異界育ちの娘

異界育ちの娘 1

 ディニー・サモナーは、まだ七歳になったばかりの少女だ。



 父親であるヴァン・サモナー譲りの栗色の髪と瞳を持つ、年相応の愛らしさを持つ少女。



 残念ながらというべきか、ナディア・サモナーの美しさは受け継ぐことなく、ディニーは全体的にヴァンにそっくりである。人込みにまぎれれば、見失ってしまいそうなほどに平凡である。



 しかし、彼女の育ちは平凡とはいいがたい。



 そもそも親が親である。このカインズ王国で英雄として名を馳せる父親と、その父親の逆鱗として知られる母親。それだけでも平凡とは言えない。



 ――それに加えてディニー・サモナーは、驚くべきことに異界で生まれ、育った少女だ。




 八年前、ヴァン・サモナーとナディア・サモナーは、二人でいる時に異界へと落ちた。そしてその異界で愛を育み、生まれた少女がディニー・サモナーである。

 さて、ヴァンとナディアが八年ぶりにカインズ王国に帰還し、ディニーも初めて人の世界へと足を踏み入れた。

 今まで異界で召喚獣たちとばかり接してきたディニーにとってみれば、人の世界というものは、不思議なものである。







 ――初めて会う、血のつながった兄だという存在のこともいまいち実感は湧かない。










 さて、カインズ王国に戻り、王城に顔を出した三人は、両親の知人たちへ挨拶をそこそこにサモナー公爵領に戻ることになった。召喚獣に乗って、そのまま真っ直ぐにサモナー公爵領を目指した。




 ヴァン・サモナーとナディア・サモナーがカインズ王国に帰還したという伝令がサモナー公爵領に伝わるよりも先にヴァンたちはサモナー公爵領に辿り着いていたわけである。サモナー公爵領は突然、巨大な召喚獣の影が見えたことで怯えたが、昔からこの領地にいるものたちはヴァンの帰還を悟った。




 《ファイヤーバード》のフィアという存在は、それだけこの場所では有名だったのだ。


 騒ぎが広まる中で、ヴァンはマイペースに自分の屋敷を目指した。その屋敷には、ヴァンとナディアの第二子であるアレキセイがいた。アレキセイは本来の姿になった召喚獣を見ることなど数えるだけしかないので、正直言って突然庭に舞い降りてきたフィアに恐怖したものである。



「わー、ヴァン兄、ナディア様、おかえりなさい!!」




 庭にアレキセイが顔を出せば、それはもう見た事がないくらいはしゃいでいるスノウがいた。スノウは嬉しそうにはしゃぎながら、ヴァンとナディアを迎えていた。

 ディニーは、スノウの話をヴァンたちから事前に聞いていたのと、元々召喚獣が大好きなのでスノウをキラキラした目で見ている。



 アレキセイは、帰ってくることがないと思っていた両親が普通に戻ってきて混乱している。




「――アレキセイか」

「まぁ、大きくなったわね。お母様に顔を良く見せてくれる?」



 ヴァンはアレキセイに気づいて声をかければ、ナディアはキラキラした目でアレキセイを見る。



 ……肖像画では見た事があるが、自分の記憶の中からはすっかり失われていた両親の姿に、アレキセイは混乱している。ナディア・サモナーが、記憶の中にあるよりもより一層美しかったからというのもあるだろうが。



 しかし、アレキセイははっとなる。



「な、なんだよ。八年もいなくなっていて!! お前ら、本当に俺の両親なのか??」



 反抗期真っただ中のアレキセイはそんなことを口にする。



「まぁ……」



 ナディアはそんな態度を今まで子供達からされたことがなかったので、そんな風に言って悲しそうな表情をする。



 傍に居たスノウとディニー、フィアは「あ」といった表情をする。ナディアを第一に考えているヴァンの行動が読めたからである。



 アレキセイは傷ついた顔を見て、悪いことをしてしまったかという良心の呵責にかられたものの……両親に複雑な思いを抱えているのでそのまま踵を返して、部屋に戻ろうとする。



 が、それは他でもないヴァンにはばまれた。

 一瞬で構築された魔法が、アレキセイを攫った。そしてヴァンとナディアの目の前に連れてこられる。




「な、なんだよ!!」

「おい、アレキセイ。ナディアを悲しませるな」




 この父親、息子のことは大切に思っているものの、やっぱり一番はナディアである。ナディアを悲しませる存在は息子だろうと許せないらしい。ヴァンに威圧されて、アレキセイは青ざめる。



『おい、謝った方がいいぞ。ヴァンはナディア様が大好きだからな』

「アレキセイ、ナディア様、悲しめる駄目」

「ヴァ、ヴァン、いいのよ? 私たちは確かに八年も帰って来れなかったのだもの……。アレキセイにそう言われても仕方ないわ」



 フィアとスノウの言葉の後に、ナディアはそう告げる。




 八年も子供達を放っておいて戻ってこれなかったのは自分だ。なので、アレキセイがキツイ態度を向けてくるのも当然であると思っているのだ。

 ちなみにディニーはこれが私の兄の一人かぁと他人事のようにアレキセイを見ていた。




「謝れ。ナディアを悲しませるな。俺もナディアも帰って来れなかったことは悪かったが、だからと言ってナディアを悲しませていいわけじゃない」

「は、はい。ご、ごめんなさい」

「よし」



 ヴァンはアレキセイが謝ったのを確認すると魔法を解除した。



(え、と、父さん、全然詠唱とかしていなかったんだけど!! 何でそれで魔法使えているんだ、意味が分からない!! 滅茶苦茶怖い!!)




 アレキセイは詠唱を行わないで魔法をこんなに簡単に使える父親に恐怖していた。


 そんなアレキセイをじーっと見つめるディニー。アレキセイは視線に気づいてそちらを見る。小さな少女が自分の両親の背後にいて、誰だ? といった視線を向ける。



「私、ディニー・サモナー。はじめまして、お兄ちゃん」



 挨拶をしなければと思ったのか、ディニーはアレキセイの目を見つめてそう告げるのだった。



 ――異界育ちの娘 1

 (異界育ちの娘は、兄の一人と初対面を果たす)


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