98.翌朝のフロノスについて

 ポリス砦に到着した翌日、フロノスは朝早く目を覚ました。

 普段から早起きをしているフロノスだが、今日は一段と起きるのが早い。



(……召喚獣か)



 ディグから召喚獣を召喚してよいと許可をもらえた事もあって、フロノスは珍しくうずうずしている。



 ヴァンがディグの弟子になってからというもの、前より一層召喚獣がほしいという気持ちがフロノスは大きくなった。自分の師と弟弟子が召喚獣と契約をしているというのに、間に立つフロノスが召喚獣と契約をしていないというのは正直複雑な気持ちになって仕方がなかった。



 自分も召喚獣がほしいという気持ちが日に日に高まってきていた。召喚獣というものは一般人たちにとっては、遠い存在である。しかし、フロノスはそうではない。近くに召喚獣が存在しているからこそ余計に召喚獣という存在に焦がれてしまっていた。

 砦の中に与えられた部屋。そこのベッドの上で、珍しくうずうずしているフロノスは転がっている。



(どんな召喚獣だろう。どんな子が、私の呼びかけに答えてくれるんだろう。どんな子が私と契約を結んでくれるんだろう)



 ずっとそればかりをフロノスが考えてしまうのも無理もない事である。

 召喚獣はそれだけ魔法師にとっては重要な存在であり、それだけ特別である。



(いつ、召喚させてもらえるかな。ディグ様はここについたらっていっていたけれど、今日かな、明日かな。それとも、もっと先かな? でもどちらにしてもはやく、召喚獣に会いたい)



 どうしようもなく、フロノスの心は高揚している。自分と契約をしてくれる召喚獣に早く会いたいとその心が叫んでいる。



(……まだ、朝早いし、ディグ様はどうせ起きていないよね。起こすのも……あれだし。落ち着くためにも体を動かそう)



 ベッドに座り込んで、落ち着かない自分を思ってそう思考する。

 与えられた部屋の外に出る。まだ朝早い時間だからか、人の気配はあまりしない。しかし、ここは国境の隣する砦である。

 警備の兵士たちはもちろん存在している。

 フロノスが「おはようございます」と挨拶をして外に出る。

 開け放たれた鍛錬の出来そうな場所まで来ると、腰の長剣を引き抜く。



(私がヴァンに勝てる所なんて、剣の腕ぐらい。魔法や召喚獣を使われたらどうあがいても勝てない。でも――、そこで立ち止まってなど居られない)



 勝てない。それはどうしようもない事実だ。

 ヴァンはそれだけの才能を有している天才であり、それだけの事をなしてしまう存在がこの世にいるのはどうしようもない事実なのだ。




(強くはなれる。私はまだまだ弱いから。もっと、ディグ様の弟子として相応しく、ヴァンの姉弟子として相応しくありたい)



 あれが『火炎の魔法師』の弟子か、などといわれてがっかりされたくない。フロノスはそう考えている。



(もっと、もっとはやく――)



 長剣を振るう。一心に、敵を想定し、動く。

 その年頃にしては洗練され、十分だといえる動き。だけど、フロノス・マラナラは満足はしない。

 もっとはやく動けるように、イメージをする。一心に体を動かす。



「ふぅ」



 しばらく体を動かし、息を吐く。

 そうしたらパチパチパチと何処からか拍手が聞こえてきた。フロノスが驚いてそちらを振り向けば、ユイマ・ワンがそこにいた。



「流石、ディグ様の弟子ですね」



 笑って、彼女はそう告げる。

 しかし、その言葉をフロノスは素直に受け入れはしない。



「いえ、私なんてまだまだです」

「あれだけ動ければ十分だと思いますよ?」

「いえ、駄目です。私はディグ・マラナラの弟子で、ヴァンの姉弟子ですから」



 普通ならこれだけ動ければ十分だ。優秀な分類だ。だけど、その二つの肩書があるからこそフロノス・マラナラは満足しない。



「ディグ様はわかるけれど、ヴァンさんはそれほどまでに?」

「……ヴァンは、天才です。その才能はディグ様以上あるでしょう」

「ディグ様以上に?」



 信じられないといった様子を浮かべるユイマ。それも仕方がない事である。ディグ・マラナラはこのカインズ王国最強の存在である。稀代の天才といわれている存在。だというのに、その上を、ヴァンは行く。



「魔法師としての才能、召喚獣を従える才能―――、その二つがヴァンにはありますから。だから、私はディグ様の弟子として、ヴァンの姉弟子として相応しくありたい。もっと頑張らなければ、私は二人においていかれてしまう。名前だけの、こけおどしの存在みたいになってしまう」



 決意に満ちた表情でフロノスは言い放つ。

 師と弟弟子。最強と天才に挟まれたフロノスは、おいていかれたくはない。

 だからこそ、それなりに優秀なだけではダメなのだ。



「そう、なのですか。でしたら、私が稽古をつけましょうか? 剣の腕は自信があるの」

「本当ですか? 嬉しいです。お願いします」



 フロノスは嬉しそうに笑って頭を下げる。

 それからディグが起きて止めに来るまで二人は剣を交わすのであった。




 ―――翌朝のフロノスについて

 (目を覚ましたフロノスはうずうずを収めるために鍛錬をし、ユイマと会話をする)

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