第6話 俺が、助けます。
自身の選択が、俺にとって悔いが残らない選択なのか確認する。
「俺は……」
問題ない。俺はこっちを選ぶ。というか、こっちしかないだろ。
再び決意を固め、俺は彼女に言う。
「後者でいいよ」
「……は。え? ……えぇ!? 後者はずーっとここに居るんですよ? いいんですかそれで!?」
おー。最初の無機質さなんてつゆ知らずの様子で盛大に慌てていらっしゃる。なんか可愛いな、この人。
「うん。そっちでいいよ。俺は望んで死んだんだからな。今さら生にしがみつく謂(い)われがないし、その機会は生を望む誰かに譲(ゆず)ってやれよ」
自分勝手に死んで、自分本位で生き返るのは、さすがに我儘(わがまま)が過ぎると思う。
俺が自分の選択に満足していると、招く者さん(可愛い)が言い募(つの)ってくる。
「ま、待ちなさい。そっちはダメです!」
「え、ダメなの?」
「ダメです! 前者を選びなさい!」
えー、なら最初から一択にすればいいのに。というかダメってなんだよ、やっぱ可愛いなこの人。
「どうして後者はダメで、前者はいいんだ?」
「そ、それは……言わなくてはいけないでしょうか?」
言いよどんでいるみたいだ。少し揺さぶってみるか。
「もし、理由を言ってくれたら……前者を選択する事を前向きに検討する余地が生まれる可能性が存在するかもしれませんよ?」
「それ、私が言っても選択を変える気ないですよね?」
顔が見えていたら、彼女はジト目してんだろうなー。
……まあ、話を聞けば本当に気が変わるかもしれない。
「とりあえず話してくれ。そしたら俺も考え直す」
「……分かりました。約束ですよ?」
渋々(しぶしぶ)といった感じだが、とりあえずは話してくれるようだ。
彼女がなぜ前者を望んで後者を拒むのか。彼女の話を聞いていれば、おのずとどちらの理由も分かるだろう。
「話をする前にひとつ、あなたに言っておきます。……私はあなたよりもずーっと年上です。年上には敬意をはらいなさい。失礼ですよ!」
「は、はい……」
あれ? 俺、今怒られたのか? まさかこの状況で説教されるとは思わなかった。
「よろしいです。……では、あなたが後者を選ぶのがダメな理由ですが」
俺が唖然(あぜん)としていると、彼女はうむうむとか言いながら満足したのか、俺の質問に答えていく。
「まず、全ての死者が私に会える訳ではありません。こんなに長い時を経(へ)ても、あなた一人としか私は会えていないのです。詳しくは存じませんが、あなたは私と縁(えん)があるということです」
縁と言われても思い当たる節はないが、俺が知らないところで彼女とは会ったことでもあるのだろうか?
俺なりに可能性を模索していると、淡々と語る彼女の声音に焦燥感が滲(にじ)み始める。
「もしかしたら……この機会を最後に、私は誰にも会えないかもしれません」
これが理由か。彼女にとって、俺との邂逅(かいこう)は千載(せんざい)一遇(いちぐう)のチャンスというやつなのだろう。
「次に前者を選んで頂きたい理由ですが、私の意を汲(く)んで行動してくれる者が必要なのです」
あー、だから従僕ね。言い方が先ほどよりマイルドだ。けど、本質は何も変わってない不思議。
おそらく今の話が全てではないと思うけど、大体の理解はできた。
じゃあ、最後にこれを聞こう。
「……それで、結局あなたは何がしたいんですか?」
この質問が肝(きも)だろう。仮に俺が彼女の従者になるとしても、彼女が俺に命令する内容が残酷(ざんこく)非道(ひどう)なものであれば、いの一番で俺はここにいることを選ぶ。
「私は――」
彼女は言葉を選んでいるようだ。当然彼女もここが話の肝だと、認識しているのだろう。
「――助けたいんです。私の子孫を、助けてあげたいんです」
その声音には無機質さなんて欠片も無く、今にも崩れ落ちそうな感情だけが吐露した声音だった。
足りない感情は、拙い理性で補う。今の俺は何も感じられないはずなのに、彼女から切迫感をヒシヒシと感じる。事は急を要するのだろう。
「あなたに第二の生を与えて、私の子孫を助けてもらう。……これが私の目的です」
……私の子孫? 彼女は三十歳ぐらいの女性の声だ。その彼女が子孫? 要約すると、俺に自分の子供を助けろと言っているのか?
