第7話 伯父さんとマリーさん
ミリアと別れたあと、ふと自分はなぜあんなことを言ったのか改めて羞恥した。彼女の母親のことも何も知らないのに、根拠のないことを言ってしまった。自分の母親と重ねてしまっただけなのかもしれない。それでも彼女は最後に、「また会おうね」といって手を振ってくれた。あれは自分なりに人を励まそうと努力した結果なのかもしれないということで結論をまとめた。
少しばかり遅くなってしまったが、家に帰る前に明日の朝食だけ買おうとパン屋に向かう。
「コーギィじゃないか、ん?」
聞き覚えのある癖のあるしゃべり方。僕の伯父であるディーンが僕の肩を叩いた。
「こ、こんにちは」
「いや、本当に会えるとは思わなかった。いやいや、最近この辺りに行けばコーギィに会えると思ってね。いやいやいや、そしたらこんなにおいしいパン屋さんを見つけてね、すっかり常連になってしまったよ」
口ひげを揺らしながら饒舌に話す伯父さんに僕はなんとなく苦笑いを浮かべるしかなかった。
「元気か、ん?」
それに対して大丈夫です、と返答をしながら適当にパンを選んで会計を済ませる。
「今度、一緒に暮らしてもらっているお友達に挨拶をしたいのだが、どうかね、ん?」
彼は既に会計が終わっていたようで、僕のあとについてお店を出た。
「そ、そうですね。ちょっと都合がつくかわからないので、一回確認しないと……」
なんとなく、今の生活に伯父さんが入ってくることに対して、僕の中では拒絶する気持ちがあるのは確かだった。明確な理由があるわけでもなく、ただ単に今の生活には関わってきてほしくないだけである。
「そうだな、それじゃあ改めて。またこのパン屋さんに来てあった時にでもその後の話をさせてくれるな」
「はい、わかりました」
適当に都合をつけて来られないようにしよう。僕の中の悪魔がそう囁く。
「コーギィ!」
別の声が僕の背後から聞こえた。
「ま、マリーさん」
少しばかり疲れた顔をして、若干呼吸の荒いマリーさんが僕の頭にぽんと手を乗せる。
「……こちらの男性は?」
マリーさんが少し目を細めて僕に尋ねた。
「これは失敬、私はディーンと申します。コーギィの伯父です。失礼ですが、あなたは?」
「……あぁ、あなたが。私はマリー。今の彼の保護者といったところだ」
伯父さんは目を丸くして、ほぉと呟いた。その反応もなんだか嫌気がさす。
「コーギィ、反抗期の子供ではないのだから、紹介くらいしたらどうだ」
「すみません……」
マリーさんが僕を叱る。
「今ちょうど、いつか一度ご挨拶に向かおうかと……」
マリーさんは僕のほうを一瞬だけちらりと見て、伯父さんの方へ向き直した。
「いえ、私たちは問題なく生活しているので、お構いなく」
なんとなく彼女は僕の気持ちを察してくれたのだろう。そう笑いながら伯父さんへ返答する。
「いや、まぁ、であればいいのです、ん」
咳払いを一つし、少したじろぎながら彼は言葉を曇らせる。
傍目から見ても、伯父の背は低く、マリーさんの身長は伯父さんよりも二十センチほど高い。あまり威圧的にしていなくても自然と怯んでしまっている様子でもあった。
「……、伯父として、その……」
伯父さんは何かブツブツ言っているが、最早ヘビに睨まれたカエルの状態であった。
「どうしました、顔色が悪いようですが?」
マリーさんが心配して言葉をかけるも、それを聞いても目が泳いで、きょろきょろとしているだけであった。
「いえ、大丈夫です。いやほんと、コーギィがお世話になっておりまして……」
「私としても彼がいて、成り立っているような生活ですので」
「そ、そうですか……。ま、まぁ何はともあれ、コーギィを守ってやって下さいまし」
「……はぁ」
そう言って、伯父さんは「失礼」と言って、手を振って僕とマリーさんから離れていった。
「お前の伯父はいつもあんな様子なのか?」
「まぁ、おおよそはあんな感じです……」
「そうか、お前が苦手だという理由がわからなくもないな」
そうして、改めてマリーさんの顔を見る。やはりどことなく疲れている感じがする。
「マリーさん、なんか疲れてますね」
「……そんなことはないぞ。ほら、さっさと帰って夕食にしよう」
なんだかはぐらかされたような気もしないでもなかったが、僕はマリーさんの手を握り、家に向かって歩き出した。
*
「コーギィ、ここ最近なにか楽しいことはあったか?」
「楽しいこと?」
夕食時にマリーさんが突然尋ねる。
「そういえば、今日はミリア……、昨日会った女の子に会って、一緒に絵を描きました」
「その子も絵を描くんだったな」
「はい、それで絵を見せてもらったんですが、思っていた以上に上手で」
それを聞いたマリーさんはふふっと笑う。
「ライバル登場ってやつだな」
「そ、そういうわけでもないと……」
「いや、いいんだ。ほかには、何か困ったこともないか?」
なぜだか今日は質問が多いなと感じてしまう。
「いえ、これといっては……」
「そうか」
いや、一つだけあった。
「伯父さんが、あのパン屋の常連になりそうということくらいですかね……」
それを聞いて、再びマリーさんは笑顔になった。笑顔になったあと、何かを思い出したかのように彼女の笑顔が消える。そしてなにか大事をするように彼女はいったん腰を上げて、座りなおした。
「コーギィ、ちょっとだけ、いいか……」
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