第30話 空っぽの勇者 5
この世には二種類の人間がいる。選ばれた人間と、選ばれなかった人間。
俺はもちろん、前者だ。上流階級の名高い貴族の一人息子として生まれた俺は、何不自由なく育てられた。望むもの全てが手に入り、全てが俺の思い通りとなった。しかし、歳を食えば欲するものはより広く、より深いものに変わる。
俺はさらなる欲に従おうとするが、それを実行するための肩書きとして、貴族というだけでは限界があった。そこでたまたま魔術の才に恵まれていた俺は、勇者となり、更に自分という男の地位に拍車をかけようとした。結果的に俺は思うがままに力を振るい、
これで、俺を縛るものも止めるものもいない。俺は自身の欲に従い、女を抱き、邪魔な奴は消していった。
それは全て、俺だから許されることだ。武力も権力も持っている俺だけが為せる偉業だ。せいぜい愚民どもは、俺を奉り、黙って奉仕しとけばいい。俺は、俺であるが故に、欲望の限りを尽くすのだ─────。
「
クレイスは
これも、あの時の技だ。家一つを容易く粉砕した風。そうだな、ここは─────。
俺は構えを外し、正面からそれを受ける。すると、気流に飲まれながら体中を風に打たれ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。その勢いは留まることを知らず、教会の壁をも突き破った。
「ハッ、所詮
瓦礫に埋もれ、コンクリートの煙が舞う。
「ルシード……!」
悲鳴にも似た声が響いてきた。けど、心配なんて必要ない。今の俺には、な。
上にのしかかる瓦礫を蹴り上げ、クレイスの方へと飛ばしてやった。クレイスは一瞬反応が遅れるが、それを風でうち払う。
俺は煙たい埃にゴホゴホと喉を鳴らす。そして、手を軽く払いながら立ち上がった。
「ちょっと痛かったわ、それ」
「はァ……?」
クレイスは呆けたように口を開けていた。
「
(あー、それがさっきのやつか。納得したわ)
ルインの解説を聞き終わると、首をポキポキと鳴らした。
「で、終わりか?」
試しに受けてみたが、大した痛みもダメージもない。子犬に噛まれた程度、とはこういうことを言うのだろうか。
「図に、乗るなァ!!!」
クレイスは湧き上がる憤怒のままに、こちらへと突貫してきた。
一振り、二振り。次々と縦横無尽の斬撃を浴びせてくるが、動きが単調すぎて避けることは造作もなかった。
「チッ、クソが!!!」
苛立ちが限界を振り切ったところで、クレイスは剣を叩きつけた。すると、爆散するように突風が荒ぶる。
俺はバックステップでそこを離れると同時に、先程空いた穴から教会の外へと飛び出した。クレイスの攻撃一つ一つは範囲が広いため、このままここで戦うのは得策ではない。周りを巻き込んでしまう。
俺を追いかけ、クレイスも教会から市街地へとやってきた。
王都ほどでは無いが、巨大な家々が並び、道路も馬車達が何台もすれ違えるほど広い。
しかし、活気はなく、全てがもぬけの殻だった。人の気配が失せるその様は、まさにゴーストタウンだった。それすなわち、避難がちゃんと終わっていることを指し示していた。これで、存分にやれるだろう。
俺はさらに教会から離れるため、クレイスの攻撃をいなしながらその場を離れていく。すると、特に開けた場所へと出る。中央広場と呼ばれる場所だった。
ここでいいだろう。俺は攻撃をいなすのをやめ、クレイスの斬撃を正面から一刀にてはじき飛ばした。クレイスは二度目は食わんと、風を利用して綺麗に着地する。
「逃げんのは終わりか?クソ
「はいはい、そうだな」
俺の態度一つ一つが気に入らないようで、俺が喋る度に青筋を増やしていった。
クレイスは魔力を高め、旋風を現出する。それはすぐに形を為し、一匹の鷹が生まれた。
「
人の何倍もあるその鷹は、一度甲高い鳴き声を上げたあと、こちらへと突っ込んできた。
おそらく先程の風とは威力が段違いだ。空気が凝縮され、鷹の体の中は風圧に歪んでいる。
しかし、臆することは無い。しかと目を見開け。見極めろ。
