第13話 儀式のはじまり
少しずつ、ぼんやりとしていた視界がゆっくりと見えてくるようになる。
今自分がどこにいるのか、最後の記憶が何をしていたことなのかがいまいち思い出せないでいる。わかるのは、今、腕と体にロープで縛られ、身体が動かせない状態であること。そして、何か言葉を発しようとしても単語が口から出てこない状態だということだ。
自分の周りにはランプを持った人の形をした者が数名ほど立っている。それぞれが、私が目を覚ましたことに対しての驚きや確認についてボソボソと話しているのはなんとか聞き取ることが出来る。部屋自体に明かりはなく、そのランプの光に照らし出されている仮面を付けた者たちが何者であるかは、この私には検討する余裕はなかった。
「……う、……ぁ」
口を開いてもまるで言葉が喋れない。それを聞いてか、一人の仮面の男が私に近付いてきた。
「目覚めたかね、ん」
独特の咳払い、ディーンの声だ。彼もまた、仮面を付けている。
「不思議だと思うかね?」
ディーンは返事が出来ないと知りつつも私に話かけてくる。
「それとも、我々が力を持つものだとでも思ったかね、ん?」
私はただただ、彼を睨みつける。魔女の力は世継ぎの際に女性のみに受け継がれると言われている。ただ、この仮面の者たちの中の半数が、姿かたちだけでの判断となるが、男であった。
「そう、我々は人間だ。貴様のように力などは使えない」
ディーンはわざとらしいように身振り手振りを激しくしながら話す。
「じゃあなんだと思うかね、ん?」
先ほどから問いが多いが、私にはその問いを理解するまでの猶予も与えられていない。ディーンは我慢できなくなったかのように自ら回答を提示する。
「我々は、新しい仮面会だよ。んっふっふっふっ……」
そして彼は私に背を向けて、他の人間に指示を出す。
「仮面会は、魔女の集まりのはずだ、そう思っているだろう。もちろんそうだ。いや、そうだった」
一人の男が私を取り押さえ、もう一人の男が私の瞼を無理やり開かせる。
「かつてはなんとも恐ろしい存在であったよ、貴様ら魔女たちは。だが、それも今はもう違う」
そして、一枚の紙きれを私の目の前に広げた。そこには赤黒い血で呪紋が記されていた。その紋を頭が認識した瞬間に目の前の光景がグルグルと回りだし、胃袋の中から先ほど食べたものが吐き出される。
「自らの弱点を己の痕跡にしてしまったのは間違いだったようだな。我々もいつまでも単なる犠牲者ではないのだ」
まだ眩暈が続くも、ディーンはお構いなしに私の顔に近づいてくる。
「純粋な血筋などと現を抜かしている魔女のエゴイストどもは一人捕まえて、こうして拷問してしまえば次から次へとボロを出し、あっという間に全滅だ。とても容易いものだった、ん」
「…………」
「同胞をやられて悔しいのか、ん。残念ながらそれはこちらのセリフでもある。なんたって、我々は仮面会によって家族を奪われた者の集まりなのだからな、ん」
同胞などと思ってはいなかったが、そのあとの言葉、彼らは本来の仮面会によって家族を奪われた者たちだと言った。
「この街に潜んでいるメンバーは少ないものだが、世の中にはまだ魔女を憎んでいるものなどごまんといるのだ。それもそうだろう。我々では使えない力を好き勝手に使い、人間はまるでただの捧げもののように扱った。それに対しての罰は、魔女たち全員を殺しても足りないくらいだ」
周りの人間たちもそれに頷く。
「一番の幸せは、魔女のいない世界を築くことだった……」
そう言ったディーンはしばらくの間、言葉を失ったかのように一人で首を横に振り始める。
「あのバカが。あのバカが、過ちさえ犯さなければ……」
私にとってはあまり興味のない話のようであった。なんとか腕に結ばれているロープだけでも解こうとするが、頭がぼうっとしているせいか力がうまく制御することが出来ない。それに私にはまだ力を使う余力が残っているのかも感覚としては怪しいものであった。
「コーギィだよ」
その言葉に思わず、私も反応してしまう。
「おっと、黄色くはなっていないが、ずいぶんと殺気だった目をしているな、ん」
あのバカとは、コーギィのことなのだろうか。
「まだまだ、夜は長いからな。一つ話をしよう。君もこの話を聞けば納得してくれるはずだ。なぜ、私たちがコーギィを欲するのか。そしてなぜ、コーギィの両親は死ぬべくして死んだのか……」
ディーンは今までに聞いたことがないほど冷たい声でそう言った。
*
私の弟、そしてコーギィの父親でもあるマイオは、それは真面目な男だった。そして我が家系に恥じぬ男であったのだ。学生時代には主席を務め、卒業後には大手新聞社の編集長まで昇りつめた。私たちが子供の頃に亡くなった父への唯一の恩返しとして、独り身でも立派に育ててくれた母親への恩返しとしても、私とマイオは必死に働いた。母はそれをとても誇らしく思ってくれていたし、私としても弟は何よりの自慢であった。
