第14話 知った顔、知らない顔
トリスタンのメモに書いてあった住所にたどり着き、ロビーがその家の扉をノックした。
「……ここは」
その扉に掛かっている札には、自分と同じファミリーネームであるコークバーンズと記されており、当然のようにその扉から出てきたのは、見たことのある顔、伯母のリサであった。
「お、伯母さん」
僕のその一言にトリスタンとロビーが顔を見合わせる。
「おや、コーギィちゃんじゃないか。ディーンから話は聞いていたけど、ずいぶんと大きくなったねぇ」
彼女はいかにもそれらしいように会話をするも、トリスタンに気付いたのようで少し顔が強張った。
「……なにしに来たんだい」
それは、トリスタンとロビーに向けて放った言葉だ。一瞬にして目つきが変わったのがわかる。
「夫人、それはこちらのセリフですよ」
ロビーが一歩前に出る。
「いろいろとトリスタンから話は伺っています。ここ最近、マリーという女性に対して嫌がらせのような荷物を送りつけていたのは」
「……知らないね」
「おっと、しらばっくれても無駄だぜ。俺は自宅の住所忘れるほどボケちゃいないからな。箱を持ってきたのは間違いなくあんただ」
トリスタンも一歩前に出る。
「おばさん、僕からも聞きたいんだけど、ここにマリーさんが来ているはずなんだけど」
伯母さんはギクシャクした笑顔で口をモゴモゴとさせる。
「あの子はもう帰ったよ。それにね、荷物についてだって、最近旦那が色目を使う女がいるっていう話を聞いたからちょっと嫌がらせしただけだよ」
唐突にロビーの口にベラベラとしゃべり始めたが、後半については嘘だということを僕も、ロビーやトリスタンも承知の上だった。
「伯父さんとマリーさんが会ったのは昨日のことだ。それに荷物が届いたのはもう三日前。リサおばさん、マリーさんはどこにいるの?」
だんだんと顔をプルプルと震わせ始めた叔母さんにさらにロビーとトリスタンが詰め寄る。
「すみませんが、おうちの中を見させてもらってもいいでしょうか?」
ロビーが自警団バッチを彼女に突き付ける。
「ふざけないで! 自警団風情がなんの権限を持ってそんなことを言っているの?」
急にヒステリーを起こしたように叫び始める。
「もう帰ったわよ、あんな女! あんたたちもさっさと帰りなさいよ!」
まるで先ほどこの扉を開けた時とは、別人の顔付きであった。
「残念ながら、あなたはもう容疑者なんです。すみませんが入らせてもらいますよ」
ロビーが力強くそう言って、家に入ろうとするも伯母さんは必死でそれを止めようとする。
「ちょ……ちょっと!」
「ふざけないで! ふざけないで!」
埒が明かないので、僕はそのドアと伯母さんの隙間から家の中に押し入った。
「こ、こら!」
伯母さんがロビーたちから離れ、僕を捕まえようとする。
「おっと」
背中を向けた瞬間にトリスタンが伯母さんの襟首をつかみ、彼女は身動きが取れない状態となった。
「離しなさいよ! 離しなさいよ!」
怒ると同じことを繰り返す癖があることを今知ったが、それは置いておいて僕は、伯父さんとマリーさんの姿を探す。
「マリーさん!」
マリーさんについてはともかく、こんな時間にも伯父さんが家にいないのは不自然のような気もした。
「どこにもいない……」
家中の部屋を探したが、伯父さんとマリーさんの姿は見つからなかった。先ほどあれだけ拒絶反応をしていた伯母さんが大きく息を吐いた。
「ほうら、言ったじゃない! 覚えておきなさいよ、明日事務所に乗り込んでやるからね!」
伯母さんはここぞとばかりに高圧的にそう言い放った。
「いないのか……」
トリスタンが僕とロビーに尋ねるが、僕たちは首を横に振った。
「くそ、どういうこった」
「どういうこった、ですって? だから私は最初からいないって言っているのよ!」
か細い伯母さんでもいい加減トリスタンが押さえておくには限界であった。
「ここに……いないなんて」
