魔女の手記

るら

少年と魔女の物語(仮)1

 僕の生まれた町は、僕が生まれる何年も前から争いが続いていた。町の西側と東側の人たちの争いだ。

 争いと言っても、銃や大砲なんて物騒なものは使われていない。精々ナイフとか放火くらいだ。

 僕は、そんな町が正常だと思って生きてきた。だから、親に連れられて他の町へ行ったときは驚いたし、その町が普通じゃないと思った。その町は、東に住む人も西に住む人も仲が良くて、子供ながらに羨ましかったのを覚えている。今もまだ子供だけど。


 そんな戦乱の町に生まれた僕のこれまでの人生が、激動の人生だったかと問われればそんなことはない。

 道端で襲われたことなんてないし、家に放火された事もない。姉のドジ加減の所為でボヤがでたことならあるが。

 僕の家はなぜか狙われない。僕自身、特に強そうな風貌をしているとかではない。むしろ、弱く見られることの方が多い。

 だから、今もこうして妹にお使いを頼まれて、商店街まで歩かされているのだ。


 最近、町の中央に壁ができて、争いが少し治まった。だから、こうして怯えなくても外に出られるようになったのだ。


 この町の北側には広い森がある。でも、森には誰も入ろうとしない。

 なぜなら、森には魔女が住んでいるから。ただの魔女じゃない。僕も見たことないから分からないけど、その魔女は可愛い少女の姿をしているらしい。でも、齢は百を超えていて、嘘しか言わないんだそうだ。それで、森に迷い込んだ子供たちを捕まえて食べているとかいないとか……。

 学校でも、誰が森に入ったとかで英雄扱いされている。僕は全部嘘なんじゃないかと思っているけど。僕の知る限り、森に入れるほど度胸のある人はいないからね。


 僕は思うんだ。そんなに怖がられているのに、どうして魔女は森に居続けるのだろうかと。


「おじさん、そのビスケット一つ」

「はいよ」

「あ、あとその飴も一つ」

 妹に頼まれていたビスケットを買って、ついでに僕の分の飴を買って、家に帰る途中だった。

 この町の道を彩る赤いレンガが、夕日に照らされて更に赤くなる。


「おい、お前も今日の肝試し一緒に行くんだっけ?」

 知ってる人の声がした。同じクラスの名前も知らない誰かだ。

「え?」

 話の内容がイマイチつかめなくて、僕はその人の言葉を聞き返す。

「だから、肝試し! 今日の朝、行こうって話しただろ?」

 そんな話あったかもしれない。うん、確かにあった。彼を中心とする男子たちが朝、確かに話していた。

「どこに行くの?」

 行く気はないけれど、聞いてみる。

「それも朝話したじゃんよ。森だよ、森。皆で言ったら怖くない、だろ?」

「あ、そうなんだ。じゃ、頑張って」

「お前も行くんだよ!」

「ふぇ?」

 急な彼の言葉に驚いて、口から間の抜けた声が出てしまったのはしょうがないと思う。

「ほら、行くぞ!」

 腕を掴まれた僕は、ズルズルと引っ張られていった。

 ああ、妹にビスケットあげないといけないのに。怒られる……。


「あれ? お前も来たんだ?」

 待ち合わせ場所に連れていかれて、最初に投げかけられた言葉。

 嘲笑の混じったような、言われて気持ちよくはならない言葉。

「う、うん……」

 必然と声が小さくなる。

「ま、まぁ大勢の方が楽しいだろ?」

 僕を連れてきた奴がわざとらしく大声を出す。

 楽しい? 僕がいた方が? 場の空気を壊しまくっているのに? そんな見え透いた嘘はもうたくさんだよ。早くここから去ってしまいたい。

 でも、僕がそんなことを言って更に場空気が悪くなってしまったら、と考えると到底口にはできないのだ。


 夕暮れに染まった森は、酷く不気味に思えた。

 パレットの上に自己主張の激しい色ばっかのせて無理矢理混ぜたみたいな、そんな色をしている。

「だ、誰から入る?」

 さっきから場を仕切っている人が声を出した。

「お、お前から行けよ!」

 誰かが、僕を指さして言った。

「え……」

「そうだよ、お前こういうの得意だっただろ?」

「よくホラー系の小説読んでいるしな」

「この森にも詳しいもんな」

 そんな話、一度もしたことがない。そんな事実は存在しない。なのに、なぜこの人たちはそれが存在するかのように嬉々とした表情で話すのだろう。

「ほら、早く行けよ」

 誰かが、僕の背中を押した。僕の足先が森の中に入った。


 その瞬間、僕は感じたことのない恐怖を感じた。背後から誰かに睨まれているような、その誰かが僕の肩に手を置いたような、その手が物凄く冷たかったような、そんな感覚だ。

 反射的に体が後ずさっていた。

「この森にはいっちゃいけない」と何かが告げていた。


 急に後ずさった僕に、棘のある視線が突き刺さる。

「何で行かねぇんだよ。文句あんのか?」

 文句なんてあるに決まっている。そう思ったけど、口はうまく動かなかった。

「せっかく行かせてやってんのに」

「目立つチャンスをあげたのに」

「人の好意を無駄にするとか、ゴミかよ」

 一気に僕を攻める言葉が押し寄せてくる。

 僕は、何か悪いことをした? 君たちにの思う通りにならなきゃいけないなんて、誰が決めたんだ。

「もうこんなヤツ、置いていこうぜ」

 暖かい視線なんて一つもない。

 彼らは僕にもう目もくれずに、森に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る