俺が思考を回しているうちにも、鷹の動きは止まらない。
そして、俺と鷹が衝突する。────その一歩手前、俺は身を屈め、鷹の下へと潜り込んだ。そして、真下から斬撃を加える。途中、風の流れに持っていかれそうになったが、俺は力の限りに振り抜いた。
すると、鷹は悲鳴を上げながらその形を崩し、やがて霧散していった。
「馬鹿、な」
「…………!」
俺はクレイスの動揺を見逃さず、瞬時に距離を詰める。そして、音速を超える一刀を向けた。
しかし、クレイスの危機感に反応したように、男の周囲を暴風が包んだ。
「クッ…………!」
俺は風圧により体を持っていかれる前に、素早く距離を取った。
「
高密度の風の渦がクレイスを包む。空気が逆巻き、周囲の空間が暴風へと吸い込まれるようだった。
「俺に近接戦闘が通じるとでも思ってたのか?あめェよ!!」
クレイスは邪気を纏う笑みを浮かべながら吠え散らした。
(チッ、あれじゃ近づけねぇし、刃が通らねぇ)
「風使いが相手ならば、お前の瞬発力も刀速も上手く活かせんだろう。相性が悪いな、ルシード」
(めんどくせぇな、ほんと)
「もう良いだろう。あれを使っても」
(…………もうちょい、刀一本でやりたかったんだがな)
「相手は腐っても
(ああ、そうだな)
俺は全身の魔力の流れを強める。感じろ、向き合え、己の力と。
「心得よ、ルシード。自身の魔術に大いに過信し、頼り、身を預けろ。お前の力は、その期待の数倍の成果をもたらすだろう。しかし、己自身には過信をするな。卑屈で臆病な人間ほど戦場では生き残る。だが、生き残るにはもう一つ条件がある。それは、敵の死を見極めることだ。見据えろ、蒙昧なる敵を。自分に害を与える愚者を。あれこそがお前が討つべきもの。限界までリスクを減らし、仇敵の命を散らせ!」
ルインのいつもの檄が飛んでくる。言ってることは無茶苦茶だが、筋は通っている。なにより、その言葉は心底信頼できるし、力をくれる。
「
クレイスは魔術を発動させ、複数の巨大な竜巻を放った。空間を削るように迫るそれは、周囲の建築物や地面を破壊しながら飛来する。
「よく見とけよ、ランク
俺は魔力を集中させた右手を構えた。
「死にやがれぇ!!!」
竜巻は目前に迫り、俺の肉体を引き裂こうとしてきていた。しかし、その運命は全てお前に譲ろう。
「
魔術の発動と同時に、竜巻達は俺の手のひらに接触した。瞬間、竜巻達は軌道を狂わせ、全ては真反対の方向へと猛進していく。
「は…………?」
竜巻の行く末にいるのは、金髪の男ただ一人。そして、竜巻達は魔術を放った主へと容赦なく遅いかかった。その物量と風圧は、クレイスの
「ぐわああああ!!!」
風は十一件目の家に穴を開けたところでようやく収まり、竜巻達は空気の中へと姿を消していった。
その異常なまでの威力と、それにより残った爪痕には素直に驚愕する。
「なんつー威力だよ、ったく」
やはり他の人間が使う魔術とは桁違いの規模の魔術を扱えるようだ。
俺は竜巻の通ったあとを辿るように歩いていった。そうして瓦礫と土煙に覆われたところを進むこと数十秒。
壁にめり込むようにして倒れ込む男が一人。体の至る所に生々しい傷があり、鮮血が漏れ出ている。
男はガハッ、と吐血したあと、ゆるゆると言葉を紡いだ。
「てめぇ、今、何をした……」
「律儀に教えるかよ、そんなの」
俺は後ろ頭をかきながらぶっきらぼうに言い放った。
「俺の、魔術を、模倣した……?いや、違う。あれは、跳ね返した、のか」
「…………」
戦いの嗅覚は確かなようだ。瞬時に分析し、予測し判断する。戦士としての基礎は有しているらしい。
「んな魔術、聞いたことがねえ。そもそも、なんでてめぇが、魔術を……!」
「…………どうでもいいだろ、そんなこと。けど、強いていえば─────」
俺は今までの憎悪を乗せた視線で、クレイスを睨めつけた。
「お前を倒すためだよ」
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