るぞ。首と胴体を離されたいか?」
猛者二人に気圧されて、酔客たちは一瞬たじろいだが、
「なんてことねえや! このまま先の見えねえ暮らしを続けて行くよりは、殴り殺されたり斬り殺されたりしたほうが数倍ましだぜ!」
叫び声をあげて歩き出そうとした。だけど、その一歩目で全員がふらついて、二歩目でみな床にはいつくばった。度を超した酩酊状態で、みな足腰が立たなくなってしまっている。
「ありがとう、プット、ジュリアス。もういいよ。あたし、外に出るわ……」
マリアンヌはそう言い残して、酒場をあとにした。
「待ってよ、提督。ボクも行くよ。お酒飲めないのに酒場にいてもしょうがないし、女の子を一人歩きさせられないからね」
アッシャーも彼女のあとについて外に出た。
時計は午後四時を指していたが、日はもう沈みかけていた。天気は曇りで、どんよりした鉛色の雲が空を覆っている。もう街は薄暗くなっている。この薄暗くなっているのに、街の家々からは明かりらしい光も見えない。
「提督、とりあえず宿を探さなきゃ……。ねえ、聞いてる?」
アッシャーはマリアンヌに言うが、彼女は少しくらい表情をしてうつむいていた。
「本当にこの島に未来はないのかしら……?」
「え? そんなはずないって言ったの提督じゃない」
「……そうだよね。ごめん。あたしまで暗くなっちゃだめだよね」
マリアンヌは元気な声で言い、自分の頭を拳で小突いて、舌を出した。そして、とりあえずアッシャーと連れだって広場のほうに歩いていった。
人影のない広場まで戻ったとき、二人の後ろ、港から街に入ってくる道のほうから、馬の蹄の音が近づいてきた。
「あら?そこにいるのはアッシャー君じゃない?」
不意に、馬上から女性の声がした。二人が振り向くと、中型のまだら馬にまたがった、金髪の長い髪をした女性がこちらを見ていた。女性はかけていたゴーグルを取った。すると、アッシャーは驚いた顔で「あっ」と声を上げた。
「ド、ドリスさん!」
「お久しぶりね、アッシャー君。こんなところで会うなんて思ってもみなかったけど」
ドリスと呼ばれた女性は、ひらりと身を躍らせて馬から下りた。身長はマリアンヌより少し高いくらいで、スレンダーなプロポーションだ。カーキ色をしたレザーのショートコートに青いジーンズ、革の乗馬ブーツというアクティブな出で立ちが決まっている。ドリスは前髪をかき上げて、アッシャーにほほえみかけた。
アッシャーは心底びっくりした様子で、言葉がすぐに出てこなかった。
「かわいい娘を連れているのね。もしかして、駆け落ちでもしたの?」
「違いますよ! 彼女は私設艦隊を率いているマリアンヌ・シャルマーニュ提督で、ボクは今、提督のもとで働いているんです」
「へえ、そうなんだ。バニパル=シンジケートをクビになっちゃったのね」
「そんなんじゃありません……けど、その、似たようなものです……」
アッシャーは普段とはまったく別人の口調になっている。いつものうぬぼれたっぷりの態度は消え失せて、妙にしおらしくなっている。マリアンヌは、彼のその変わり様がおもしろくて、吹き出してしまった。
「ねえ、アッシャー。この人は誰?」
「ああ。ボクの大学の先輩で、ドリス・モグウェイさん。ユニオン大ランシェル校で博物学の博士号を取った、優秀な学者さんだよ。ボクの所属していたスポーツハンティングサークルのリーダーだったんだ」
「よろしくね、かわいい提督さん。二人とも、ここで立ち話もなんだし、わたしの家にこない? アッシャー君とは積もる話もしたいしね」
ドリスの誘いに二人は乗ることにした。この暗くて寂しい街の中をさまようより、顔見知りの家に逗留する方が何倍もいいに決まっている。
彼女の家は、街の北はずれ、白樺の林のそばにあった。見かけは粗末だが、割と頑丈な造りの家で、馬小屋もある。もとは開拓農民の家だったのだと彼女は言った。
「程度のいい物件を見つけれたから良かったわ。馬小屋もあるのがなによりだったわね。ここから冬になると、日中も氷点下なんてことがざらにあるから、造りが頑丈で、熱を逃がさない家じゃないと暮らしていけないわ」
薪ストーブに火を入れながら彼女は言った。火が起こると、彼女はストーブの上に甘藷を置いた。焼き芋を作る気だ。
