212.VSシザス帝国について 5

 その街は未曽有の混乱に包まれていた。



 召喚獣を連れたヴァン達が街を襲撃し、邪魔なものを破壊しながら進んでいく。

 そんな中で、領主が地下に隠し持っていた合成獣達を街中にも関わらず出現させた。



 混乱に包まれている中で、ヴァンは平然としている。




 犬の頭部を持つ四足で駆ける合成獣が《ブリザードタイガー》のザードの上に乗っているヴァンを目掛けて跳びかかる。



『主様に襲い掛かろうとするなど、知性も持たぬ獣風情が』




 ザードは吐き捨てるようにそう言い放つと、唸り声をあげる。それと同時に出現するのは、美しき氷である。透き通るような透明度を持つ、先が尖った氷が無数にも出現する。

 《ブリザードタイガー》のザードの氷魔法によって出現したものだ。その無数の氷は、合成獣へと襲い掛かる。



 その合成獣はいくつもの魔物を組み合わせて作られ、様々な効能を引き継いでいたものの、魔法を使う事は出来ない。そのため、その氷の魔法を上手く対処する事は、その獣には不可能だった。氷の刃が、その獣へと突き刺さっていく。

 大量の血を流すその獣にザードは、とどめを刺した。



 その頃にはもう他の合成獣達も、ヴァンの召喚獣達によってとどめをさされていた。



 絶命している。

 ヴァンが魔法で手助けをしながらというのもあるが、これだけの短時間で合成獣の命を奪う事が出来る存在なんてそうは居ない。

 領主の館からその様子を見ていた領主は、顔を青ざめさせた。




「あ、あれはなんだ……」



 目の前でいとも簡単に合成獣達の命を奪った存在が信じられなかった。

 シザス帝国の最新の技術を使って生み出された合成獣。

 帝王からの信頼の証として下げ渡された存在が簡単に命を失っていった。




 だからこそ、彼は信じられない。

 目の前の光景が事実だとは思えなかった。だけれども、何度瞬きをしても目の前の光景は変わらない。気が付けば、その領主は恐怖心からか叫んでいた。




「に、逃げる。私は今から逃げる! あ、あんな化け物と対峙なんてしてられるか!!」



 思わず、叫んでいた。



 領主はヴァンが何者なのか、正しくは把握していない。そこまで考える余裕が、領主にはなかった。しかし、ナディアやビィタリアをこの国が攫った事実を知っている。だからこそ、あの化け物はおそらく、その報復に来たのだろうという事は把握出来た。



(あの化け物は私がそれに関わっている事を知っているのだろうか?私は二つの王国の王女を攫う事に賛同してしまった。それを知っていたら——)



 そう考えて、領主は寒気を感じてならなかった。


 この領主は、帝王や皇太子から王女を攫う計画とそれに伴う色々な事を聞いた時に、すぐさま賛同していた。

 彼としてみれば、合成獣の研究を知っていたため、その合成獣がいればどうにでも出来ると踏んでいた。それに加えて、魔法を使えなくしたり、召喚獣達を強制的に送還させる魔法具が完成していたのを知っていたので、負けるはずがないと思い込んでいたのだ。



 ――通常ならば、ヴァンという規格外な存在が居なければその思い込みは正しいと言える。



 ヴァンが規格外すぎたからこそ、今の光景があるだけだ。通常ならばこれだけの召喚獣を従えられる事はありえない。そして五匹も顕現させられる事はありえない。あれだけの魔法を魔法師の弟子だからと使える事はありえない。



 そのありえない事を可能にするのがヴァンである。

 逃げようと領主は慌てたように、屋敷の者達に指示を出す。

 しかし、彼が屋敷を後にする事は叶わなかった。



 屋敷が崩壊した。

 中に居る者達は誰一人死んでいないが、それでも一瞬で足場が崩壊して、今まで居た場所が壊れているのだ。恐怖以外ないだろう。



「ななななな、わ、私が計画に賛同したことを知っているのか!!」



 そして、領主は愚かにもそんな事を叫んでしまった。



 今まで邪魔になっているあらゆる建物を崩壊させながらこちらに向かってきた事実など領主は知る故もなかった。なので、自分がナディア達を誘拐する計画に賛同したためにこういった事を起こされたのではないかと勝手に思い込んでしまった。

 そして混乱する頭で叫んでしまったのだ。


 自分が破滅に向かう、一言を。



「あぁ?」



 その言葉が耳に届いたヴァンは、召喚獣達に止まるように指示する。



 そして、ヴァンは、破壊された屋敷の残骸のすぐ側に座り込んでいる男に視線を向ける。領主は「ひっ」という声をあげて、震えている。

 しかし、震えていようがヴァンには関係がない。




「計画に賛同したって、ナディアを攫う計画に同意したって事?」



 震えている男は、ヴァンに睨まれて震えながらこくこくと頷いてしまう。殺気を帯びた魔力が、あたりに漂っている。それは、魔法を使えない領主にもわかるほどの濃厚な魔力。




「へぇ? じゃあ、死ね」


 ヴァンはその言葉を聞かなければ領主を殺すつもりはなかったが、その言葉を聞いたからには領主を生かそうという選択肢はなかった。



 その一言と共に、魔法を行使してヴァンは領主の首をはねた。悲鳴が上がる中、ヴァンは召喚獣達に走り出すように指示を出して、帝都に向かって走り去っていった。

 ヴァンが去った後も、その街は大きな混乱に包まれる事になる。


 ―――VSシザス帝国について 5

 (帝都に隣接する領土にまで迫った少年は、ただ帝都を目指す)

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