142.第一王女様とザウドックについて 2

 残されたザウドックは、立ち尽くしていた。

 フェールはもう後ろ姿さえ見えない。



(逃げられた。え。俺、振られた? フェール様に逃げられたってことは脈なし? フェール様を困らせてしまった?)



 ザウドック、逃げられて混乱中である。



「ザウドック、さっき凄い顔した第一王女とすれ違ったが、何かしたか?」


 いつの間にか現れてそう問いかけてきたのは、ルクシオウスであった。ルクシオウスは何かあったことを期待して、面白そうに笑ってザウドックのことを見ている。



「……何かって」

「大方勢い余って告白でもして逃げられたってところか?」

「……っ!?」




 ルクシオウスに言い当てられてザウドックは表情を変える。

 ルクシオウスは自身の弟子で、養子である少年のそういう態度に相変わらず愉快な気持ちになっていた。




(ザウドックの顔色は悪い。大方、逃げられて脈なしとか考えているんだろうな。さっきすれ違った第一王女見る限り、そうではないと思うが)



 そう考えながらザウドックのことを、ルクシオウスはまじまじと見る。



 ザウドックは見た目も悪くはない。加えて『雷鳴の騎士』と呼ばれるルクシオウスの弟子で将来有望な存在だ。何れ、英雄と呼ばれるに至れる可能性を十分持ち合わせた少年である。将来有望なザウドックと縁つなぎになりたいと考えているものはそれなりにいる。そういう存在であるのならばもっと自分に自信を持ってもいいだろうに、フェールに振られたのではないか、脈がないのではないかと自信がない様子がルクシオウスには面白く思える。



「ザウドック、何でお前はそんな情けない顔をしている」

「なんでって……」

「お前は、誰の弟子だ?」

「『雷鳴の騎士』―――ルクシオウス」

「俺の弟子ならそんな情けない顔は曝け出すな。そしてもっと自信を持て。そもそも脈なしだろうが、振られたかもしれないとしても、可能性がゼロではないなら押して押して押せばいいだろ? お前は俺の弟子なんだから、王女だろうと十分落とせる可能性は高いんだから」



 これがただの少年であったのならば王女と恋仲になったとしても、結婚するのは難しかっただろう。でもザウドックはただの少年ではなく、あの『雷鳴の騎士』の弟子である。フェールと恋仲になれたのならば、結婚に持ち込むことは十分出来る。




(……第一王女は恐らく戸惑っていただけだろうしな。さっきすれ違った時、困惑していた表情だった)



 ルクシオウスは先ほどすれ違ったフェールのことも考える。フェールはいつもの王女様然とした表情をすっかり潜めて、年相応の少女らしい表情を浮かべていた。思いを伝えられて困惑している様子がすれ違ったルクシオウスに見てとれるぐらいだった。



「……ああ、俺頑張る! 逃げられたのはショックだけど、嫌いって言われたわけでもないし、頑張る!」

「ああ、そうしろ」



 と、そんな風にザウドックとルクシオウスが会話を交わしていたら、目の前からヴァンとナディアが歩いてくるのを二人は目撃した。



 ヴァンとナディアは親しげに横に並んで歩いている。その周りにはヴァンの召喚獣たちの姿が見える。その後ろにはナディア付きの侍女達も居る。

 しかし遠目で見ても二人の世界、なんてものを作っているのが見て取れる。ヴァンはナディアに心の底から嬉しそうに話しかけていて、そんなヴァンをナディアは穏やかな笑顔で見つめている。




「………ルクシオウス、俺もああ、なりたい」

「いや、ザウドック、あの二人は両想いではあるだろうが、恋人ではないらしいからな」

「……なんでだろう」

「……さぁな。まぁ、ヴァンみたいな才能を他国にやるわけにもいかないと第三王女との婚約の話が進んでいるらしいが」



 ヴァンはナディアと両想いであるとか、そういうことを思い至っていない。知らぬのは本人だけで、ナディアとの仲の良さは広まっているし、婚約の話が進められているのであった。




「いいなぁ……。俺もフェール様と一緒にあんな風に仲良くしたい!」

「じゃあ、仲良くできるように押して押して押しまくれよ」



 ザウドックは逃げられたから脈なしという思いもわいているようだが、ルクシオウスからしてみれば寧ろ脈ありなので、押せばなんとかなるだろうと考えての助言である。



(しかし俺より先にザウドックの縁談がまとまるかもしれないか……。国に帰ったら陛下たちに縁談をすすめられそうだ。結婚に夢なんて見てないが、めんどくさい女とは結婚なんてしたくないしな)



 トゥルイヤ王国の国王や重臣たちは国の英雄であるルクシオウスに度々縁談をすすめていた。毎回興味がないルクシオウスは断っていたのだが、今回ザウドックがフェールとの婚約でも決まれば、縁談を国王が持ってきそうだと考えて、ルクシオウスはそれだけは面倒だなどと小さく溜息を吐くのだった。



 そんなルクシオウスの目の前では「俺、フェール様のところへいってくる!」と気合を入れるザウドックがいたのであった。




 ――――第一王女様とザウドックについて 2

 (『雷鳴の騎士』とその弟子は会話を交わし、ザウドックは頑張ることを決意する)


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