第15話 呪われた血
スケッチブックから吹き出していた激しい黒い旋風は次第に落ち着きを見せる。そしてその黒い影たちは、僕の体を中心にして、ゆっくりと各々の形作られていく。
「魔女は悪、自分たちは正しい? 同じことをしているのに、自分たちだけは正しい? おかしいじゃないですか。同じことをしているんですよ、あなたたちが忌み嫌っていたものと同じことを」
黒い影たちは次々に動物や、空想の生き物、モンスター、太っちょのドラゴンややせ細った悪魔へと姿を変えていく。
「な、なんだ、これは……」
ディーンはその見知れぬ物体にたじろぎ、後退る。
「この子達は人を傷つけるために生まれたものじゃない、手を出さないで。手を出さなければ、噛みつくことも、その体を食いちぎることもしない!」
さすがに静かだった周りの大人たちも動揺し始め、お互いに顔を見合わせている。
「リサさん、道を開けてその二人を通して!」
リサは歯をガタガタ言わせながら、トリスタンを抱えたロビーを通す。
「コーギィ! お前も来るんだ!」
ロビーのその声に僕は頷いて、改めてマリーさんを見る。
「マリーさん……」
オークの形をした黒い影がマリーさんの手に打ち付けられた釘を抜き取る。その間に描いた包帯で彼女の手をグルグルに巻き上げた。そして力なく、ぐったりとしているマリーさんを僕が支える。かろうじてなんとか意識はあるようで、支えてあげれば立てるようであった。
「コーギィ、お前、いつのまに力を……」
ディーンはそう言いながら棒を握り直している。忠告しているにも関わらず、いつ飛び込んでくるかわからない状態だ。
「これは、僕の力じゃない。マリーさんに貰ったこの筆の力……。僕には力は使えない」
それを聞いたディーンは歯を食いしばるように激高する。
「いいや、それはお前が使っている力だろう!」
「……通してください」
僕とマリーさん、そして周りにいる黒い影がディーンに向き合う。
「許さんぞ! 我が家系に泥を塗ったお前の父親も、その息子もだ!」
ディーンが棒を振りかざして、僕のほうへ向かってくる。
それに対して、やせ細った悪魔がディーンの前に飛び出し、「ひぇっ」と怯んだところを太っちょドラゴンが体当たりした。
「……、ありがとう」
「逃がすな! 逃がすな!」
弾き飛ばされたディーンがそう声を上げるも、リサも他の大人たちもたじろぐばかりで、僕に近付こうとさえしない。
「我々は、仮面会だぞ! 魔女に粛清を与えよ!」
喉をガラガラにしながらディーンはフラフラと立ち上がった。
「もう、止めてください!」
僕の制止の声と同時に黒い影たちは再びディーンを威嚇する。
「お、おのれぇぇぇぇ……!」
どうやらディーンも諦めたのか、鼻息を荒くしながら、僕を見ているだけであった。
「マリーさん行きましょう」
ふらついているマリーさんを支え、出口に向かおうとした瞬間、正面からナイフが飛んでくる。黒い影たちは回りの大人たちを威嚇していた為、正面はなにも壁がない状態であった。
そしてそのナイフはマリーさんの下腹部に突き刺さった。
「…………ッ」
「許さない! 許さない許さない!」
正面にいたリサがそう泡を吹きながらヒステリックに声を上げていた。顔は既に人の顔をしておらず、何を見て、何を話して、何をしているのか自分でも理解が出来ていない様子だった。
「……、マリー……さん?」
「コー……、ギィ……」
彼女は僕の体から離れ、そのまま床へ倒れていった。
「あ、あぁ……」
今、何が起きているのだろう。
目の前にはお腹にナイフが刺さったマリーさんがいる。周りには仮面を被ったディーンや大人たち。向かおうとしていた先には顔を真っ赤にしたリサの姿。
何が起きているのだろう。
「そんな……」
早く家に帰ろう。そして明日の朝にはまたいつも通り、マリーさんを起こして、朝食を作って、部屋の掃除をしなきゃ。
「なんでこんなことばかり……」
お昼にはミリアと絵を描きに噴水に行って、夕方にはマリーさんと一緒に家に帰って晩御飯の準備もしなくちゃ。
「こんなことばかりで……、一体、なんのために……、生きていけば……」
そしてマリーさんと穏やかで温かい日々がこれからもずっと、ずっと続くんだ。
「ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
自分の中で抑えられない。とても嫌な感覚がある。息を吐けばその黒いものが外に出てきそうでもあった。左目の奥が熱い、全身の脈を打っている音が頭の中に響いているみたいだ。
