第3話 友達


「本当に辛いとか苦しいと思ったら、何も答えなくていい。出来ることだけ、話してくれればそれで十分だからな、オーケイ?」

「うん、大丈夫。最初からそのつもりでいたから」

 それを聞いて、ロビーが少し苦笑いと安堵が混ざったような笑みを浮かべる。

「もしかして、こういうのって慣れてないんですか?」

 なんだかロビーは緊張しているのか、先程よりも言動が固くなっていることが気になり、思わず尋ねてしまう。

「……言ったろ、まだ一年も経ってないって。そりゃもう、いつでもドキドキだよ。でも大丈夫、仕事はちゃんとするから」

 そして、彼はメモとペンを取り出し、改めて呼吸を整える。

「じゃあ、始めようか」

 その言葉と共に、確かにロビーの目の色が変わったように見えた。マリーさんのように本当に色が変わったわけではないが。

「事件の前の暮らしはどうだった?」

「……多分、普通な感じです。お父さんがいて、お母さんがいて、僕がいて」

 それ聞くとロビーは苦い顔をして、何度か頷く。話をしている僕よりもなんだか辛そうであった。なんだか、寒かったあの頃の自分を思い出すようであった。

「事件の起きた日のこと、覚えていることだけでいいから教えてもらっていいかな」

「はい……」

 僕は意識したわけでもなく、下唇を噛む。

「あの日のことは、あまり覚えていることはないです。目が覚めたらもう火に囲まれていて、どうしようもなく立ち尽くしていたら、お母さんの声が聞こえました」

「お母さんの声?」

「はい、窓から飛び降りてっていう」

「それで、君は窓から飛び降りて一命を取り止めた、と」

 彼は眉間にしわを寄せながら、そう手帳に書き記していく。

「ロビーが不思議そうな顔をしている理由はわかります。その時にはもう両親は……」

「いや、それはいい。大丈夫。俺はちゃんと君の言ったことを信じるよ。何も不思議なことじゃない。母親が自分の子供を守るなんて、ふし……うぅっ……」

なんとか弁明しようとしていたのだが、ロビーはその内に涙が溢れて顔がぐしゃぐしゃになってしまった。

「……ったくもう、あんたが泣いてどうすんのよ」

 レイリィが気を使ってくれたのか、僕とロビーのカップに新しい珈琲を注いでくれる。

「……大丈夫、俺は泣いてない、大丈夫」

 目の周りを真っ赤にしながらもロビーはそう言った。

「……つまりは、コーギィ。君は火が付いていることに気付くまでは眠っていた。それまでに誰かを見たわけでもなかったわけだね」

「はい」

 そこから少し無言になる。注がれたばかりの温かい珈琲を二人で一口飲んだ。

「……確かに調査を行なっていったうえで、火元から第三者が火をつけたという可能性が高いことがわかったんだ。それで、もしかしたら君が誰かを見ているかもしれないと思ってね」

 ロビーは鼻を鳴らしながらも会話を続ける。

「一部からは『魔女』の仕業という声もあがっていてね。他にもいろいろと話が出ている。君のお父さんは記者だったっていうこともあってか、なにかマズイ記事を載せようとしていたからその口封じだったとか。ただこれらはどれも確証がないものばかりだ」

 僕はそれに対しての回答がわからず、ただ黙って話を聞いていた。

「もし何か思い出したことや、わかったことがあったら僕に連絡をしてほしい」

 手帳から一枚のメモを破り、それに自警団の住所を記載して僕に手渡した。

「もしこれが事件だったとして、犯人が本当に存在するのであれば、必ずその犯人を捕まえると君に約束するよ。絶対にね」

「ありがとう、ございます」

 そうして彼は右手を差し出して来たので、僕はその手を右手で掴み、握手した。

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。コーギィ、君と話せて良かった」

 ロビーはレイリィにもお礼を言って店を出て行った。そしてレイリィが僕に近付いて頭にぽんぽんと手を乗せた。

「コーギィ、大丈夫。まぁ、あいつはちょっとお喋りが無駄に多いとこがあるんだけど、悪いやつじゃないよ」

「……そうですね。レイリィさんもありがとうございます。珈琲美味しかったです」

「いいのよ、マリーさんにはご贔屓にしてもらっているしね」

「じゃあ、僕もそろそろ行きます」

「うん、私もいつでも相談に乗るからね。またいらっしゃい」

「ありがとう」

 珈琲屋を出てしばらく歩いていると、なんだかため息が出てしまった。

 あの日のこと、決して忘れてはいけないことを、目の前にある現実を見ることで見ないふりをしていたのかな、と感じてしまう。ただ単純に初対面の人と話をしたことで疲れてしまっただけかもしれないのだが。

