第11話 英雄の道

哲人の意識が現実に帰還する


「ああああああああっっっっ! はぁっ はぁっ はぁっ はぁっ」


過酷な運命の認識に対して脳の処理が追い付かず貪るように酸素を求める哲人


「はぁっ はあっ はあ はーあ 」


頭を抱え周囲を見渡しここが先ほどの地獄ではないことを確認する

ゆっくりと息を整える 

ここが大樹界という危険地帯であっても落ち着くのはもはや慣れてしまったからだろうか


-哲人 おい大丈夫か?-


籠手から切羽詰まった声が聞こえる 

いつもなら冷静な青龍が取り乱すのは珍しい


「大丈夫だ・・・これがあの子と・・・あの街の運命なのか?」


フィルの運命は余りにも惨かった 

フィルが大切にしてきたものもすべてが踏みにじられている 

死に際の顔が浮かんだ 

その顔はただ助けを求める一人の少女だ

幼くして呪いを背負周りを頼ることもできず 

それでも懸命に笑ってに生きてきた少女にこの仕打ちか?


-そうだ これが運命だ 残酷な運命を変えられるのは-


「俺だけだ・・・」


-その通りだ-


この時 哲人は無意識にだがこの籠手と目の使い方を理解した

眼前に立ちはだかる黒樹を見据える

この黒樹があるからフィルのもとに行けない


否定嫌だ


フィルのもとに行けないからあんな結末を迎えてしまう


否定嫌だ


あんな顔をさせてしまう


否定嫌だ


眼の前の黒樹を穴が開くほどに見つめ

一度目をつむる

想像する この黒樹がなくなった光景を

否定する この黒樹の存在を

拒絶する 運命を

そして信じろ

俺は運命を変えられると

きっとおれはあの子が笑うためならなんだってできると


「おれは運命を否定する 蒼眼ブルーアイズ


この言葉と同時に籠手を目の前の黒樹に向ける


風が頬を撫でた

冷たいが心地がよい風だった

その風は光ともに一気に吹き込んできた 


-ははははははは 哲人やりやがったな-


せいりゅうのご機嫌な声が響く

まだ目は閉じたままだ なぜだろう明るい 

この大樹界ではほとんど夜同然で光など差しはしないのに


-ゆっくりと目を開けてみな-


ゆっくりと目を開けその光景にその光景を作り出した哲人すらも驚愕してしまった


「これは・・・」


大量の蒼い粒子が見える 蒼眼《ブルーアイズ》を使った証拠だった

太陽が見える 明るい 

道だ 一本の道ができている 

そこは黒くなく残っていたのは茶色の土

これまでそこにあった黒樹はまるでなかったかのように

蒼い粒子が天高く昇る まるで新たなる英雄の門出を祝うかのようだった


-いいぞ まさか一度の使用で15


道ができていた 黒い森の中に光さし込む一本の道が


「急ごうか せいりゅう」


-ああ その眼を使っても転移みたいなまねはできないからな

走れー


この眼もいろんな制限があるんだなと思った瞬間だった


・・・


帝国軍対大樹界前線基地 南壁

大樹界の進行を防ぐため作られたこのこの壁は高さ20メートル

難攻不落を誇る要塞である 

現にこの南壁建設以来これ以降に魔獣の侵入を許していない

また配置されている兵士も一級品の猛者ばかりだ

しかしその兵士たちでも動揺せざる負えない事件が起こっていた

大樹界に突如として道ができたのだ

その道は綺麗な一本道だった

それも瞬きするほどの一瞬で蒼い粒子になったらしい

その粒子は天高く昇って行った

そこにある黒樹はおろか魔獣すらもいない 

大地も黒ではなく土の色をしている

まるで夢のような初めから何もなかったかのような


「なんだ これは・・・」


南壁の高見櫓からこの光景をみてそうつぶやくのは帝国軍南壁防衛軍司令官 

大樹界の最前線を任される

プレストル ド ヴォーバン中将 築城術の化身ともいわれる帝国の老将である


「中将閣下 これはどいうことでありましょうか 新たなる魔獣の出現か

まさか王国の攻撃でしょうか?」


老将は大樹界の出現以来 ここを防衛したきたがこんな事態は初めてだった


「・・・どうだろうな 皆目見当もつかん しかし警戒は怠るな 参謀本部と南方方面軍司令部に事態を報告せよ 場合によっては増援を要請する いけっ」


「はっ」


