3.幼馴染の女の子について。
「ヴァン! あんたまた抜け出したんですってね! 毎回毎回何処にいっているのよ」
いつものようにヴァンが家の手伝いをしていれば、そこにやってくる一人の少女が居た。
少しキツイ印象を人に与える吊り目の、赤茶色の髪を持つ少女。名をビッカという。
ビッカはヴァンの家の隣にある花屋の娘である。親同士も付き合いの長い友人同士であり、二人は所謂幼馴染という間柄であった。
抜け出して何食わぬ顔をして戻ってくるヴァンを怒るのはいつもヴァンの母親と幼馴染のビッカの仕事であった。
ヴァンは興味なさ気にビッカの方へと視線を向ける。ヴァンにとってビッカは面倒だという認識のある腐れ縁な幼馴染であった。
「何でビッカに言わなきゃならないんだよ」
そう口にしながらも、視線をガラス細工の方へと向ける。
(そもそも、ナディア様の所に行っているなんて言えるわけない。平民の俺が王族に会いに行っているなんてばれたら大変だ)
などと思っているが、実際それは大変所の騒ぎではない。王宮仕えの魔法師に悟られる事なく王宮に侵入し、何食わぬ顔で戻ってくるなんて本来ありえない。あってはならない事である。
ナディアに対する初恋の気持ちを、ヴァンは召喚獣たち以外には告げていない。誰も、その気持ちを知らない。
「何よ、その言い方―――、私はあんたが何かやらかしているんじゃないかって心配しているのよ! 目を離すと何処かにいって、しかもどこに行ったか言わないなんて人に言えない事しているんじゃないでしょうね?」
ある意味人に言えない事である。
ナディアの元へ誰にも知られないように行き、そして誰にも知られないままに戻ってきているなんて言えるわけがない。
「……煩い」
ビッカに対して、ヴァンは面倒そうに口を開く。
ヴァンは幼馴染であるビッカに対して、特別な感情は抱いていない。ただの腐れ縁の、長い付き合いという認識しか存在しない。構ってほしくない時にでも話しかけてくる、触れてほしくない所に触れてくる。
そして何よりも面倒だと思う事は―――、
「もう、私はあんたの幼馴染なのよ! 私にぐらい言ってくれてもいいじゃない!」
自分は幼馴染で長い付き合いだから特別だ、なんでもヴァンは話してくれるはず、などと勘違いしている事である。
「………」
ヴァンはめんどくさそうにビッカの事を一瞥すると、すぐに視線を炉の方へと向ける。
それがまたビッカには気に食わないらしい。
「私の話を聞きなさい、ヴァン!」
「聞いて居る」
「じゃあ答えなさいよ! いつもいつも何処かにいって! おばさんたちも心配しているのよ」
「ビッカに関係ない」
幼馴染の女の子にぐらいもっと優しくしてやれよ、と見て居るもの言ってしまいたくなるほどにヴァンはビッカに冷たかった。
しかしヴァンからしてみれば初恋の現状や、ナディアに対する思いなどをビッカに告げる気など欠片もなく、平民でありながらナディアにそういう思いを抱いている事や王宮に忍び込んでいる事も誰にも言うつもりはなかった。
そもそも言ったら大変な事になってしまうだろうとわかっているし、ヴァンがビッカをそういう誰にも話せない秘密を共有するほど親しい仲だと思っていない事も理由だろう。
色々と酷い。
しかしこのヴァンという少年、基本的に何にも執着せず、人に関心がなかった。それなりに人付き合いしているものの、基本的に自分から話しかける事はないため交流関係は狭い。
「なによ、その言い方。酷い!」
そんなことをいって、ビッカが飛び出していくのを見てもヴァンの関心はビッカには向けられない。その瞳に涙さえ浮かべているというのに一瞥もしないため、それに気づいてさえいない。そして、もちろん追いかけない。
何でビッカはこんなやつを気にかけているのだと思えるほどに色々と酷い。しかしそれがヴァンである。
『主様、あの女不愉快ですな。主様が真面目にお仕事をなさっている中であのように騒ぎ立てるなど』
いつの間にか足元にすり寄ってきたスエンは、そんなことを念話で送ってくる。
ヴァンの召喚獣たちからしてみても、ビッカという少女はそういう評価であった。何せ、召喚獣たちにとってみて唯一絶対の契約者を不愉快にさせている存在なのだ、それも無理はないだろう。
ヴァンと契約をしている召喚獣たちは基本的に色々とおかしいヴァンの事を崇拝していたり、自称平凡な主人を面白がってたりしている輩ばかりなので、ヴァンの関心がない相手にはとことん酷い。
『小生、あの女を始末しましょうか?』
「物騒な事を言うのはやめろ」
間をおかずにちらりとスエンに視線を向けたヴァンは言う。
「大体、犯罪者にはなりたくない」
『小生、証拠を残さず始末できますが』
「だから、やめろって。色々面倒な事にもなる。それに俺はお前たちをナディア様のため以外に使う気はない」
この場に誰も居ないのをいいことに口に出して、スエンに告げる。
そこにはビッカが死ぬ事に対する負の感情は一切ないようであった。何ともビッカが可哀想に思えてくる話である。
しかしビッカが幾らヴァンと親しいと主張していようか、ヴァンからしてみればビッカの存在はその程度のものなのであった。
――――幼馴染の女の子について。
(ガラス職人の息子は幼馴染の女の子に興味がない)
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