第12話 彼女の行先

「マリー? あぁ、彼女なら今日明日と休みを取ってもらっているが」

 禿げた頭で丸眼鏡の奥から僕たちを睨みつけるように、マリーさんの職場の調剤所の所長であるケヴィンスさんが言う。

「今日はこちらには来てないんですね……」

 ロビーが肩を落とすように言う。

「……まぁ、朝に一度挨拶にきた程度だな。ところで、一緒にいるその少年は?」

 ケヴィンスさんは僕を見て、ロビーに尋ねた。

「あぁ、彼はマリーさんと一緒に暮らしているコーギィ君です。あの、少し前の火事の一件の……」

 ロビーはまた口を滑らせたようにそうケヴィンスに伝える。

「そうか、君が……」

 ケヴィンスは椅子から立ち上がり、改めてロビーと僕の前に立った。近くで見るとより威厳があるのだが、先ほどの睨みつけるというのは誤解だったような優しい目をしていた。そんな目に対して、なんて言葉を発せばいいのかわからなくなってしまう。

「君がここに来たということは、マリー君に何かあったのかね」

 ケヴィンスはしゃがみ、僕と同じ視線に合わせてそう尋ねる。

「じ、実は……」

 彼女が不審な荷物の差出人を突き止めるべく調査を行っていること、僕のことを守るために僕の外出を禁止したこと、そこからいつまで経っても帰ってこないで、不自然と扉のロックが解かれたことを説明した。

「なるほど……。その扉の件はよくわからないが、思った以上に一大事のようだな」

 ケヴィンスさんはデスクにあった電話を手に取り、誰かに話をし始めた。

「私はこれから外出する。調剤師と受付に最低限必要な人員を残して、私についてきてほしいのだが。……あぁ、そうだ。マリー君に問題が起きたかもしれない」

 そして受話器を下ろし、しばらくすると部屋のドアが開き、数人の白衣を着た男女が入ってきて声を上げた。

「……マリーさんに問題っていうのは!」

みんな息を切らしていた、電話の直後に走ってここまで来たのだろう。

「今、彼女に連絡の取りようがない。みんなで探すのだ」

 ケヴィンスさんはコートを羽織り、みんなにざっくりと説明をして、僕とロビーを含めて、外に連れ出した。

「ロビー、それにコーギィ君。君たちは彼女の行きそうな場所を確認してくれたまえ。私たちは手あたり次第に街中を駆け回ってくる」

 そう言い終えると、早々にケヴィンスと調剤所の面々は散り散りに走り去っていった。

「……なんかすごい勢いでしたけど、いい人ですね。ケヴィンスさん」

「そうだな。俺はちょっとビビっちゃってたけど……」

 若干、僕の知っているロビーの弱い部分が見えたところで、僕たちは次の場所へと向かうことにした。

「他、行くとしたらどこかあるか?」

 ロビーはメモ書きにさらさらとメモを残し、僕に訊いた。

「……僕の家の跡地に行ってみましょう」

 あまり確証はないが、可能性はある。僕はそう提案して、僕たちは走って家の跡地へ向かう。

「そこに行った後で、一旦マリーさんの家に戻ってみよう。もしかしたら帰ってきているってこともある」

「……そうですね」

 あまり期待はできないが、もしそうであったら良い。僕の勘違いであってほしいのは確かであった。でも、僕の胸騒ぎは、それ以上に悪い方向へと向かわせているようにしか思えなかった。


