英雄の帰還
その日は、晴れた日だった。
とある場所――、カインズ王国の辺境にある山の上。
太陽の光が燦燦と輝くその山は、多くの生物たちが住まう場所である。しかし山頂付近のその場所には、そこが山の上だとは思えないほどに、生物がいなかった。
風の音と、木々のざわめきのみが広がっている。
――何故、そこに生物が近寄ろうとしないのか。
その疑問に答えるかのように、その場の空気が振動した。空間が歪む。空間の一部が割れ、その奥にどこかの風景が映っている。青い空と、緑の光景。
その奥から、何かが這い出てくる。
――それは人であった。一人の男――茶色の髪と瞳を持つ、黒いローブを身に着けた男。
「ナディア」
そしてその男は、すぐに後ろを振り向いて、その割れた空間へと手を伸ばす。その手を取って、一人の女性がその空間から出てくる。
黄金に煌めく美しい髪。ルビーのようにきらめく美しい瞳。
動きやすい緑色のワンピースを着た美しい女性は、ひどく美しかった。
その二人の男女は、『国落とし』、『破壊神』、『召喚師』――などの多くの呼び名を持つ、カインズ王国の英雄、ヴァン・サモナーと、『破壊神の逆鱗』、『破壊神の姫』などと呼び名を持つカインズ王国の元王女、ナディア・サモナーである。
「ディニーもおいで」
「ディニー、おいで」
二人が声をかけると、二人が出てきた空間の中から少しだけ不満そうな顔をしている一人の少女が飛び出してくる。
茶色の髪と、茶色の瞳を持つ、まだ小さな少女はその空間から出てくることが少しだけ不満なようだ。
「……皆と離れたくなかったんだけど」
「そう言うな。俺の召喚獣なら幾らでも呼び出せるから。それにディニーも、兄たちに会いたいって言ってただろ?」
ヴァンはそう言いながら少女、ディニーの頭を撫でる。
「そうよ。ディニー。ヴァンの召喚獣たちなら幾らでも会えるわ。他の子たちと会いたいのならばディニーが頑張ればなんとかなるわ」
ナディアもそう言えば、ディニーは顔をあげる。
「……うん」
ディニーは頷き、そして閉じられていく空間を見つめる。
「……またね」
そしてディニーは、「また会おうね」という願いを込めて、そう呟くのであった。
*
カインズ王国の王城。
その煌びやかな純白の城の、王の執務室で仕事をするのはレイアード・カインズである。
彼が執務室で仕事をしていると、慌てた様子で扉がノックされる。
何か問題でも起きたのだろうかとレイアードは顔をあげ、入室の許可を出す。
「……陛下、大変です!!」
「何があった?」
「……ヴァン・サモナーとナディア・サモナーを名乗る二人組と、一人の子供が王城を訪れています」
「……また、偽物か?」
ヴァン・サモナーとナディア・サモナーを名乗る人物は、彼らが行方不明になってから度々現れている。さすがに王城にまでやってくる偽物は今までいなかったが、偽物の噂は沢山聞いていた。その度にもしかしたら本物だろうかと調べさせていた。しかし全部空振りであった。
「……それが分からないのです。丁度、フロノス様たちもいませんし……」
「あー……なるほど。でも王城内には誰かしら二人を知っている人はいるだろう。本物だったら二人を待たせることにはなるが、偽物を中に入れるわけにはいかない。時間をかけてでもいいから――」
などと話しかけていたら、急に窓をコンコンと何かがノックする。
警戒したように報告をしていた者は警戒したようにそちらを見る。カーテンをめくれば、大きな鳥がそこにいる。
「……フィアか!?」
レイアードはその鳥を見た途端、声をあげて窓を開ける。
『レイアード、久しぶりだな』
それはヴァン・サモナーの召喚獣の一体――《ファイヤーバード》のフィアである。その鳥型の召喚獣は、いつもナディアの傍に居た召喚獣である。もちろん、ヴァンとナディアが行方不明になった時、共に姿を見せなくなっていた召喚獣である。
その召喚獣が此処にいるということは――、
「まさか、本物か!?」
この場に訪れているヴァンとナディアが本物だということ。
レイアードはそう叫ぶと、フィアにヴァンとナディアを連れてくるように告げる。
それからヴァンとナディアと、一人の少女がレイアードの執務室に顔を出す。
「レイアード様、久しぶり」
「レイアードお兄様、お久しぶりです」
ヴァンとナディアは、執務室に入るとそう言ってレイアードに声をかける。レイアードは昔と変わらない二人に安堵すると同時に、ナディアの後ろに隠れるように存在している一人の少女に目を向ける。
「ああ。ひさしぶりだね。無事でよかった。今まで何をしていたか聞きたい所だけど、それよりもその後ろの少女について聞かせてもらっていいかな」
「ええ。レイアードお兄様、この子はディニー。私とヴァンの第三子ですわ。ほら、ディニー挨拶を」
ナディアが自分の娘であるディニーを促せば、
「ディニー・サモナーです。よろしくお願いします」
と、それだけいってまたナディアの後ろに隠れてしまう。
レイアードは行方不明になっている間に、姪が増えていることに驚きながらも、無事に彼らが帰ってきたことにほっとする。
それからヴァンとナディアが行方不明になって何処に行っていたかという話になった。
「――俺とナディアは、異界に落ちました」
「は?」
その説明に対して、レイアードは驚いたように声をあげる。その言葉の意味が理解できなかったのだ。
異界からこの世界に落ちたものが魔物となって、この世界に根付くというのはあるが、逆は今まで観測されたことはなかった。
「異界に落ちていた?」
「はい。こう、ずぼっと。ナディアと一緒に落ちました。流石に俺も異界からこの世界に戻ってくる方法は分からなかったから時間がかかりましたけど」
「……そうか」
レイアードはヴァンとナディアが嘘をついたりしないことを知っているし、冗談でこんなことを言わないことも知っている。だから、ヴァンとナディアの言葉を信じた。
「……となると、ディニーは異界で生まれたのか?」
「ええ。ディニーは異界で生まれ、異界で育ちました」
――ディニー・サモナーという少女は、異界で生まれ、異界で育った。
それからしばらく話して、レイアードは三人につかれているだろうから休むようにと促すのであった。
――英雄の帰還
(英雄は、帰還する。妻と異界で生まれた娘を連れて)
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