「この子、片目が……!」
「よくも……、よくもっ!」
強い憎悪、悪意、恨みを込めてそう叫ぶと、リサは突風に吹き飛ばされたかのように背面の壁に背中を打ち付け、その場に崩れ落ちた。
「許さないぞ……。お前たち!」
周りの大人たちそれぞれを睨みつけ、最後にその視線でディーンを捕らえる。
「あ……、あうぅ……。の、呪われた血め……!」
僕の姿を見て、腰を抜かしてそのままずりずりとお尻を引きずりながら後退る。
「お前にも……、マリーさんと同じ痛みを……苦しみを……!」
リサを吹き飛ばしたように強く念じる。
「うわあああああ!」
「味合わせてやるッ!」
「……コーギィ!」
聞き覚えのある声にふと我に返る。
「……やめろ!」
歪んだ顔をしたマリーさんが僕を見ていた。
「今……、お前が、やろうとしていることは……、同じことだ……。お前が言っていた……」
「マリーさん!」
彼女に駆け寄り、ゆっくりと体を起こす。
「この痛みのおかげで……、少しはハッキリ、してきたよ……」
マリーさんは弱弱しく笑い、自分に刺さっているナイフを見る。
「深くは、刺さっていないな……」
そう言って、改めて僕の方を見る。
「その目……、どうか、綺麗なコーギィの瞳に……」
「全員動くな!」
今度は地下の扉の方から大声が上がり、別の大人たちが入ってくる。自警団お決まりのキャップを被ったロビーもその中にいた。
「貴様らの言い分はあとで我ら自警団の事務所で聞かせてもらう。黙って従い、我らに順ぜよ」
リーダーがそう叫び、抵抗する仮面の大人たちを次々と縄で縛って、外へと連れ出していった。
「大丈夫か、コーギィ」
マリーさんを支えらながら地下から出ようとすると、腕の周りが血まみれのロビーが近寄ってきた。
「って、お前、その片目」
「……?」
「まぁいいや、マリーさんを緊急医務へ」
「大丈夫だ、ここでやらせてもらおう」
リビングに出たところで、ケヴィンスが心配そうな顔でそう僕とロビーに告げる。
「既に緊急医療班を呼んでいる。人の家で申し訳ないが、あのソファに寝かせてくれるかね」
「ケヴィンス……」
マリーさんが弱弱しく声を上げる。
「マリー、この二人に後で礼を言っておくことだ。彼らが私のところに来なければこれほどすぐに処置は出来なかったからな」
そしてケヴィンスの指示に従い、弱りきっているマリーさんをソファに横にして、そのまま応急処置が始まった。
「ロビー、トリスタンは?」
僕の問いにロビーは、あいつも大丈夫だ、と言って僕の肩に手を乗せる。
「地下にいた仮面会の連中も全員捕まえたよ」
「……そっか、よかった」
本心でそう言ったのか、会話の流れとしてそう言わざるを得なかったのか、僕にはまだ自分でもわからずにいた。
「ただ、その中にミリアのお母さんも……」
「ミリアの?」
想像もしていなかったので、思わずロビーの顔を見る。
「まだ詳しくは聞けていない。ただ、娘の病気が魔女の力のせいだって、そう吹き込まれたんだとさ……。おっと、これまだ誰にも言っちゃダメだからな」
「……」
そこからしばらく無言になる。
目の前には止血や治療作業を進めるケヴィンスさんたち。マリーさんも随分と落ち着いた様子で麻酔が聞いているのか眠っているようであった。トリスタンも家の外で、お腹に包帯を巻かれていた。ディーンやリサや仮面会はもう連行された後だ。
「コーギィ、大丈夫かい?」
ロビーが改めて、僕に尋ねる。
「……はい」
何かを押さえつけるようにそう答えた。それを聞いてロビーが膝をつき、僕と視線を合わせる。
「今は大丈夫、かもしれないけど。もし耐えられなくなったいつでも俺を頼ってくれ。マリーさんみたいに強くはないかもしれないけど、俺は、もちろんトリスタンや、レイリィ、ほかのこの街の人たちも、いつでもコーギィの味方であり、仲間であり、友達だからな」
ロビーは目を潤ませながら、無理やり作った笑顔でそう答えた。
「……ありがとう」
「いいんだ、コーギィ。今以上に君ほどつらい思いをしている人はここにはいない。今だけは、甘えていいんだぞ」
彼の言葉に負けて、押さえ込んでいたものは決壊し、僕の瞳からは涙がこぼれ落ち始め、ロビーはそんな僕を強く、強く抱きしめてくれた。
「……本当に誰も幸せにならない事件だ」
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