「……はぁはぁ、だれも、いないね」

 跡地に着いた時には、僕もロビーも汗だくで息を切らしながら、立ち入り禁止のロープをくぐった。

「マリーさん!」

 僕は彼女の名前を呼んだ。しかし、その声は開けた土地の先にある壁に跳ね返り、むなしく消えていくだけであった。

「マリーさーん!」

 ロビーも続いて彼女の名前を呼ぶが、やはり何も反応はなかった。思わず僕は頭を強めにかいてしまう。

「コーギィ、気持ちは分かるが冷静にいこう。ほかにマリーさんが行きそうな場所はあるかい。なければ一度、家に戻ろうか」

 なんとか冷静を保とうとしているロビーではあったが、僕から感染してしまった焦りが彼からも見え隠れしている。

「マリーさんの……、行きそうな場所……」

 考えてみたところで全然頭に浮かばない。いつも仕事をして帰宅、を繰り返ししていた為、彼女が他にどんなところに行くのか、全く見当がつかなかった。

「やっぱりコーギィだ」

 思い詰めているところに聞き覚えのある女の子の声がした。

「……ミリア!」

 パジャマ姿で小さく手を振りながら近づいてきた。

「コーギィ、風邪を引いたって聞いていたけど、大丈夫そう。何か声が聞こえて、出てきたんだけど、どうしたの?」

 どうやら先ほどの僕の呼び声で家から出てきたようであった。

「実は、その……、マリーさんが帰ってこなくて」

「マリーさん……、あの金髪のスラっとした女の人」

 僕の記憶では彼女はまだマリーさんに会ったことがないはずだった。

「マリーさんを知っているの?」

「うん。私、今日のお昼にここで会ったよ。そしたらコーギィが風邪を引いたってきいたの」

 風邪については、おそらくマリーさんが言った嘘だろうが、それについて今は聞き流すことにした。

「そのあと、マリーさんがどこにいったかって知らない?」

「んー……?」

 ミリアは考えるように空を見上げた。

「どこにいったかまではわからないけど、どこかにお昼を食べに行ったんじゃないかな。マリーさん、気付いてなかったかもしれないけど、おしゃべりしている時に2回くらいお腹鳴っていたから、お腹すいていたんじゃないかなーって」

「それじゃあ、なにか食べたいーとかって言ってなかった?」

 ロビーが横から入ってくる。

「あ、ロビーさんもいる」

「え、あ、うん、やぁ」

 まるで、今やっとロビーの存在に気が付いて驚いた様子を見せるミリアに、ロビーは困惑していた。

「どこに行ったとかってわかる?」

 話が変わってしまいそうだったので、僕はミリアに改めて確認する。

「ごめんなさい、それはわからないの」

「……そっか」

「ねぇ、ロビーさん……」

 ミリアが再びロビーのほうを向いて、まじまじと話しかける。

「あぁ、わかっているよ。君のお母さんの件だろう。それがまだ見つかっていないんだ。そっちについてもみんなで探してもらっているよ。何かわかればすぐに知らせるからね」

「……わかった。ありがとう」

「とりあえず、ミリア。君をおうちまで送ろう」

 ロビーはそう言うと、ミリアをおぶって彼女の家へ向かった。ミリアの家は僕の家の跡地から数軒先のところで、こんなところにミリアが住んでいたことは知らなかった。

「ロビーさん、ありがとう。コーギィもお大事にね」

「ごめんね。今度ちゃんと説明するから」

 そういうと彼女は笑って、うんと頷いた。そして挨拶に現れた彼女の父親に付き添われ、家の中へと入っていった。

「彼女のこと知っていたのかい」

 ミリアの家から離れながら、ロビーはそう尋ねてきた。

「うん。最近、友達になったんだ」

「そうか、お母さんのことも?」

「聞いてる」

 ミリアが三年前に病気になった際に家を出て行ったという彼女のお母さんのことだろう。

「そうか。実は昨日の明け方に彼女の母親を見たっていう人がいてね。そっちはそっちで探してはいるんだけど、それ以降はさっぱりなんだよね……」

「この街にはいるんですね」

「そうらしい。ミリアには悪いが、今は先にマリーさんを探そう。お腹を空かせていたかもしれないと言っていたね」

「はい、でもどこに行ったかまでは……」

「なんとなく、一件だけ見当がつく。行こうか」

 少しばかり強気なロビーに、思わず期待してしまう。

そのまま彼についていくと、そこはいつもの見慣れた珈琲屋であった。

「レイリィ!」

 閉店準備をしているレイリィにロビーが声をかけた。

「ロビー、どうしたの。見ての通り、もう店じまいなんだけど……」

「ごめんなさい。ちょっと話だけ……」

「あら、コーギィも一緒なの?」

 僕はレイリィに今の事情を説明すると、彼女は顔色を変えて僕のことを抱きしめた。彼女なりにも信じられないという様子であった。

「そんな……。でもマリーさん、ここを出るときにどこに行くかなんて……」

 そう言いかけたときに何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げた。

「コーギィ、あなたの伯父さんに会っていた! そう、あなたの伯父さんよ。連絡取れないかしら、何か知っているかも」

「ディーン伯父さんに……?」

 思わず、嫌な予感がする。

「夕食を一緒にって言っていたのは聞いていたから、おそらく間違いはないと思う……」

「ということは、マリーさんは僕の伯父さんの家に……」

 そこにいるかもしれないという場所は分かったものの、伯父さんたちがこの街に引っ越してきたのもほんの数年前の話なので、彼らがどこに住んでいるのか、詳細は知らなかった。