あいつが三十五歳になった時だ。父親の命日に家族で集まった時、あいつは結婚をするという話をしてきた。母親はもちろん喜んだ、もちろん私も喜びはした。ただ、そこには一つ問題があった。それはその相手が魔女の血を引いているということだった。
当時、私は既にこの仮面会は我々が乗っ取っていた最中であった。一人、また一人と、愚かな魔女たちを一人ずつこの世から消しているところであった。ただ、そのことは母も当然弟も知らないことであった。もちろん、私はその結婚に反対した。魔女など得体の知れないものとの結婚など許せるはずがないと。大ゲンカだった。そして私は何度も、何度も言った。自分たちの父親を殺した存在を。自分たちの生活を苦しめる元凶となったその存在のことを。魔女は悪だ。その血を引くものが家族になることなど許されない、と。だが、弟は聞かなかった。そして、行き先も告げずに家を出て行ってしまった。
そこから数年、私は仮面会の乗っ取りを続けた。春、夏、秋、冬、それぞれの季節で粛清を続けた。そして、最後の一人を終えたのは、弟が出て行って八年経ったころのことだった。
私は達成感に満ちていた。世の中を脅かしていた仮面会を、自分の父親の仇である仮面会をすべて始末したのだ。だが、そんな中、私の母親が隠していた秘密に気付いてしまった。手紙だ。縁を切ったものだと思っていた弟と母親は手紙のやり取りをしていたのだ。私が問い詰めても、母親はただ泣くばかりで話にならなかった。もう駄目だと思った。父親が仮面会に殺されたあの日から、この家庭は壊れたのだと、改めて実感した。
その後の母親の葬儀には弟も姿を現した。その妻であるケイト、そしてコーギィも。この女のせいで私はまた苦しめられるのかと思うと、身体中に嫌悪感で蝕まれていくのがわかった。
「兄さん、やはり分かってもらえないか……」
「あぁ、ただし子供は別だ。コーギィに罪はない。今すぐ、コーギィを私の元に置いて帰れ」
「……なにを、そんなバカなこと」
その時も結局は喧嘩別れだった。コーギィには伯父らしい姿を見せるようにしたが、あまり印象のいいものではなかっただろう。
その後も仮面会は規模を大きくしていく。家族を魔女に殺された人間は多くいた。そのうち、不幸なことはすべて魔女のせいだという者も現れたりした。そして私はその中にいたリサと結ばれる。彼女もまた魔女をとても嫌悪していた。そして弟のことを話すと、コーギィをうちで保護するべきだと強く主張した。私はその後、一度二度は大人しく引き渡すようにという話をしていたが、三度目にそれが起きた。
…………。
弟とその妻は焼死体で見つかり、コーギィだけが生き残った。ここぞとばかりに親権を主張したものの、残念なことにコーギィは姿を消してしまった。
*
「そこに現れたのは貴様だったというわけだ、ん」
これほどまで身近な人間に両親を殺されていると分かったらコーギィはどれだけ悲しい思いをするのだろうか。私は歯を食いしばる。それでもこの体は私の中の力を使うことが出来なかった。
「この街の魔女の家に住んでいるとわかってからは、私は計画を立てた。そしてそれらは驚くほど計画通りに進んだ。昔も今も、蒔いた種は確実に摘み取るのだ。君宛てに不審な荷物を送り、自ら我が家へ来るように仕向ける。今日、夕食の誘いが出来た時は我ながら身震いしたものだ、ん」
「……と、……うな」
「おっと、言葉が喋れるまで回復してきたのかね、ん」
「すべてが……、うまくいくと……、思うな……!」
それを聞いて、ディーンや周りにいる人間から失笑がこぼれる。
「それは面白い。ここまで思い通りに動いてくれて、そんなことが言えるとは」
再び二人がかりで私の目を見開かせる。
「コーギィのことは安心したまえ、ん。我々がしっかりと教育をして、正しい道へと導いていくのだからな」
そして一枚の紙を私に見せる。バチンと体に電撃が走ったように意識があるものの、全身にしびれを感じる。
「解け」
ディーンの指示通り、私の腕のロープがほどかれる。ほどかれたところで私の体はもう私の好きには動いてくれなかった。
「儀式自体は久しぶりだが、私は決して忘れはしない。いつだってそうだ。魔女は悪、私は正義なのだからな、ん」
そして二本の釘と大きめの槌を手に取る。私の体は二人に支えられながら、椅子の後ろにあった十字架に合わせられる。そして、左手から、手の甲に釘を叩きつけられた。
もう、痛みすら感じることが出来なかった。
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