第2話 自警団
翌日も同じようにマリーさんを見送り、家事をこなして街を歩く。
今日はマリーさんに珈琲豆を買うように頼まれていたので、噴水に行く前に珈琲屋に立ち寄る。
「こんにちは。レイリィ」
「コーギィ、こんにちは。マリーさんに何か頼まれたの?」
「うん、なんかいろんな種類の豆を頼まれたから紙に書いてもらったんだけど」
そう言って、僕はマリーさんから渡された何種類もの豆を書かれた紙を彼女に渡した。
「……なるほど、これを口頭で伝えられても困るから助かるわ」
そして彼女は手際よく一杯のコップに珈琲を注いで僕の前に置いた。
「探している間、これでも飲んで待っていて」
「ありがとう」
僕はそれに砂糖とミルクを入れて混ぜた。黒色の世界に白が円を描いて混ざり合い、美しいキャラメル色へと変わる。飲む前の珈琲の楽しみの一つでもある。
「君、コーギィかい?」
おじさんと呼ぶにはまだ若い男の人が話しかけてきた。短髪で薄くあご髭を生やし、少し垂れた目の中に茶色い瞳が見える。
「……はい、そうですけど」
初対面で自分の名前を知っていることに警戒しながら、そう応える。
「ちょうど良かった」
「……?」
「ねぇ、ロビー。あなた、自己紹介と相手の名前の確認の順番が逆じゃないの?」
店の奥からレイリィの声が聞こえてきた。
「あ、あぁ。そうだった。ごめん、コーギィ。俺の名前はロビンソン。さんは付けないでロビーって呼んでくれ。この街で自警団として活動している。といってもまだ入って1年も経ってない新人だけどね」
ロビーは、最後に自虐っぽくそう笑った。
「自警団って、もしかして……」
昨日、伯父さんが言っていたことを思い出す。僕の家族の事件の話で自警団と協力して犯人を探していると。
「実は君の伯父さんから話を聞いてね。行方不明になっていた甥がこの辺りで見つかったって」
「そう、なんですね」
「君の伯父さんったら、そりゃもう嬉しそうというか安心したような感じでね。その後に「我が家系は代々~」なんて話が始まっちゃってさ、終わる頃には日も暮れて、しまいにはガブガブ珈琲飲むから珈琲豆の在庫が無くなっちゃってさ……。っとしゃべりすぎるのは俺の悪い癖。今の話は忘れてくれ」
ぺらぺらとしゃべり続けるロビーに少し呆れながらも僕はちらりとレイリィを見るが、まだ頼んでいた品は揃わなさそうであった。
「ははー、それで用事はなんだって顔をしているね」
ロビーが僕の心の中を読んだつもりのようだが、僕はどちらかというと用事の内容よりも早く終わらないかなと思っていたので、彼にはリーディング能力はないことはわかった。
そして、彼は顔を近づけて小声でこう言った。
「実はあの事件の話、君からまだちゃんとした調書が取れていなくてね……。こっちもまだ自警団ってことであくまでまだ形式上っていうのもあるんだけど、君の伯父さんから事件の話を何度か聞いてはいるんだけど、調査をしていく上では、あまり……その……」
「参考にならない、とか」
「そう……、おっと俺はそんなこと言ってないぞ、言ったのは君だ」
悪戯っぽくロビーは笑いながら続ける。あまりの軽快さに僕も思わず笑ってしまったのは事実だ。
「そこで、君がこの周辺にいるってことを聞いてね。少しでもなにか話が聞けないかなって思ったんだけど」
「このお店にいたのはなんで?」
「それは、まぁ、この周辺っていう話でしか聞いてなくて、あまりにも珈琲のいい匂いと綺麗な店員のお姉さんがいたからさ。それにさっきも言った通り、珈琲豆の在庫も補充しないといけないしね」
ロビーは本当に思ったことがそのまま口に出てしまう常習犯のようで、彼の発言を疑う方が徒労に終わってしまいそうだった。
「それでさ、さっき彼女をデートに誘おうとしたんだけど、珈琲豆を定期便で注文してくれたら考えてあげるって。いい機会だから定期便で頼んじゃおうかな」
「ロビー、いい加減にしなさい」
珈琲豆を持ったレイリィが姿を現した。
「コーギィ、勘違いしないでね。こいつとは幼馴染なのよ」
「幼馴染?」
「昔からの友達、それも本当に小さい頃からのね」
ロビーがなぜか自慢げにそう言って、珈琲を一口飲んだ。
「昔からの、友達……」
「コーギィにもいるだろう、友達の一人か二人」
ロビーが軽い口調で言うも、友達という単語を聞いて、すぐに顔が出てこない。
「マリーさんくらいかな……」
レイリィは紙袋に商品をまとめた後、僕にそれを手渡してくしゃくしゃの頭を撫でた。
「コーギィ、あなたはまだ若いんだから、これからいくらでもできるわよ」
僕はそれに対して、何も言わずに頷いた。
「さて、私の仕事はここまで。あとはまぁ、お好きに」
そう言ってレイリィがロビーに目で合図する。
「まぁ、その、コーギィが良ければ、でいいんだけど、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
ここに来て、ロビーはなぜか及び腰になる。それがなんだか可笑しくて、僕は少しだけなら、と彼の話に付き合うことにした。
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