第八章 婚約騒動と二人の関係

165.二人の穏やかな日常について

 カインズ王国内で起こっていた誘拐事件は解決した。解決をしたのは、『火炎の魔法師』の弟子である少年。そして、その事件を起こしていたのはシザス帝国という隣国の者達。それと同時にカインズ王国の魔法棟に迎えられた異形の少女。カインズ王宮内では———いや、シザス帝国の手が回っていた国々の中枢部では、慌ただしい対策会議が繰り広げられていたりする。




 そのような中でも、事件を解決に導いた少年———ヴァンは相変わらずのマイペースである。

 そもそも彼が事件を解決させたのは、誘拐された者を助けたいという気持ちがあったとか、正義感とか、そういうことではない。彼はただ好いている少女――ナディアが友人を助けてほしいと望んだから手を差し伸べた。それだけのことである。

 だからこそ、結果的に手元に置くことになった異形の少女——スノウに関しても特に関心はない。



 スノウと名付けられた少女のことを、ナディアは笑顔で受け入れた。

 確かに見た目は人間とは異なるが、実験による被害者なのだと聞いていたから。



「なに、この雌」

「ナディアに何言ってんの?」



 強い者に従う。そんな魔物としての本能の強いスノウは、初めてナディアを見た時、強い雄であるヴァンが強くないナディアを大事にする気持ちも分からなかった。失礼な態度を取って即座にヴァンに魔法で沈められてしまった。

 その結果、ナディアのことを大切にしないとヴァンが怒るということを理解したらしく、ナディアのことを大切に扱うようになった。



 本人曰く、「ヴァン兄、怒るやばい」ということらしい。ちなみにヴァンとフロノスのことをスノウはそれぞれヴァン兄、フー姉と呼ぶようになっていた。本能でヴァンの事を怒らせたらやばいということを、戦って、負かされて、身を持って実感していたらしい。そんなわけでスノウは現在、おとなしく過ごしている。

 スノウの事はいつ暴走するか分からないということで危険視されているが、そこはディグが抑えている。国王や王太子もディグの「逆らう気なさそうだし大丈夫だろ」という一言で納得していた。



 国王や王太子、宰相といった国の上層部もヴァンの事を重要な存在として認識している。だからこそ、ナディアと結婚させて国に繋ぎ止めるのが一番良いのではないかという認識に至っている。が、本人であるヴァンは一切そういうことを考えていないのが現状であった。



「ナディア」



 今日もヴァンはナディアに嬉しそうな声で話しかけている。ヴァンのナディアを呼ぶ声は何処までも弾んでいる。

 ヴァンにとってナディアの名前を呼べること、傍にいられること、それだけで嬉しくて仕方がなかった。



「ヴァン」



 ナディアもヴァンの名前を呼んで笑みを零す。



「ナディアは今日何してたの?」

「私は今日は内政の勉強をしていたわ」

「難しそう……」

「難しいけれど、この国と他国の関係とかそういうことをちゃんと把握していた方が良いのよ」

「俺もそういうの勉強したほうがいいのかな?」

「最低限は勉強していた方がいいとは思うわ。でも大丈夫よ。私がヴァンの代わりに引き受けるから」

「うん?」



 ヴァン、それは案にヴァンとずっと一緒に居るという事を示しているのだがヴァンは不思議そうな顔をしている。ナディアはヴァンの代わりに全て引き受けようと思っている。父親である国王からヴァンと結婚するのはどうかという話を前向きに受け止めている。ヴァンという存在をカインズ王国に引き留めるための話だが、ナディアはヴァンの事を好ましく思っているので問題はなかった。



(でもヴァンは……まだそういう事を考えて考えてなさそうなのよね。王侯貴族だと幼い頃からそういうことを考えるでしょうけど、平民出身ではそんな風にあんまり考えないだろうから)



 ヴァンはナディアの事を好いている。大切に思ってくれている。その事実を、ナディアは知っている。だけど、婚約とか結婚とかそういう事をヴァンは考えていないとナディアは理解している。

 事実、ヴァンは只ナディアの側に居たいとそればかり考えているだけで、婚約も結婚も一切頭にない。


 王族と、平民。

 身分が違う事を理解しているが、自分がどれだけ特別なのか、自分の力があればナディアと結婚することも夢ではないことは理解出来ていないのがヴァンらしいというべきか。




(これからももっと色々事をやらかすだろうヴァンに、相応しい王女。私の目指すところはそこだわ。ヴァンのためにも頑張りたい)



 ナディアはヴァンのために頑張りたいと心から思っている。

 召喚獣を大量に従え、魔法を使いこなす。そんな才能あふれるヴァンの隣に並べるぐらいになりたいと望んでいる。



「ヴァン、私頑張るわ」

「うん?」



 ヴァンはナディアが何を頑張るのか分かっていないのだが、頷いていた。




 ―――二人の穏やかな日常について

 (二人はのんびりとした穏やかな会話を続けるのだった)

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