218.その少年の名について。

「ナディア!」

「ヴァン」



 ナディア・カインズが攫われて、救出されてから数日後、ヴァンはいつものようにナディアに話しかけていた。

 その顔は何処までも嬉しそうだ。



 婚約者であるナディアを救うためにヴァンがシザス帝国に攻め入り、勝利した事実は大陸中に広まっていた。それだけの事をヴァンは成したのである。

 ヴァンが急襲した後、シザス帝国からは即座に使者が来た。完全降伏と、お詫びをしたいという旨が書かれた書状と共に。



 余程、ヴァンの成した事が恐ろしかったのだろう。

 実際に、ヴァンがやってしまった所業を聞いたカインズ王国の者達も恐怖したほどだった。


 カインズ王国の国王である、シードル・カインズは、「ヴァンが我が国に居てよかった」と呟いたほどである。



 二十匹もの召喚獣を従え、一国を急襲し、そして勝利する。

 そんな事を可能としたヴァン。

 その名は、大陸中に広まっている。

 そして、それだけの事を成したヴァンには、多くの呼び名がついた。



 曰く、『破壊神』、『国落とし』、『召喚師』、『最強の魔法師』などといった風にである。


 『召喚師』という名だけでヴァンと結び付くほどに、ヴァンが二十匹の召喚獣を従えていたのは衝撃だったのだろう。そもそも、召喚師という呼び名で呼ばれるものは居ない。なぜなら、それだけ多くの召喚獣を従えられる者は居ないのだ。ディグ・マラナラも召喚獣を従えてはいるが、それでも、魔法師という呼び名である。ヴァンのように、二十匹も召喚獣を従える存在がおかしいのだ。



 そんな風に物騒な呼び名で呼ばれるようになってしまったヴァンだが、今はその呼び名が信じられないほどに満面の笑みを浮かべてナディアに話しかけている。




「ナディア、今度、またどこか出かけよう。俺、ナディアと色々なところに行きたい」

「そうね、私もヴァンと沢山の場所に行きたいわ」



 ナディアも笑みを零して、ヴァンの言葉に嬉しそうに笑っている。



 ナディアはヴァンがどれだけの事を成したのか、どれだけの事を起こせる力を持つのか、後から聞いた。当事者ではあったが、その場では目も耳も塞がれていて、何が起こっているかはさっぱり分かっていなかったナディアであったが、後からヴァンがどういう事を起こしたのか聞いた。

 でも、怖いとは思わなかった。

 ヴァンはナディアのためにそれを成した。

 ヴァンはナディアを取り戻すために、国さえも落とした。




 普通ならば恐ろしいと思う所かもしれない。でも、ナディアは恐ろしさよりも嬉しさと愛おしさの方を感じていた。

 ナディアは嬉しかった。

 そして、自分のためにそこまでするヴァンが愛おしいと思っていた。



 怖いよりも、嬉しいと感じていた。

 ヴァンが自分の事を大切に思って、それだけの事を成してくれた事が嬉しかったのだ。



「ねぇ、ヴァン……私、ヴァンに会えて良かったわ。私の事をいつも守ってくれてありがとう。大好きよ」

「……ナディアっ」



 ヴァンは感激したようにナディアの事を呼ぶ。



 ヴァンはナディアにありがとうと、大好きと言われて嬉しくて仕方がなかった。




「俺も、ナディアの事、大好き。だからナディア、今回は守れなくてナディアの事を危険な目にあわせてしまったけど、もう二度と、ナディアが危険な目に遭わないようにするから」

「ええ、ありがとう。ヴァン」



 そう答えながらも、ナディアは、あれだけやらかしたのだから、もうヴァンを敵に回そうとするものは居ないだろうと考えていた。



 カインズ王国内でも、近隣諸国でも、ヴァンを敵に回したらヤバイという事が広まっていた。


 それはそうだろう。あれだけの事を成した存在と誰が敵対しようと思うだろうか?圧倒的な力を持ち合わせる、化け物と言えるほどの強者。やろうと思えば、簡単に国を落とす事さえも出来る存在。

 そんな存在と誰が敵対しようとするだろうか?



(私にも……予想外の呼び名が出来てしまったし……)


 ナディアはそう考えながら、思わず笑ってしまう。



 ナディアには、『破壊神の逆鱗』とか、『破壊神の姫』とか、そういった呼び名がついてしまっていた。各国はヴァンがやらかした一件を知り、何が何でもあの存在を怒らせないようにしなければならないと、ヴァンの周辺を調べた。その結果、ヴァンがどれだけ、ナディアの事を大切に思っているのかというのをさんざんに知ったのだ。



 それに、ヴァンがシザス帝国を襲撃した原因がナディアだという事も知れ渡っており、そのような呼び名がついてしまっていた。

 逆鱗に触れたら、破壊神が暴れるという事実が広まっており、もうナディアに手を出そうとする者はいないだろうとナディアは冷静に考えている。



 しかし、ヴァンはそこまで考えていないのか、今度はないようにしなければと口にしていた。


 『破壊神』とその『逆鱗』は幸せそうに微笑み合っている。




 ―――その少年の名について。

 (そしてその少年の名は、大陸中に広まった)

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