ただ、彼女のあの焦りようを見ると、ここにいることは間違いなさそうだった。それでも見つからない。僕たちではマリーさんを見つけることが出来ない。
「僕たちでは……」
そこでハッとする。
「ロビー、ちょっと待ってて」
そう言って、僕はスケッチブックを広げる。そこにさらさらと筆をひたすら走らせた。
「コ、コーギィちゃん、一体なにを……」
伯母さんがそんなことを言っていたが、僕の耳はその声を素通りさせる。
「出来た!」
そう言って、僕はスケッチブックから今描き上げた犬の絵を現実へ取り出した。
「ひ、ひいいいいいい!」
さっきまで怒鳴り声をあげていた伯母さんは急に金切声のような悲鳴を上げる。
「こ、コーギィ、これは?」
ロビーやトリスタンも悲鳴を上げるほどではないが、驚いた様子でその真っ黒い犬を見ている。
「これはこの筆の力。描いたものが取り出せるんです」
そして僕はその犬の頭を少し撫でて、命令をする。
「マリーさんがこの辺りのどこかにいるはずなんだ、探せるかい」
犬はすんすんと鼻を鳴らす動きをする。そして顔を地面に落とし、床の匂いを嗅ぎ始めた。
「すげぇなぁ」
トリスタンはまだ驚いている様子でそうつぶやいた。
「なんで……、コーギィちゃんが……、まさか……」
伯母さんはたどたどしい言葉を繋げながらもはや無気力状態となっていた。
黒い犬はリビングから出て、そこからバスルームに向かう途中にある廊下のカーペットの上で止まった。
「この下かい?」
僕が黒い犬に尋ねると声はしないものの、吠えるように口をパクパクさせている。
「どれどれ……」
ロビーがカーペットをめくると、床下に続く扉が姿を現した。
「でかしたな」
トリスタンが黒い犬と僕の頭を撫でて、その重い扉を開いた。
「間違いなさそうだな」
「行きましょう!」
僕は我慢できずに先導でその扉の下にあった階段に足を踏み入れる。
「あぁ……、そんな、そんな……。こんなことって……」
伯母さんは絶望するような声を上げて、そのままに床に伏せていた。
「奥は暗そうですね……」
ロビーとトリスタンにそう告げると、ロビーは懐中電灯を取り出した。伯母さんを放っておくことにして、その光を頼りに階段を下りる。するとその先にはまた次の扉が目の前に現れる。貯蔵庫のようにも思える地下室であった。
「この中に……」
「コーギィ、ここから先は俺たちに任せて。すこし下がるんだ」
僕が扉を開けようと手を伸ばしたところで、ロビーはそう言って僕の腕をつかんだ。
「僕のことは大丈夫です。行きましょう」
「ずいぶんとまぁ、立派な男ってやつで」
トリスタンが小声で小さく笑った。
「じゃあ、行くぞ。せーので一気に開けるんだ」
「せーの!」
地下室の扉を僕とロビーで勢いよくドンッと開ける。
その部屋の中は真っ暗であった。広さもそこに何があるのかもわからない。ロビーが懐中電灯をつけると、その照らされた先に、十字架に磔にされているマリーさんが映し出された。
「マリーさん!」
それが目に入った瞬間に僕はマリーさんに向かって走り出していた。
「コーギィ、待て!」
ロビーはそう叫ぶも、僕の体は止まらなかった。
「そんな、こんなことって……」
マリーさんに意識はないようで、手には釘が打ちつけられて磔にされている状態だった。抜こうにもどうしていいかわからず、マリーさんの顔を見る。光に照らされているマリーさんの顔はとても白くて、僕の呼吸が一瞬にして荒くなる。
「うぐぁ!」
僕の背後、地下室の入り口の方でうなり声が聞こえた。振り返ると、僕を照らしていた懐中電灯は向き先を変え、ナイフを持った伯母さんが映し出されていた。
そして、うなり声の張本人はトリスタンであった。
「ロビー……、気を付けろ。刺されるぞ!」
トリスタンの声が聞こえる。真っ暗な床に倒れたせいでどこにいるのか見えなかった。
「伯母さん、やめて!」
「殺してやる、殺してやる殺してやる!」
