第10話 食事とワイン


 ディーンの家は町外れにあった。時間に余裕をもって歩いてきたつもりだったが、1時間ほど歩くこととなり、更に少しばかり迷ったのもあって、思った以上に時間がかかってしまった。

 遠隔用にテーブルに置いておいた紙と筆に、コーギィ宛にメッセージを送る。

『少し遅くなる』

 こちらで書いたことを確認する術はないのだが、おそらく大丈夫であろう。

 私は家の扉を三回ほどノックした。

「ようこそ」

 ディーンが扉を開け、満面の笑みで私を向かい入れてくれた。その横には彼とは違ってほっそりとした三角眼鏡の女性が立っていた。どことなく品のある女性だ。着ているものや身に着けているものにこれといって嫌味もなく、自然な笑顔で私にお辞儀をした。

「こちら、妻のリサです。リサ、この人は今のコーギィの保護者のマリーさんだ」

「はじめまして、マリーさん。コーギィがお世話になっています」

 私はテーブルに案内され、椅子に腰を下ろした。

「今夜はこちらのお願いということもありましたが、お招きいただきありがとうございます」

「そんな、お気を遣わずに、もう家族みたいなもんじゃないですか、ん」

 ディーンはまだ酒を飲んでもいないのに顔を赤くしてそう言った。

「ありがとうございます」

 そして彼は私のグラスにワインを注ぐ。

「コーギィに」

「あぁ、コーギィに」

 静かに乾杯を済ませ、リサは料理を取りにキッチンへと消えた。


「それで、いきなりで申し訳ないんですが」

 私は改まって、ディーンに尋ねる。

「ええ、コーギィのことですね、ん」

「以前、彼と私とディーンさん、三人で会話をしていたときに、あなたはこう仰っていたことを覚えていますか」

「ん、なんですかな」

「コーギィを守ってほしいと」

 ディーンは少し斜め上の天井を見るようにして、何かを思い出そうとしている素振りを見せた。

「ええ、確かに言いましたな。それがなにか」

「いや、守ってくれなんて、なにかコーギィの過去にあったのかと思ってしまって」「あぁ……」

 そういうと、ディーンは口ひげを二回擦った。

「その言葉には特に意味はありませんよ。だって、考えてみてください。あの子は放火で家を燃やされて……、それに両親までも……。もし何かに狙われているとしたら……」

「……確かにおっしゃるとおりですね」

「それに犯人はまだ捕まっていない、となると犯人は何もしらないコーギィを口封じだなんだといって、命を狙いにくるかもしれない」

「……それで、守ってほしいということだったんですね」

「もちろん、それ以外にはありません」

 私の考えすぎであったか、というのがまず浮かぶ。やはり彼らもコーギィの親族だ。心配するのは当たり前か、と少しばかり自分を恥じた。

「申し訳ない、いきなりこんな話をしてしまって」

「いえ、いいんです。それにコーギィのことで知りたいことがあればなんでも聞いてください。例えば最後のおねしょとか、んっふっふ……」

 少し品のない話であったが、私はそれに微笑んで返した。


 その後は、コーギィのことや、彼の両親のことの話を聞きながら食事も進み、食後のワインとなった。

「その、今度はこちらから申し訳ないのですが……、マリーさんは魔女だとか」

 私のことは、この街の者であればもはや有名な話であろう。

「えぇ、私には力があります」

「私どもも、数年前にこちらに引っ越してきたんですが、前の町では差別があまりにも酷くて……」

「そう、なんですね」

 正直、魔女のことを他人に話すのはまだ苦手な節がある。過去に引きずられた者たちの中で魔女を憎んでいるもの、差別するものもまだいる。なので、私は極力聞き手に回ることにする。

「仮面会の悲劇、なんて聞いたことがありますかね」

 先日、コーギィにも話した、忌々しい魔女たちの残虐な話である。

「えぇ、力を持ったものが無差別に……。ただ昨今ではもう事件も痕跡もなくなり、存在しないと聞いています」

「おっと、勘違いしないで下さい。私が言いたいのは、そんな過去があっても、結局はこうやって一緒に食事をすることもできる、ということを言いたかったんです。ん、これも時代っていうものですかね」

「……確かに昔はお互いに酷い差別もあったと聞きますが、今は、いやこの街は、私にとって随分住みやすい街です。この街にいたおかげでコーギィにも出会えましたし」

 少しおべっかだったが、それを聞いたディーン夫妻は微笑ましく私を見ている。

「それは、よかった。ささ、最後に」

 彼はそう言って、ワインを私のグラスに注ぐ。

「マリーさんに」

 ディーンはそう微笑みながら言った。

「ありがとう」

 それは、ワインを口に含んだ瞬間だった。最初の箱の呪紋を見た時の感覚が自分の目の周り四方八方すべてから向けられている感覚に陥った。その衝撃に思わず、グラスを手放してしまい、パリンという静かな音が私の頭にこだまする。

「あ……」

 割ってしまった。

 まずい、ここにいてはこの二人に迷惑がかかると、締め上げられていくような感覚の中、目の前の二人の顔を見ると。二人はただ、私をまっすぐ見たまま笑っていた。

 慌て苦しむ私を見ても、私がグラスを落としたことさえも、そんなことはもうどうでもいいかと言うように、ただただ何事もないかのように私を見て笑い続けていた。


「コー……ギィ…………」

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