「ドリスさんが、どうしてここダナン島にいるんですか?」
アッシャーが訊ねると、ドリスは彼の顔をまともに見て、笑みを浮かべた。
「あら、知らなかったの? あなたのパパの会社から派遣されたのよ。バニパル=シンジケートに雇われて、ダナン島の物産調査員をしているの」
「えー、そうだったんですか? 全然知らなかった」
「アッシャー君たちこそ、この島になんのご用だったの?」
「仕事で来たの。ワインを買って島に届ける仕事と、この島に住むスコット・サザーランドって言う人に、荷物を届ける仕事よ」
ドリスの質問にマリアンヌが答えた。
「あら、それはご苦労様。でも、この島の人たちにワインは無用かもね。ここの島の人たちはアルコール漬けになっていて、もう廃人になる寸前よ」
「あたしもそう思ったわ。あーあ、やっぱり引き受けるべきじゃなかったのかしら」
マリアンヌはまた暗い表情になった。
「まあ、仕事じゃ仕方ないわね。世の中、割り切って考えなきゃ渡っていけないわよ」
ドリスは笑ってそう言い、マリアンヌを慰めた。
「ドリスさん、この島の物産調査をしてるのよね? どうなんですか? この島にはなにか特産品になりそうなものがあるのかしら」
もし、特産品になりうるものが島にあるなら、あの沈みきってしまっている島の人々に、希望を差し出すことができるかもしれない。マリアンヌはそんな期待を持ってドリスに訊ねた。
「そうね……。なくはないわ。バニパル=シンジケートの計画通り、新産業を立ち上げることも可能かもしれない……」
「ほんとですか? 島の人々には朗報だわ。なにがあったんですか」
ドリスは首を横に振った。
「まだ可能性があるだけで、調査が終わっていないのよ。だから、それまでは誰にも明かせないのよ。情報がよそに漏れたら大事になるからね」
「それは正解ですよ。提督は口が軽いから」
「あら、それはアッシャー君だって同じじゃない。大学時代評判だったわよ。アッシャー君に聞けば、企業秘密も親の秘密もべらべらしゃべるって」
「そ……そんなことはめったにないですから!」
アッシャーは顔を真っ赤にして否定したが、否定になっていなかった。
「その、ムキになった顔がまたかわいいのよね。まあ、昔の話をほじくり返してもしょうがないわね。ところで、“ブルーオイスター”通いはやめたの?」
「その話は勘弁してくださいよ、ドリスさん」
アッシャーは耳をふさいで大声を出した。
「ブルーオイスター?」
「大学に近い歓楽街にあった、ゲイ専門のパブの名前よ。昔のことだけどね、アッシャー君てばカードで負けちゃって、罰ゲームとして、レザーのショーツ一枚でブルーオイスターに入っていったのよ。そのあとでパブのオーナーが来て、アッシャー君をホストに雇いたいってスカウトに来たのよね。断りきれなくて、何度か通ってたんだっけ」
「うわー! もうやめてくださいよ~!」
「常連客に、アナルのしわの数まで数えられたんだっけ」
「もうやめて~! それ以上ボクの恥部をばらさないで!」
両耳をふさいで、首をぶんぶん振って大騒ぎするアッシャーの姿を見て、ドリスは大笑いした。
「あははは。やっぱりアッシャー君をからかうのって楽しいわ。この島に来て、こんなに笑ったことってなかったけど、今日は久々に楽しい夜になりそう」
「ほんと勘弁してください。おねがいしますドリスさん」
彼は土下座して頼み込んだ。これ以上、自分の恥ずかしい話を明かされては、せっかくの王子様キャラががらがらと崩壊してしまう。
「『おねがいしまぁす、ドリスさぁん』だって。うふふ。まあ、今夜のところはこれで勘弁してあげるわ。楽しみはまだ取っておかなきゃ」
アッシャーの懇願をネタにおどけて見せて、彼にさらに追い討ちをかけてから、ドリスはひとしきり笑って許してあげた。
「にゃはは、いいこと聞いちゃった。これでしばらくアッシャーをやりこめるネタができたね」
マリアンヌがにやにや笑って言うと、アッシャーはひどくいやな顔になった。
「だからいやなんだよな。ドリスさん、昔から苦手なんだよ」
完全にペースを持っていかれてしまい、彼はぐんなりした顔でぼやいた。