部下に指示を飛ばしもう少しこの光景を眺めていると

とても速い靴音が聞こえてきた

別の兵士が血相を変えて走ってきた 


「閣下 報告があります」


「なんだね」


「それが・・・大樹界から出てきた少年を発見したとのことです」


「大樹界から?」


「はい なんでもあの道を通ってきたとか」


「・・・なにか言っていたか?」


「ここを通らせてほしいとのことです いかがなされますか 閣下?」


「その少年と話をしてみたい 万が一に備え剣姫殿にその少年を監視するように言っておいてくれ」


「はっ」


あの入ったらもう出てこられないともいわれる場所からでてきた少年

そしてこの信じがたい眼前の光景

老将はこの時なにかが大きく変わるのではないかとふいに予感した

そしてこの老将の予感は当たることとなる


・・・


哲人は焦っていた ここを通ることはできるのだろうか?


「でけぇな」


高さは20mはありそうな壁だ 自分でよじ登ることはできるが

おそらく勝手に昇ったら攻撃される とはいえこのままなにもしないわけにはいかない すでに太陽は一番高いところまで登っている

今日のよる襲撃があるならもたもたしていられない

腹一杯に息を吸い叫ぶ


「ここを通らせて下さいっ」


考えてみれば怪しいにもほどがある

俺はあくまでも異世界人だ この世界の人間でもなければ帝国民ですらない

そのおれがここを通らせてほしいとか・・・

しばらくすると梯子が上から降りてきた


「やった!」


これで手荒な真似はせずとも通してもらえるかも

哲人がその梯子を上り終わると一人の女の人がいた

紅い その人は真っ赤に燃えるような髪の色と目の色をしていた

衣装は白いが紅いマントをしている

腰に剣をもっているとは思えないほどその顔つきはとてもやさしい 

この大樹界の前線という場所には似合わないほどに


「こんにちは わたしはここを守っている者でレティシアっていうんだ 君は?」


あくまでも笑って話しかけてきたとはいえすさまじく警戒されているのがわかる


「黒鉄哲人 この先に用があるここを通りたいんだ」


「哲人君か それはどんな用事かな?」


ここで迷った もしうまくいけばこの人たちを味方にできるかもしれない


「ある町が邪龍信教に襲われる それを防ぎたい」


「その街の名前は?」


「・・・えっと フィルメニア第ニ皇女殿下が住まわれている街だ」


「城塞都市トルガルドか・・・ 君の要求はここを通りたいだけ?」


「ああ」


「・・・いいよ」


「えっ 」


「早く行きな あそこから降りられるから」


レティシアが指さす先には階段があった

意外にもあっさりと通れてどこか拍子抜けだった

とはいえこれはうれしい誤算だった


・・・


「申し訳ありません 中将 私の独断であの少年を通らせてしまいました」


そういって 剣姫は老将に頭を下げる

紅く長い髪が地面につきそうなほどしっかりと下げている


「いえ かの剣姫が・・・ 帝国九軍神ナインマルスがそう判断したのです 異論などありはしません ただ・・・なぜ?」


「まずあの少年は嘘をついていないからです 私の紅眼レッドアイズで確認済みです そして・・・」


「そして・・・?」


剣姫はここで一泊置いた


「友達が・・・フィルが危ないならなんとかしてあげたい」


「なんと あの呪われた第ニ皇女殿下とお知り合いなのですか」


「フィルはとってもいい人です それにあの少年の目が私は好きですから」


「? 蒼い目が好きということですか?」


「いえ なにか懸命になっている目が好きなんです 中将 あとわがままをよろしいですか?」


「何なりと」


「ここの大隊の指揮権を一つ私に譲ってください 万が一にそなえあの少年を監視します」


「わかりました すぐに手配いたします」


老将と剣姫の短い会話だった

老将は剣姫を見て思う まだ子供といわれてもよい年ごろなのにこんな最前線にまできている 龍の魂を継ぐ者を見ている傍観者からしたらきっと良いものだろうが

継いだものからしたらきっといい迷惑なのだろう

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