39.パーティーの最中に起きた事について

 ディグ・マラナラとフロノス・マラナラはナディアが久しぶりに参加するというパーティーに参加していた。



(ナディア様は最近ヴァンのためにって頑張っているっていう話だったけど、本当に礼儀作法とかもちゃんとできているな)


 ディグは遠目にナディアの事を視界に留めて、そんなことを思う。



 十歳にしては完璧なほどの作法をこの場で懸命に見せているのは全てヴァンのためであるという事を思ってディグは口元を緩めた。



 ディグにとってナディアは当初面白みの欠片もない少女であった。気を留める必要は特にない、ただ国王が可愛がっているが故に甘やかされて生きている少女。

 そんな認識だったというのに、その実は違った。中身は色々ずれていると言えるだろう。だってヴァンの召喚獣に常に守られている状況を平然と受け入れているし、甘やかされていようともナディアはこの王宮で生きてきた少女である。それでいて、側妃たちからの嫌がらせも多くあり、それに対する対処もしているうちに、現実を知っている少女になり得たのだろうとディグは考える。



(ナディア様のことも、ヴァンの事もこれから見ていたら楽しそうだ)



 最近何も起こらず退屈をしていたのだ。彼の英雄は。故に、ディグはヴァンという面白い存在を弟子にできた事も喜んでいたし、ナディアが予想以上に面白い変化を見せていることも大変面白がっていた。



「……ディグ様、なんか悪い顔しています」

「なんだよ、フロノス。俺はこれからを思って楽しいだろうなと考えているだけだぜ?」




 ディグがフロノスに向かって、それはもう楽しそうに笑みを見せればパーティーに参加していた異性たちが騒ぎ出すのがフロノスにはわかった。



 フロノスは、弟弟子とその思い人の事を楽しんでいる自身の師を見る。

 その見目は、整い過ぎていて、美しすぎていて、近寄りがたさすら感じるほどだ。

 美しいだけではなく、王国最強の魔法師という肩書を欲しいままにしているのもあって、未だに未婚のディグを狙っている者たちは多くいるのをフロノスは知っている。



(最も……ディグ様はそれなりに女性にだらしないですけど。英雄色を好むというけれど……)



 表沙汰にならないようにひっそりとだが、ディグは年頃の男であるのもあってそれなりに女性と関係を持っている。ディグと遊びでいいから関係を持ちたいという女性は多くいるものである。弟子であるフロノスはそのことを知っていた。


(しかし、ディグ様は結婚するのも大変です。関係を持っている女性たちに負けたと思わせるような女性ではなければ、色々と大変でしょうし)



 じっとディグの事を見つめそんなことを考えてフロノスはため息をつく。



 そんなフロノスにも、それなりに視線は向けられている。フロノスは絶世の美少女というわけではないが、それなりに整った顔立ちをしている。それに加えて《火炎の魔法師》の一番弟子ということで、周りからしてみてもコネを持ちたい相手として認識されてもいた。



(ヴァンも、きっと大変ね。ディグ様の言うとおり、ただの王宮魔法師の弟子でヴァンは終わらない。現状ちらちらとこちらに視線を向けてくるのは、ヴァンの事を気にしているというのもあるでしょうし……)



 ちらりと、ナディアの方へと視線を向けてフロノスはそんなことも考える。



 ヴァンはただの王宮魔法師の弟子として終わるはずがない、と確信している。あれだけの力を持っていて、それでいてナディアを守るために強くなると気合いを入れているのだ。カインズ王国の第三王女であるナディア・カインズを守るということはそれだけ注目される位置に行くということ。


 現状でさえも、新しく《火炎の魔法師》の弟子となり得た平民の少年に対する貴族たちの好奇心はとどまることがない。



 フロノスの視界の中で、ナディアは第一王子と第二王子との会話を終え、近づいてきた貴族たちと会話を交わしていた。

 フロノスはナディアの事を年下だというのに、綺麗な人だと思う。将来が楽しみになるような美しい人だと。



(でもヴァンがディグ様ぐらい、ううん、もっともしかしたら有名になったら美しいだけじゃどうしようもなくなる。その可能性を考えてナディア様は頑張ろうとしているのだ)



 実力的に考えれば、将来的にディグ以上に有名になることは目に見えている。

 そのためにナディアは頑張ろうとしている―――、そのことは知っていた。ディグが楽しそうに話していたからだ。


 個人的な意見を言えば、フロノスはナディアのそういう一面をしって好ましいと思っていた。ほとんどかかわった事はないけれども、それでもナディアはヴァンにふさわしくありたいと一生懸命だ。それはヴァンも同様だ。

 年下の二人がそうやって一生懸命頑張ろうとしている様子は素直に応援したくなるものだった。



(ナディア様、私は応援してますからね)



 と心の中でエールを送っていた中で、それは起こった。



 突然、ナディアの後ろに居た貴婦人がグラスをななめに向けたのだ。遠目に見ていてわかる。わざとだ。

 グラスの中に入っていたワインは、ナディアへとかかるはずだった。



「あら、ごめんな―――ってなんでかかっていないの!?」



 わざとナディアにワインをかけ、恥をかかせようとした貴婦人は思わずといったように叫んだ。それでは自分がわざとかけようとしたと公言しているようなものだが、本人としてみればそれどころではないのだろう。

 ナディアにワインは一切かかっていなかった。まるでナディアの前に壁か何かが出来たかのように、はじかれ、床へと落ちて行ったのだ。



 ナディアもナディアで、かかるはずのワインがかかっていないことに驚いていたが、


(こんなことをできるのは召喚獣たち以外いませんわね。別にワインぐらいかかったところで命に別状はないというのに、過保護ですわ)



 などと考えながらも、姿は見えないけれど確かに彼らは守ってくれていて、離れているけどヴァンが守ってくれているのだと思うと嬉しかった。



「ふふ、私には守ってくれる騎士様がいらっしゃいますもの」



 ナディアは、その貴婦人に向かって微笑みかけた。美しい笑みを浮かべるナディアの事をパーティーに参加していた人々が興味津々で見ている。



「だから」



 そしてナディアは笑みを浮かべたまま告げた。



「私に何かしようとする人がいてもその刃は私に届く事はないんですわ」



 貴婦人を見たまま告げたかと思えば、ナディアは視線を側妃二人――アン・カインズとキッコ・カインズへと向けるのであった。


 それは暗に、今までの嫌がらせは何もナディアには届いていないと、何も意味はなさないとそれを告げる、宣戦布告のようにさえ事情を知るものには思っただろう。



 ナディアの視界の中で、二人が顔色を変えるのが見えた。

 今まで相手にするのも面倒で、おとなしくしていようと思っていたからそんな風に告げる事はなかった。だけど、ナディアはヴァンに相応しくあるために、守られるに相応しい王女になるために表舞台に立つ事を決めたのだ。

 いつまでも、好き勝手にされているわけにはいかない。



(でも結局ヴァン様の召喚獣の力を借りてしかこうやって告げることも出来ないっていうのはなんだか嫌ですわ。もっと、頑張らないといけませんわ)



 そんな風に考えながらもナディアは興味を失ったとばかりにアンとキッコから視線をそらすのであった。


 そして、ナディアがヴァンがどういう状況にあったかとかそういう事情を知るのは、パーティーが終わってからのことになるのだった。




 ―――パーティーの最中に起きたことについて。

 (第三王女様は牙を向く。表舞台に立つことをきめ、おとなしく過ごすことをやめることを決意したから)

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