第4話 覚えのないプレゼント


 昨晩のコーギィは明らかに動揺していた。

 彼の伯父の話では犯人は魔女の可能性が高いという話であったが、なにを根拠に言っていたのか私にはわからない。世間なんていうものはそう言うものだ、ということは私も昔から身に染みていた。自分には起こすことが不可能な不思議な現象を起こすものはどこに行っても受け入れられない人間は多々いる。おそらく最初に魔女を疑ったのはそういった類の人間だったのだろう。

 今の時代であるからこそ、私のような魔女でも他の市民と同じように暮らし、争うことなどなく生きていけるが、母を失った後の里親の話では魔女の過去は悲惨だったと聞いている。ただ、「悲惨な過去」などというものは、魔女であろうがなかろうが、誰にでも存在するものだ。生きているものであれば、少なくとも一度は悲惨な出来事を体験し、それをもう二度と起こさないようにと結束をするものだ。

 いや、それはそれらの出来事を悲惨だと考える者の捉え方であって、その中にもし正当性を見出していたら……。

「マリーさん!」

 その声にハッと我にかえる。

「……聞いていました?」

「すまん……、ちょっと考え事していた」

 私の働いている調剤所の助手であるモリは、冗談ぽくやれやれと首を横に振った。

「コーギィくんのことですか?」

「あぁ、まぁそんなところだ。で、何か用か。コレットの薬ならさっき処方しておいたであろう」

「いえ、それがさっき、ケヴィンスがマリーさんを呼んでいたので」

「ケヴィンスが……、まさか減給の話とかじゃないだろうな」

 丸眼鏡をかけ、顔を天地逆転させたような髭にハゲ頭、我らが所長のケヴィンス・エルウィーグ。過去に彼に呼ばれたことを思い出してみてもあまり良い思い出はない。根は優しい中年男性なのだが、仕事のこととなると熱の入り方が違うのか、まるで容赦がない。

「……モリ、患者に親切心から余計な胃薬とか処方していないだろうな」

「そんなことしていませんよ。ちゃんと処方箋通りです」

「そうか、まぁいい。とりあえず顔を見てくる。所長室か?」

「そうみたいです。ご武運を」

「……やれやれ」

 私は椅子から腰を上げて彼の部屋に向かう。

 この調剤所で働いてそろそろ八年になる。人間関係は良好で、仕事の内容も収入についても文句もなく安定していた。生活を考えてもコーギィと暮らしていくにも充分なほどだ。

 呼び出しについては、これと言ってミスをした覚えもないし、強制解雇の話ではないだろうが、不思議と今日の呼び出しは何とも言えない緊張感があった。というのもいつも私に用事があるのであれば、直接私のところに来るはずだが、今日はモリを通じての呼び出しである。

 所長室の前に立ち、ドアを二回ノックする。

「入りなさい」

 私は職場では力を使わないようにしているので、ドアノブを手に取り、扉を開けた。

「やぁ、マリー」

「こんにちは、ケヴィンス」

 不思議とケヴィンスは言葉を続けなかった。

「モリが、私を呼んでいたと言っていたのですが……」

「あぁ、それなんだが、こいつを見てくれ」

 彼は包装が解かれた十五センチほどの正方形の箱を指した。

「君個人に宛てられたプレゼントだ」

「……私個人宛て、ですか?」

「ここでは、所員に何かあっては困るから個人宛に届いたものを一度確認するルールがあることは知っているな。処方した薬が効かなかったと自棄を起こした男が小さな爆弾を送ってきたこともあったからな」

「ええ。別に自分宛ての荷物が開けられていることには驚いていないです」

「呼んだのは他でもない、この荷物の中身だ」

「何が入っていたんです?」

「……異物だよ、君にも見て貰えばわかる」

 私は彼のデスクに近づき、蓋をされた箱を開けた。まず嫌な臭いが鼻につく。

 その箱の中でまず目についたのは敷き詰められたかのような茶色い髪の毛、ただどれも切断面が綺麗でなにかから切り取ったもののようだった。人のものであるのか、それとも偽物なのかも判断がつかない。さらにその中には丸い固形物が入っていて、箱の底の方にはなにかどろりとした液体が入っていた。