僕はそう叫ぶも、彼女はもう正常な状態ではないことはわかった。何度刺したかわからないが、エプロンには返り血が付き、彼女の目つきも異常なものにしか見えない。そこにはもはや伯母さんの見る影もなく、逃げ道を失ってどうしようもなくなった狂人のような、リサという名の殺人鬼がそこにいるだけであった。
「おい! リサ、やめないか。ん、彼は人間だぞ!」
どこからともなく聞こえるその声と同時に回りにランプが灯り始める。
「想定外だ、実に。想定外」
仮面を付けていても分かるその独特な咳払いと揺れる口ひげ。
「伯父……さ……ん、あなたがマリーさんをこんな目に……」
「そうだ」
彼もまた、僕の知っている伯父さんではなかった。
ちらりとロビーを見ると、きょろきょろしながらトリスタンの体を止血のためか必死に押し付けている。
「コーギィ、トリスタンが! このままだとトリスタンが!」
視線だけで回りを見るも、僕は今、8人ほどいる仮面の人間に完全に包囲されてしまっている。そして、この地下室から逃げようにも、その入口にはナイフを持ったリサが立っていた。
「なんで、なんでこんなこと!」
「私たちは仮面会」
その問いに答えるように周りの大人の一人が声を上げた。
「魔女を恨み」
「魔女を憎み」
「魔女を粛清する」
ランプを揺らしながらもあまり動く気配がない彼らを見て、その異常さに恐怖しながら、僕は口を開いた。
「仮面会はそもそも……」
「そう、そもそもは魔女の集団だ。人間を殺し、それを生贄にする悍ましい集団。我々はそれらに大事なものを奪われ、それに歯向かう者たちだ」
「……うぅ」
マリーさんから声が漏れてくる。
「マリーさん!」
薄く目を開けて、僕がいることを確認し、声にならない声で何かを伝えている。
「コーギィ、魔女とはね、悪魔と同じなのだよ。ん、贄となれば魂さえいらない、そんな恐ろしい集団なのだ」
「……」
僕はディーンを睨みつける。
「な……に…………、くな……」
対峙している後ろからマリーさんがうなる声が聞こえてくる。
「コーギィ。君にはいろいろと順序を追って伝えていこうと思っていたのだがね、ん」
ディーンは一歩ずつ、ゆっくりと僕に近づいてくる。
「……に、……げろ」
「我々の素性を知ってしまったからには、もうここから出すことは出来ないのだよ」
まるで赤子を叱るようにディーンは微笑みを含めてそう優しく言った。
「残念だけどね。ん、君も愚かな両親のところに連れて行ってあげよう」
愚かな……、両親?
「どういうこと?」
「……ふふふ」
もうバレちゃしょうがないと言わんばかりの笑いに一つの答えが見えてくる。
「……まさか」
「……そう。君の家に火をつけたのはね、私なのだ。君のお父さんが、魔女なんかと結婚するからああいうことになってしまった。そう、すべては魔女が悪いんだよ」
ディーンは両手に金属の棒を握り締めている。
「………………」
頭が真っ白だった。ここに来たときに感じていた頭の中の痺れ。そしてマリーさんの姿、刺されて血まみれになっているトリスタンに、必死に救護しながら泣いているロビー。そして、目の前には仮面を被り、僕の家に火をつけたと話す伯父だったものの姿。
「意味が、分からない……」
「そう、だからここでいい子にするのだよ、ん」
両親がいなくなって、誰も信じられないような孤独の中、手を差し伸べてくれた。
見ず知らずの僕に温かさを分け与えてくれた。
僕が死ぬかもしれなかった時に全力で守ってくれた。
そしてなによりも、生き残ってしまった僕に生きることの意味を教えてくれた。
そんな大事な人を。
マリーさんを……。
やっと、再び手に入れることが出来た僕の平穏を……。
……また、僕から奪うのか。
ふわりとスケッチブックが開く。そこから黒い旋風が巻き起こり、辺りはその黒い風で視界を奪われる。
「あなた! その子、力を使うわよ!」
激しい風音の中、リサが金切り声を上げる。
「……バカな。コーギィ、止めるんだ!」
ディーンが何かを叫んでいる。
「……もう、奪わせはしない!」
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