そんな疑問とは別に、今さらながら思うところがある。
「あなたの目的は、一応ですが理解できました。……でも、最初からあなたが助ければ良かったんじゃないですか?」
「私も、最初はそのつもりでした。……ですが――間に合わなかった」
聞いているこちらの胸が張り裂けんばかりの、どこまでも静かで痛ましい声だ。彼女がそうまでなる理由を、俺はただの興味本位だけで聞き出すのは不誠実だと思った。だから今は、別の質問をする。
「えっと……。あなたの子孫というのは、あなたの子供ということでしょうか?」
「いえ、子孫は子孫です。先ほども述(の)べたように、私はあなたより年上です。あなたのおじいちゃんのおじいちゃんも、私からすれば生まれたて赤子同然なぐらいに年上です」
にわかには信じ難いが彼女の話が本当なら、彼女は齢数百はいっているのだろうか?
俺が自分の中で現状を整理している間も、彼女は聞いても無いのに話を続ける。
「……正直な話」
彼女の声から、ふいに重みが消えた。世間話でもするのかと感じさせる声で続ける。
「今も私の一族が生きているのか、定かではありません。何せ悠久(ゆうきゅう)に等しい時を、ここで過ごしましたから。……外の事は存じません!」
「え……。えぇ」
再び俺は驚かされる。
こんな何も無い世界を一人で彷徨(さまよ)い続け、来るのかも分からない人を待ち続け、受けてくれるかも分からない依頼をして、存在しているのかも不明な子孫を助ける。
俺には到底理解できない。というか常人でも理解はできないだろ。
「どうして……。そんなことが、できるんですか?」
「昔、私は幼い我が子を残して先立ちました。私は親なのに、あの子に何も残せなかった。……その自身への無力さが、私の原動力でしょうか?」
彼女は何でもないかのように、軽(かろ)やかに話してくれた。自身の秘密を打ち明けた為か、恥じらって「えへへ」なんていって笑ってさえいる。
顔が無い状態で絶句している俺に彼女が気づくわけもなく、のほほんと話しを続ける。
「なんというか。星の巡りかなんなのか。私はとっても運がついていないんですよ。今まで、本当に大変でした。……だから、どうにも我が子が心配で心配で」
彼女は、過ぎた過去を懐かしむように話す。その不幸が、我が子にも伝染(でんせん)していないのか心配なようだ。
そんな彼女に、俺は問い続ける。
「仮に、あなたの子孫が今も生きているとして、助けを求められていないとしたら?」
「むうー。少し意地悪な質問ですね」
今さらながら、俺もそれを自覚する。
「すいません。でも、聞いてみたいんです」
「……そうですねー。仮に助けを求められていなくても、私は無理矢理にでも助けますよ」
彼女の声には、断固とした決意が感じられる。
「誰かに言われたから。誰かに頼まれたから。私はそういう理由で助けようとしていません。純粋に私が助けたいって思ったから、私は助けるんです。……ふふっ。ただの自己満足ですよ」
彼女は決然(けつぜん)と述べる。言葉を弄(ろう)して本懐を隠蔽した他人本位の理由ではなく、世界の果てにさえ届いてしまう光のように真っ直ぐな自分本位の理由だった。
要するに彼女は、己の心を信じて行動するだけだと。
その言い分は、どこかの誰かと近しい行動原理だと思えた。まぁ、そいつは最後に見限(みかぎ)ってしまったけれど。
俺が憧れのような妬みのような清々しい痛みに触れていると、彼女は気恥ずかしさを紛らわすために咳払いをしてから口早に言いつのる。
「と言いますか。子の心配をするのは親の特権みたいなものですよ? えぇ、そうに違いありません!」
そんな彼女の言葉は、慈愛に満ちあふれていた。俺が思うに生前は聖母に違いない。
「なるほどなぁ……」
俺は理屈や理論じゃなくて、感覚に近い部分で理解する。
彼女は、優しい人だ。
世の中の親が全員、彼女のように素晴らしい人間では無い。俺はそれを、己の人生を以(もっ)て認識している。
であるのであれば、俺は――
「はー。分かりました。……。俺が助けますよ」
彼女の息を呑む音から、俺の立候補に驚愕しているのが伝わってくる。
「本当にいいんですか! とっても大変ですよ?」
「今さらそんなこと言わないでくださいよ。……止めますよ?」
「え! あ、や……ご、ごめんなさい。……あの、でしたら、頼めますか?」
彼女の問いへの答えは、変わらない。
俺の第二の生は、彼女の願いの為に費(つい)やすと決めた。
「はい。俺はあなたの子孫を救ってきます」
「……ありがとうございます。このご恩(おん)、一生忘れません」
こんな正面切ってお礼を言われるのは、いつぶりだろうか?
俺はすこしばかり照れくさくて、ぶっきらぼうな返事をしてしまう。
彼女はそんな俺の心境(しんきょう)を悟ってか、朗(ほが)らかな笑い声を奏でていた。
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