第2話 異世界にきてからはじめての探し物

時間が止まるというのはこういうことだろうか。路地の入口、ちょうど哲人が中指をたていたところに一人の少女が立っている。


白く美しい少女だった。

首くらいまでの長さの短く青みがかかった銀髪、理知的な瞳が射貫くようにこちらを見据える。

柔らかな面差しには幼さと美しさが同居している。

身長は160㎝ほど、純白を基調とした服装は華美な装飾など一切なく、シンプルであるがゆえにその美しさを際立たせる。

唯一目立つのは紅い耳飾りだけだった。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないのじゃ そこまでなのじゃっ」


その少女が発した声に全身を振るわせる感動が走る。銀鈴のような声音は哲人の鼓膜を心地よくたたき、紡がれる言葉には他者の言葉を震わせる力があった。

哲人は自分の状況も三人組の苦労も忘れてただその少女の存在感に圧倒された。

しかし三人組の反応はそれとは全くもって異なる。


「まっ またかっ てめぇ」


「ふざけるなよっ いつもだったらこの場所にはいないのにっ」


「そうだ 今日は容赦しねぞっ」


まるで親の仇を見るような目で少女を見据えている、敵意もさっき自分に向けられていたものとは明らかに違う。

その敵意を前にしても少女は一歩も引かずむしろ不敵な笑みを浮かべている。


「ははっ いつも通り威勢だけは良いのじゃっ さあっ かかってまいれっ」


己の可憐な美貌にあらがうような剛健な性格

それは哲人にとって不快なもの決してなくむしろ好ましく映った。

少女は右手をかざすとそれにこたえるように拳大の大きさの氷塊が三つ出現した。


「なめるなっ」


「今日こそはっ」


「なんとか勝利をっ」


三人組がとびかかると同時に氷塊が放たれた、速さはメジャー級でコースはバリバリピンボール。

硬球が肉をたたく音が三つ鳴り、男たちが悲鳴を上げ吹っ飛ばされる。

見事に命中し役目を終えた氷塊は大気に食われるように消えていった。

明らかに地球の物理法則では説明がつかない現象だった。


「--魔法」


異世界にきたらしたいことランキングど一位

、一生のうち誰もが憧れる、そして改めて実感するここは異世界なのだ。

あれを自分もできるだろうか?もしできたら……

哲人は期待に胸を膨らませている。


「ち ちくしょうっ これでもくらえっ」


三人組の一人がナイフを投げる。

それは少女の顔にには当たらなかったが耳飾りにクリーンヒットし弾き飛ばした。

当然少女は反撃にでるだろうと哲人は思った今度はどんな魔法がみられるのだろうかとすら考えたが……


「あっ」


短く薄いだが確かにその声は・・・悲鳴だった。

その悲鳴と同時に少女にある特徴が出現した

出現というよりもこれまで隠されていたというべきだろうか。


「尻尾と角?・・・」


頭から小さな角が二本と腰のあたりから延びるやや透けてみえる尻尾。

それをみた三人組の反応は恐怖だった。


「うおっ まじかっ 」


「なんてこった・・・ 」


「おい 逃げるぞっ 早くっ」


さっきまでの威勢はどこへやら恐怖に青ざめた顔で逃げて行った。

その三人組の態度に驚きつつ再度少女に視線を向ける。


「うおっ・・・」


さっきまでの傲慢不遜な態度はなく蹲って若干震えていた。

その姿はある意味不良三人組に絡まれた年相応の少女そのもの。


「・・・でぇ」


少女からわずかに声が聞こえた。

本当に小さくて聞き取れない。

蹲る少女に耳を近づけてようやく聞こえた。


「みなぃ……でぇ……」


これは困った、どうすればいいのか。

少し肌寒いがジャージを脱ぐ。

匂いを嗅ぎ臭くないかを確認し少女にかぶせた。

中腰になり少女を顔を見ようとするが俯いたままで地面を見ていた。

はじめこそ強張っていたがやがて力がぬけこちらをみつめる。

紫紺の瞳と目が合い、少し緊張する。


「さっきの耳飾り 探してみるね ちょっと待っててね」


「・・・ぅん」


本当にさっきまでの威勢はどこにいったのだろうか。

たぶん耳飾りがあれば尻尾と角は隠せるはず、さて異世界にきてから初めての仕事はまさかの探し物、ここは路地裏、相手は石田畳これは苦戦するなぁ……。


・・・


空の頂にいた太陽はもう半分ほど城壁で隠れており薄暮の空となっていた。

哲人は少々焦っていた。


「やべぇな このままだと・・・ 」


見つからないとにかく見つからないのだ。


「紅いし結構簡単に見つかると思ったんだけどな……」


このまま太陽が沈めば探すのはより困難となる。

そうなれば下手すればここで夜を明けることに……

ふと少女を見てみれば、こちらを見ている。


「ぁの・・・」


ぽつりと何かを呟いているのだが小さすぎて何を言っているのかわからない。

近づいて耳を立てようと近づき気付く。


「あっ あっっっっっった!」


「ふえぇ?」


少女の足の後ろの影の中にちょうど紅く煌めく耳かざりを見つけた。

さっそく手に取り少女に手渡す。


「ほら あった! いや~ようやく見つけた 灯台もと暗しとはまさしくこのことだな はやくつけて」


「ぅ うん・・・」


少女が耳飾りをつけると角と尻尾があったのが嘘のように消えてなくなった。

少女自身もまた変わった。


「うむ 感謝するのじゃっ わらわは……

っいたぁっ……」


立とうとするが長時間蹲ってしまった結果、足が固まってしまったのだろう。

もう日も沈むし夜に裏路地は危ない、ちょっと恥ずかしいが……。


「ほら 乗って・・・家まで送るよ」


「え? でも・・・」


「ほら もう危ないから・・・」


おんぶできるように少女に背中を差し出す。

恥ずかしがるだろうし少し急かすようにして

しばらくする暖かい腕が首に回され背中にも暖かい感触を感じた。

思っていたより小さいな……身長が。


「よし じゃあ いくよ・・・えっと君の名前聞いてなかったね 聞いてもいい?」


「わらわの名はフィルメニアというのじゃ フィルという呼んでほしいのじゃ!

お主はなんというのじゃ?」


「ん? 俺は黒鉄哲人っていうものだよ」


「くろがねてつと・・・うむ ならば てつと と呼ぶのじゃっ、助けてくれてありがとうなのじゃっ  哲人っ」


そういっていた少女の…… フィルの顔は今おちゆく幻想的な夕焼けよりも美しかった。

この時哲人は自らの胸の鼓動が早くなるのを実感した。

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