 どろりとしたぬめりのある液体のせいで、その丸い固形物を手にとるのもなかなか厄介であった。

「これは……」

 やっと手に取ったその固形物は赤ん坊の頭を模した造形物であった。首から上の部分のみで断面も嫌に再現されている。その物体からどろりと滴る赤い液体は不吉なもの以外、なにものでもなかった。

「それが今日、君に届いたものだ」

「なんで、こんなものが……」

「君を疑うようですまないが、ここ最近の仕事の履歴を見させてもらった。実に素晴らしい、何も問題もない仕事ぶりだったがね」

「……」

「さらに、患者関係者での不幸についても一切ないことがわかった。つまり今の君に恨みをもっている人間はいないと考えていいくらいだ。だが、私は君の私生活までは覗こうとも思わんし、根掘り葉掘り聞こうともおもわん。もし何か心当たりあれば気をつけろとしか言えん」

 しばらく呆然としていたが、この時点で思考が現在に戻ってきた。

 改めて箱の中を覗いて観ると、赤い液体の底に陣のようなものが描かれていた。

「マリー、何か問題が起きているのであれば、しばらく休みを取ってもらっても構わんのだぞ」

「……いえ、大丈夫です。ただ」

「ただ?」

「正直、私にもなぜこのようなものが送られてきたのかが把握しかねている状態なので、ちょっと一旦頭の中で整理させてもらいます」

「わかった。君にとって我々ではあまり力になれないだろうが、何か出来ることがあれば私に言いなさい。いいね?」

 ケヴィンスは険しい顔ながらも優しい声で私にそう告げる。

「ありがとう、ケヴィンス。ここで働かせてくれているだけで、私にとっては救いですから」

 そう言って、私は所長室を後にした。

 手の汚れを洗い流し、鏡に写った自分の姿を見る。あの物体を手に取った時に目の色が冷静なままでいられたのかはわからないが、私はあの物体から全身の鳥肌が立つほどの嫌悪を感じた。おそらく所長の部屋に向かう際にその気配に気付いていたのかもしれない。

 そして誰が何の目的をもって、あの気味の悪い物体を送りつけてきたのか、まったく見当も付かない。ここ最近のことであれば、コーギィに出会った事。そしてリディと私の両親の過去の真実がわかったこと。ただ、これらは私とコーギィのみが知っていることだ。コーギィが誰かに話をしていたら第三者も知り得ることがあるが、彼には人の過去を他人には勝手に話さないという信頼がある。

 一度目を伏せて、そのまま顔を洗う。目を閉じるとフラッシュバックのように箱の中身が蘇ってきた。

 茶色い髪の毛、赤ん坊の頭、どろりとした赤い液体、そして底に描かれた見たこともない陣。

「一体、なんなのだ……」



「あ、マリーさん。所長の用ってなんだったんですか?」

「あぁ……」

 自席に戻ると、モリが興味津々に話しかけてきた。

「私宛てに変な荷物が届いていたそうだ」

「変な荷物って?」

 ここで助手である彼女にも変な思いをさせるなと気付いた。すこし遅かったかもしれないが私は笑顔を作ってみる。

「ラブレターだ」

「えぇ!」

 無理やりごまかしてみたものの、モリはなんともその話を信じたようで、目を輝かせて話の続きを要求した。

「まぁ、そんなものゴミ箱に捨てたがな」

「えぇぇ! まぁ、マリーさんだからなぁ……。やりかねないな……」

「何か言ったか?」

「い、いえ、なにも」

 そんな結末で彼女は少しがっかりしたように退散していった。

 なんとか普段通りを装ってみたが、自分でも思っていた以上に意識があの箱に持っていかれてしまう。

「はぁ…………、ダメだな」

 この状態ではあまり仕事へ集中も出来ないので、この日は早めに帰らせてもらおう。

 モリに引き継ぎをし、再びケヴィンスの事務所を訪ねてその旨を伝える。

「マリー」

 ケヴィンスが心配そうに私を見るが、私は「大丈夫」と微笑み返し、職場を後にした。

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