コーギィと呪われた血(後編)

高柳寛

第1話 望まぬ再会


 ガーデニアは春を迎え、爽やかな風が花びらと共に窓から吹き込んでくる。


 リディさんとのお別れの後も、僕はマリーさんと一緒に暮らしていた。まだ数ヶ月ほどの同居生活であるが、持ちつ持たれつといった関係でお互いに支え合いながら、平穏な生活を送っている。

 その日の朝も目覚めの悪いマリーさんを起こし、朝食を作って仕事場に向かう彼女を見送る。そのあとで、帰ってからも夜遅くまで仕事をしていたマリーさんの自室の掃除をし、夕食の買い出しへ向かう。ここまでは午前中で済ませてしまい、昼過ぎには少し時間が開くのでスケッチブックとマリーさんからもらった不思議な筆を持って、街を散歩するのが日課だ。

「こんにちは、コーギィ」

 珈琲屋店員のレイリィが納品確認をしながらこちらに向かって手を振っていた。

「こんにちは」

「天気もいいし、コーギィも元気そうでなによりね。気をつけて行ってらっしゃい」

「うん、ありがとう」

 そして僕は広場の噴水の縁に腰をかけた。いつもこの場所でのんびりと感じたまま、思いついたままの絵を描いている。

 例えば風景画だったり、人物だったり、動物だったり。ただ個人的には自分の思いついた創造した生物を描いていたりするのが一番楽しい。

 この不思議な筆で描いた絵はスケッチブックからこの現実世界へ取り出すことができる。描いた犬を取り出せばしっぽを振りながら僕の手をペロっと舐めることもあるし、猫を取り出せばその爪で引っかかれたりもする。ただし、基本色が一色だけなので、どれもモノクロである。それらは時間が経つと自然と消えるか、僕が頭の中で消えろと念じれば、煙のように消えていく。

 そんな筆で描かれた絵は、このスケッチブックにはたくさん残されている。だんだんと消してしまうのが勿体ないと思ってしまうのが生み手の心情というものだった。

 時間さえ考えなければずっと遊んでいられる逸品であるが、そんなことをしているとお腹を空かせたマリーさんに怒られてしまう。

 マリーさんも仕事帰りにはこの噴水の前を必ず通るので早く帰宅している際にはここから一緒に帰ることもあるのだが、この日はしばらくしてもマリーさんが現れる様子がなかったので、先に家に帰ろうかと立ち上がった。

 その時、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。

「コーギィ! 今までどこにいたんだ!」

 いきなり肩を掴まれ、びっくりする僕をまん丸い目で見ながら、伯父であるディーンは口髭を揺らしながら言った。

「……お、伯父さん」

「大丈夫なのか?  ん?」

「ぼ、僕は大丈夫ですから……」

 僕がそう言うと伯父さんはやっと肩から手を離してくれた。その手にあまりにも力が入っていたことに、彼はそこで気付いたようであった。

「す、すまないな。お前が急にいなくなって伯父さんたちほんとうに心配していたんだぞ」

「そう、なんですか……」

 その言葉を僕はうまく飲み込むことが出来なかった。

「本当に大丈夫なのか、それに今どこに住んでいるんだ、ん?」

 質問責めに少し嫌気がさしながらも、さっさと会話を終わらせたくて僕は曖昧に返事をした。

「友達の家に泊めさせてもらっている……」

「どの友達だ? ん?」

 自然に歯を食いしばってしまうのを感じる。

「あ、あの、僕は大丈夫なので、もう放っておいてください」

 そうつっけんどんに言って僕は彼に背を向けた。

「そんなこと言っても、私たちは家族じゃないか」

 伯父さんはそう言うが、僕の心にはその言葉はあまり響かなかった。

 あの日の、両親が亡くなって僕を引き取るという話をしている時のなぜかギラギラしていたあの伯父さんの目を忘れることができなかったのだった。

 ただ、今の彼の目には当時のそういった別の目的のようなものは一切感じられない。あれは自分の勘違いだったのかと、僕はその伯父さんの言葉に何度か頷いた。

「ありがとうございます、でも僕、今の生活でなんとかやっていけるので大丈夫です」

「……そうか、わかった」

 伯父さんも納得したように髭を揺らした。

「それじゃあ、晩御飯の準備もあるので」

 そう告げて、僕は彼に背を向けた。

「あぁ、コーギィ。それとお前の家の件、なのだが……」

 その言葉に僕の足は自然と止まる。

「あれは、魔女の仕業かもしれないそうだ……。今、自警団にも依頼をして犯人を探してもらっているんだ。この街にも魔女がいるみたいだからな。お前も気をつけるんだぞ」

 僕はそんな言葉に改めて振り返りもせず、再び歩を進めて家へと急ぎ足で戻った。



「……マリーさん、僕はこの家にいてもいいんですよね」

 帰宅したばかりのマリーさんに、唐突に思ったことをそのまま尋ねていた。

「当たり前だろう。どうした、コーギィ。今日はなんだか元気がないな」

 マリーさんが着替えの途中の姿でそう聞き返す。

「それが今日、伯父さんに会って……」

「ほう」

 マリーさんはクローゼットをパタンと閉じて、僕の目を見る。彼女の鮮やかな蒼い瞳に吸い込まれるように僕は伯父から聞いた話を彼女に話した。

「僕の両親を殺した犯人が魔女かもしれないっていう話で、まだ犯人は捕まってないそうなんですが……」

「……なるほど、それでお前はどう思ったのだ」

「いえ、わからないんです。そもそもあれが誰か第三者によるものだったことさえ僕は知りませんでしたから……」

 しばらくの沈黙があり、僕は言葉を足す。

「もし、あれが誰かの仕業だというのであれば、……僕はその真実が知りたいです」

「……ふむ」

 その言葉にはマリーさんも何か思うようなところがあったのか、一つため息をついて、まずは夕食にしようかとダイニングへ促した。

 そして彼女は人差し指を差し、皿を戸棚からフワリと浮かばせながら、僕の顔を見た。

「コーギィ、私はお前に救われている。それもいくら感謝しても足りないほどにだ」

 食器がテーブルに並び、マリーさんは僕の肩に優しく手を置いた。

「だから、私に出来ることがあればなんでも言ってくれ。今度は私がお前を助けてやる。なにがあったとしても、私はお前の味方だよ。それにお前はずっとこの家にいていい。まぁ……」

「まぁ?」

「私が家賃を払えなくなったら出ていくしかないがな」

 そして彼女は笑いながら僕の頬にキスをした。

「ありがとう、マリーさん」

 笑顔になった僕を見て、マリーさんも安心した様子であった。そして僕たちはいつも通り、平穏な夕食を過ごしたのであった。

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