「ロビー、伯父さんたちの住所ってわかる?」

「……今後の調書には住所記載項目を増やす必要があるな」

 苦笑いを浮かべるロビーはだんだんと自信の灯が消えかかっていくようであった。

「で、でも夕食一緒に食べてくるっていうくらいだし、実はもう帰ってたりして……?」

 レイリィが場を和ますようにそう言う。

「そうだな、やはり一旦家に帰ってみよう」

「……はい」

「一応、まだお店の中にはいるから、何かあったらすぐに知らせに行くね」

「ありがとう!」

 レイリィと別れ、マリーさんが帰っている気は全くしなかったが、念の為と僕はロビーに続いて、家の近くまで戻ってきた。

「待て」

 もう少しで家だというところで、ロビーが僕の腕をつかむ。

「玄関に誰かいるぞ」

 離れたところから見た限りではマリーさんではなく男の人のようだ。ただ、男の人といっても伯父さんでもないし、ケヴィンスさんに比べてもガタイの良さが違う。

「誰だろう……」

「まず、俺は先頭に行こう。コーギィは後ろにいるんだ」

「はい……」

 僕はロビーの少しあとに続いて、家へと一歩一歩近付いていく。

「すいません!」

 ロビーが大声でその男の人に声をかける。

「おわお、びっくりした!」

 玄関にいた男は飛び上がったようにこちらを向いて、なにやら気付いた様子でロビーと僕に近付いてきた。

「なんだロビーさんじゃないか、どうしたんです?」

「……あぁ、君は配達員のトリスタンじゃないか」

 面識のない人だったが、ロビーとは知り合いだったようだ。ロビーは僕のほうを向いて、大丈夫だと教えてくれた。

「マリーさんに頼まれてね」

 そう言って、トリスタンさんは一枚の紙を取り出した。

「変な荷物がくる奴がいるっていうんで、その送り主の正体を確認してほしいっていう依頼があったんだ」

「……それで?」

 僕とロビーがトリスタンに顔を近づける。

「それで今日も同じ送付状を持ってきた人がいたから送り元の情報を記載するように言ったんだけど。ただ、そいつ、自分の住所がわからないっていうんだよ」

「その送付状って……、四角い箱の荷物のことで間違いないですよね」

「あぁ、君はコーギィ君か。よく知っているね。マリーさんもだが、あの荷物って一体なんだんだい?」

 荷物について、詳しいことを知らないロビーは少しポカンとした顔で話を聞いていた。彼に説明するにもいい機会かもしれない。呪紋については説明が難しいので省略することにした。

「マリーさん、少し前から変な嫌がらせを受けていて、その箱になにか得体の知れない、何か気持ち悪いものが入ったものを送られてきていたそうなんです」

「おいおいおい、嫌がらせだぁ。あのババァそんなことしていたのか。俺たちはそんなもんのために配達してんじゃねぇんだぞ」

「ば……ババァ?」

「あぁ、今日も荷物持ってきて、住所はわからないってしらばっくれた奴。結構年を取った女だったんだよ。住所がわからないっていうのものボケちまったのかと思ったんだが」

「しかし、それじゃあ結局その送り主の住所はわからないのか……」

 ロビーがため息交じりに言うが、トリスタンは少し言いにくそうに話を切り出した。

「……ロビーさん。自警団員のあんたがいる前であまり話したくなかったんだが、実は荷物受け取ったあと、そのババァのあと追ったんだよ。で、行きついた先の住所がここ」

 そういってトリスタンは一枚のメモ書きを取り出した。

「…………」

「いや、だって、マリーさんにはいつもうちのお袋が世話になっているしさ、なんかすげぇ困ってたみたいで……」

「よくやった!」

 ロビーはトリスタンの手を無理やり掴み、ブンブンと握手をした。トリスタンは驚いて目を丸くしている。

「マリーさんはここにいるのかもしれない……」

「あぁ、コーギィ、おまえの伯父さんの家は後回して、まずはそこに向かおう」

 その提案に僕は頷く。

「一体、なんだってんだ」

 トリスタンさんはまだ現状がわかってないように困っていたので、僕は彼にマリーさんが帰ってこない今の状況を説明した。

「……なるほどな。そういうことならあんたら二人だけじゃなんだか頼りねぇ。俺も付いて行くぜ」

 トリスタンさんは自慢気に腕の筋肉を見せつけてきた。

「トリスタン、お前がいれば百人力だな」

「だろう、ロビーさん。あんたはちょっとひ弱そうだからな」

 それを聞いたロビーは鼻で笑うも何も言い返せずにいた。僕はトリスタンから渡されたメモ書きを見る。ここにマリーさんがいるかどうかはまだわからない。でも少しでも可能性があるならば……。そして、どうか無事でいてほしい。

「行きましょう!」

 僕たちはその住所に向かって、人気の少ない夜の道を駆け足で走り抜けていく。

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