「話を元に戻しましょうよ。この島の調査の話をしてたんじゃないですか」
「話を横道にそらすきっかけを作ったのはアッシャー君よ? そうね、調査が終わっていないから報告書も用意してないし、今ははっきりしたことを言えないんだけど、新しい産業を興すことができる可能性があるわ。ただ、問題があるとすれば…あ、お芋が焼けたわね。さあ、食べてちょうだい。これくらいしか用意できなくて悪いんだけど」
「わーい。あたし焼き芋大好き」
ほかほかに焼き上がった焼き芋に、マリアンヌは喜んで、さっそくはふはふ言いながら食べだした。美少女は焼き芋が好き、これはお約束のようなものだ。
「あ、おいしー。このお芋、ドリスさんが作ったの?」
「ううん、違うわ。この街から少し北に向かったところに廃村があるんだけど、今は棄てられている畑に自生していた甘藷を集めてきたのよ。甘藷はやせた土地でも育つ植物だけど、まったく世話されてないのに良く育ってたから驚いたわ。もったいない話よね。ここダナン島の土壌は豊かだというのに、そのほとんどが、耕作もされず放置されているなんて」
自分もあつあつの焼き芋にぱくつきながら、ドリスは言った。
「島の人たち、すっかり冷めちゃってたな。見てて情けなくなっちゃって、さっき酒場で言い合いになっちゃったのよね」
「そう。この島の産業振興に一番問題なのは、島の人たちにやる気が全くないことなのよ」
静かな口調だったが、ドリスはずばり言いきった。
「農業にしろ工業にしろ、産業を興して育成するのに重要に要素はマンパワー。どんな産業も人の手を使って行うことなんだから、働き人の質が問われるわ。知識や技術ももちろんだけど、労働者の勤労意欲の高低が、産業の成果を大きく左右するものよ。今まで見てきたところだと……この島の人々にそれを求めるのは見込み薄ね。物産調査にも非協力的だったし、もう島の未来のことなど心にないって感じだったわ」
「それは感じたけど……、でもドリスさん、もしかしたら、新しい産業を興したら、島の人々の気持ちも変わるんじゃないかしら。『これはいける』って思ったらやる気が出てくるってこともあると思うわ」
これでも提督として、大勢の乗組員を束ねる立場にいるマリアンヌである。船に乗ってくる新入りの水夫の中には、やる気のない人間もいれば非協力的な人間も当然のようにいる。そんな人間も、船の上という社会の中で、苦楽を共にすると、えてして互いに協力し合うようになる。島の人たちにも同じことは言えないだろうか、と彼女は考えた。
ドリスは彼女の顔を見て微笑を見せた。
「言うことが違うわね、提督さん。あなたの言うとおりかもしれない……けど、未知数の要素ね。わたしは社会心理の専門じゃないから何とも言えないけど、島の人々にやる気を起こさせるのは、状況が整うことより、指導者の力量だと思うわ。たとえ、興した産業が軌道に乗ったとしても、指導者がうまく導かなければ人は動かないもの。もしかしたら提督さん、あなたが島の人を指導したら、みんなやる気を出すかもしれないわね」
彼女に面と向かってそう言われて、マリアンヌは顔が赤くなった。
「そ、そんなことないよ」
「あら、そうかしら。あなた、かわいい顔に似合わずなかなか優秀な提督さんと見たわよ。だって、あのわがままなアッシャー君が素直についてきているんですもの」
ドリスはうふふと笑った。
「アッシャー君も大変ね。将来尻に敷かれること間違いないわ」
「あのですね、提督とボクはそう言う関係ないですから」
「ふふっ、ジョークなのにそうやってまたすぐにムキになる。まったくかわいいわね、アッシャー君は」
彼女はアッシャーの頬を指先で軽くつついた。彼女のペースにはまって、完全にもてあそばれてしまっているアッシャーだった。
「話を戻すわね。今の総督のことは知っているかしら。ラエナス・アブシントスという人なんだけど」
「酒場で街の人たちが言ってたわ。あんな総督ならいないほうがましだって。島のために必要なことを何一つしないらしいわね」