 ロビーの話では、僕の家に火をつけ、両親を殺した犯人が存在する可能性が高いということだった。つまりは伯父さんの言っていたことは間違いではないようであった。その事実が僕の胸をざわつかせている。

 犯人には何か目的があったのだろうか。ただ単に放火だったのだろうか。それとも伯父さんの言った通り、これは魔女の仕業だったのだろうか。

「…………よし」

 ざわつく気持ちを抑えられず、この日、僕は広場に向かわずにもう一度、自分の家の跡地を見に行こうと足の向きを変えた。



 自分の家の跡地に訪れるのは数か月ぶりだった。

 それも最後に来たのは、冬のとても晴れた日。リディさんに会った日のことだった。そう考えるとここには悲しい記憶しかないのかなと思ってしまう。それでもこの場所には、僕と両親の温かい思い出も残っている。そう前向きに考えることにして、少し緩みそうだった涙腺をキュっとしめた。

「やっぱり、なにもないか」

 立ち入り禁止となっているロープをくぐって、敷地の中に入る。廃材などは撤去されて、地面には茶色い土がそこで起きたことを覆い隠すように一面に広がっている。芝生が生えていた庭ももう跡形もなかった。

「ここで何をしているの?」

 思わずドキリと肩を震わせて振り返ると、先ほどくぐったロープの向こう側から赤髪の女の子がこちらを見ていた。

「ここ、立ち入り禁止だよ」

 彼女の声はまるで風のようで、ふわっと僕の耳の中に流れ込んでくる。マリーさんが口から発する言葉ではなく感覚で話しかけてくるときに似ている。

「ぼ、僕は……」

 彼女は不思議そうに、澄んだ灰色の目で僕を捕らえていた。

「危険な人?」

「危険じゃないよ」

 仕方なく僕は再びロープをくぐって、立ち入り禁止エリアから一般のエリアへと戻った。

「これでいい?」

 彼女はそんな僕をじぃっと見つめるだけである。

「それ」

 彼女が指差した先には僕の肩からぶら下がっているスケッチブックがあった。

「これ、見たいの?」

 そう尋ねると、彼女は三回ほど頷いた。見たところ僕よりも年下のような女の子だったので、あまり邪険にしてはかわいそうだなと僕はスケッチブックを彼女に渡した。

「私も、絵を描くのが好きなの」

 しばらく彼女は、こちらに目を向けずにスケッチブックを見ながらそう言った。

「そ、そうなんだ」

 しばらくそのまま無言が続き、彼女はパタンとスケッチブックを閉じて僕に返した。

「このあたりの人?」

 灰色の瞳が再び僕を捕らえる。

「……うん」

「わたしの名前、ミリアっていうの」

「僕はコーギィ」

「コーギィ、コーギィ……」

 彼女はそれを覚えるかのように何度かブツブツと呟いていた。

「わたし、コーギィの絵好きだよ」

「え!」

 唐突に自分の絵を褒められてしまったので、お礼を言う前に驚きが出てきてしまった。

「あ、ありがとう」

 マリーさん以外の人から褒められることにあまり慣れていないのもあってか、彼女の目を見ることもなんだか気恥ずかしく感じてしまう。

「また会える?」

 淡々としながら、ミリアはそう尋ねてきた。

「僕はよく噴水のところで絵を描いているから、もし良かったら……」

 一緒に描かないかと尋ねようとしたところで、なんとなくデートに誘っている感じがしてきて、言葉が口から続かなくなってしまった。

「うん、今度は私のスケッチブック、持っていく」

 彼女はそう言って、僕から少し離れた。

「それじゃあね、コーギィ」

 そして小さく手を振って、路地へと消えていった。

 なんとなく頭をかいて、僕は改めて跡地を見る。

「友達……、なのかな……」

 うれしいような、よくわからない感情。僕の両親も今の僕の姿が見えているのかな。そう思った瞬間に絞めていた涙腺が再び開きそうになる。

「大丈夫、僕は大丈夫だから」

 その言葉は家のあった方向に向かって言えばいいのか、天に向かって言えばいいのか、僕にはわからなかった。それでも自分が大丈夫だということを両親に伝えたかった。

 そんな僕の思いに反して、静けさしかないこの場所から、僕は目を背けるように来た道へと戻ることにしたのであった。

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