「そう。スカウトとしてこの島を探索調査した功績から、出世してダナン島植民地総督に取り立てられた人なんだけど、お世辞にも力量のある人とは言えないわね。この島に入る時に面会したんだけど、いい印象を持たなかったわ。無能という以前に、総督の職務をやろうとする意志を感じないと言うか……。現在の島の状況を、良好だと思うなんて言ったのよ」
「なんだろうな、それって。政治家の言葉とは思えないよ」
話を聞いて、さすがのアッシャーもあきれかえって肩をすくめた。
「そんな総督に指導力を求めるのが間違っているわ。だから、あたしは現時点でこの島にあまり期待をかけられないのよ」
ドリスはそう言ってから、部屋の壁際にある書棚に入れてあったファイルケースを取り出した。学者の部屋らしく、壁を覆い尽くすほどの書棚には、本がぎっしり詰まっている。彼女は取り出したファイルケースの中に、外で書き留めたメモを綴じ込み、それをもとの本棚にしまった。
「もっとも、わたしの仕事は物産調査だし、島の現状についての所見を報告する必要はないわ。それはその専門家が調査するでしょうから。調査期間はあと三ヶ月あるし、それまではつぶさに島を探索するつもりよ。まだわたしの発見していない物産もあるかもしれないしね」
「へえ。ほかのとこから来た調査員の人たちと違って、ドリスさんは結構やる気があるんだ」
マリアンヌがそう言うと、ドリスは少しだけ首を横に振った。
「やる気があると言うより、わたしは一度取り組んだことは徹底的にやらないと気が済まない性分なのよ。それに、結構これが良くてね」
彼女は親指と人差し指で丸を作って見せた。それから、一度立ち上がると、部屋の窓を開けた。
空は雲で覆われていて、星明かりのひとつもなかった。
「風が出てきたわね。明日晴れるといいわね。わたしはまだ会ったことないんだけど、スコット・サザーランドさんはここからずっと北東にあった廃村の跡に入植しているらしいわ。朝出発して正午過ぎくらいに到着することになるんじゃないかしら」
ある程度部屋を換気して、ドリスは窓を閉めた。
「ベッドはないんだけど、二人ともここに泊まっていかない?」
「いいの、ドリスさん? あたしはよろこんで泊まるけど。アッシャーはどうする?」
「ボクもいいよ。だって、外寒いし、もう出たくないよ」
二人が申し出を受け入れると、ドリスはほほえみを見せ、一度、奥の寝室に引っ込んだ。そして、寝袋をひとつ持ってきた。
「アッシャー君には寝袋を貸してあげるから、この部屋で寝てちょうだい。バニパル=シンジケートの製作所が作った、野外活動必携の最新アイテム『歩ける寝袋』よ」
「何でそんな微妙なアイテムを持っているんですか。それに、これ寝袋と言うよりも、腕のない着ぐるみなんですけど……」
歩ける寝袋、つまり、足を入れる部分が二股になっている寝袋。足の裏の部分(接地面)はスエードで補強されているので歩行も可能、という実にくだらないアイテムである。中はダウン100パーセント、外はキャメルの毛皮だ。これで立ち上がると、見たこともないような二足歩行の動物になれる。実にありがたくない。
「おもしろいじゃない。特にアッシャー君が着ると。提督さんはあたしのベッドを使ってちょうだい。大きめのベッドだから二人でも大丈夫よ」
「二人でも大丈夫って、もしかしてドリスさんと一緒に寝るの?」
マリアンヌが訊ねると、ドリスはにこっと笑って、彼女の頬を指先で軽くなでた。
「ずっとここでひとりぼっちだったから、独り寝が寂しいのよね。大丈夫よ、お姉さんがかわいがってあげるから」
「ええっ、それって……ちょっと待って~。あたし遠慮する~」
「怖がらなくていいのよ。優しくしてあげるから」
「そういう問題じゃないよぉ。ちょ……やぁん」
「ドリスさん、提督は一応清く正しくのキャラなんですよ! まずいですって」
アッシャーが見かねて大声を出したが、ドリスは完全無視を決め込んで、優しくマリアンヌの腰を抱いて、寝室に引きずり込んだ。アッシャーは止めに入りに行こうにも、寝袋から腕が出ない。起きあがろうとしたが、毛皮の一部が床板の隙間に挟まれてしまっていて動かない。ただただ足をばたばたさせてもがいているだけだった。
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