第29話 空っぽの勇者 4

 リアナは戦線を離脱し、どうにかアリサの元へとたどり着いた。


「来たか、リアナ」

「はい。あの、ありが​────」


 リアナが言葉を発している途中で、アリサは彼女の唇に人差し指の腹を当てた。


「礼を言う相手もタイミングも間違えているぞ」


 アリサは言いながら、クレイスと緊迫した空気で睨み合う少年に視線を向けた。


「アリサ。まさか、あの少年にクレイスを無力化させる気かい?」


 バーネストは懐疑的な口調でアリサに問う。


「ああ、そのつもりだ」

「………聞いてないよ。本来、君は同じ総壱勇者ファースト・ランカーであるクレイスが抵抗することを見込んで、ここまで足を伸ばしたのではなかったのかい?」

「いいや、それは違う。だから、加勢もしない」

「それは、どういう考えで出した結論だい?」


 バーネストは柄にもなく語調を強めた。人々を守護することこそ、騎士団の役目。みすみす見殺しにするような真似を、団長の一人であるバーネストが許容できるはずもなかった。

 アリサはそんなバーネストの気持ちも汲み取った上で、自身の心情を語った。


「この話しを提案した理由として、最初は奴がどんな力を持っているのかを確かめるため、というのが大きかった。私のいつもの好奇心が働いたんだ。​────しかし、奴の覚悟や正義を聞いた今では違う。私はただ、ルシードという男の行く末を、この目で見届けたいんだ」


 アリサは瞳を細めながら、柔らかな口調で語った。しかし、バーネストがそれを理解出来るはずもなかった。いや、理解しようとも、彼の心は変わらなかっただろう。


「君の意思がどうであれ、相手は風凪のクレイス。腐りきった汚泥のような性根を持っていようと、実力は本物だ。そんな男に無能力ヴォイドが挑むなど、はっきり言って正気の沙汰じゃない。今すぐにでも止めるべきだと私は進言しよう」

「それは出来ん」

「なぜそこまで頑ななんだい?」


 バーネストが問うと、彼女は光を写しこむように瞳を輝かせながら、言葉を紡いだ。


「言われてしまったからな。『俺を信じてほしい』、と」

「………それだけかい?」

「ああ、それだけだ」


 意味がわからないと言いたげなバーネストに対して、アリサはどこまでも気丈に、毅然とした態度を示した。


「その言葉には、不思議な力があるんだ。根拠も裏付けもありはしない。だが、あの男が言うなら大丈夫だと、思えてしまうんだ。それはきっと、あらゆる千辛万苦を乗り越えたあの男放つからこそ、力のある言葉となっているんだ」


 アリサの言葉に、アザカとリアナは彼との会話を思い出していた。どれだけ心配していようと、どれだけ不安を抱えていようと、その言葉と彼の笑みだけで、絶対的な安心感を得られた。きっと、ルイナもメイも、同じなのだろう。

 ルシードの言葉は、人々の心の奥底に響いてくるのだ。


「​────見届けよう。ランク9ナインの貴族と、無能力ヴォイドの平民の戦いを」







「いいぜ、そんなに死にてぇなら相手になってやる」


 クレイスはいきり立つ胸の内を顕にするかのように、剣に金の暴風を纏わせた。


魔術付与エンチャント金牙風クルイーク・オウロ


 あの時見たものと同じだ。あの風に、村の人や、俺の父がやられたのだ。


「ふむ。決戦、か。これがお前が言っていた、やらなければいけないこと、か」

(ああ、あいつをぶっ倒す)

「私怨………。それは、時には己が身を焼き焦がし、破滅の運命を辿るやもしれぬぞ?」


 ………そんなこと、わかっている。これは、俺が勝手にやろうとしている復讐劇だ。これによって救われる人や、報われる人はいないかもしれない。あいつの無力化だって、アリサさんに任せれば済む話だ。

 けど、それで納得しろなんて、無理な話しだ。なぜなら、あの時。リアナは泣いてたんだ。苦痛も屈辱も全て飲み込んで、従わされた。父は怪我を負い、寝込む日々が続いた。母は毎日涙を流し、己の無力と運命を嘆いていた。

 その全ての原因は、こいつにある。こいつのただのつまらない欲望のために、俺達家族の運命は狂わされたんだ。

 許しはしない。例え誰が救われなくても、何も生まなくても、俺自身が俺を見失っても、この復讐を止めることは無い。


 あの時、俺はどこまでも無力だった。だから、夢も希望も、大切な人も奪われたんだ。だが、もう無力な俺はいない。理不尽に苦渋を舐めることも、運命に従わされることもない。


(俺はな、ルイン。この時のために、生きてきたんだよ)


 そう言うと、ルインはフッと柔らかく微笑んだ。


「……よい闘気だ。覚悟を問うなど、それこそ愚問だったな」

(ああ。見ててくれ。俺がどこまでやれるかをな)


 俺は刀の柄を強く握ったまま、黙して待っていた。すると、すぐにクレイスは痺れを切らし、こちらへと斬りかかってきた。


「来ねぇならこっちから行くぞ、三下ァ!!!」


 魔術付与エンチャントのかかった斬撃。通常の刀剣によるものとは違い、それぞれの魔術特性が働き、その威力をはね上げる。

 ならば、試してみよう。俺は空かさず居合斬りを放ち、クレイスの剣と衝突させた。

 凄まじい空間のうねり。その接触は轟音を生み出し、辺りの装飾品や長椅子などを衝撃波で吹き飛ばした。

 しかし、鍔迫り合う事などはなかった。決着は一瞬。クレイスの一撃と俺の一刀には、雲泥の差があったのだ。

 常識的に考えて、総壱勇者ファースト・ランカーの一撃を、無能力ヴォイドなんかがまともに受け止められるはずもない。

 しかし、結果は逆だった。クレイスは俺の刀を受け止めきれず、剣ごと後方へ大きく吹き飛ばされた。教会の壁へと激しく衝突し、ずるずると体が下がっていく。


「なん、だ…………」


 ゲホッゲホッと咳をしながら苦悶に表情を歪めていた。

 そんなあいつの様子に、俺は呆れてため息をつかざるを得なかった。


「こんなもんかよ。お前」

「てめぇ、何をしやがった……!」

「何もしてねぇ。ただ、お前の大層な魔術を纏った剣が、俺の刀に打ち負けただけだ」

「んなわけ、ねぇだろうが……!」

「あるんだよ。そもそもお前、俺の刀見えなかっただろ?」


 並大抵の人間が見えるはずもない。魔獣達の反射速度と身体能力に刀一本で対抗できるようにした結果、得られた刀速なのだから。しかし、逆に言えば、こいつが『並大抵程度の人間』、ということになる。


「あんまガッカリさせんなよ、総壱勇者ファースト・ランカー

「…………言わせておけば」


 クレイスはふらりと立ち上がったかと思えば、体を燃え盛る憤怒によって震わしていた。


「ちょっと俺を吹っ飛ばしたぐらいでそんなに嬉しいのか?あ゙?なら見してやるよ、俺の本気ってやつをよォ!!!」

「…………そうこないとな」


 俺は柄の先をクレイスに突きつけた。


「本気のお前を、さらに上からねじ伏せてやるよ」

「やってみろ、クソ無能力ヴォイドがァ!!!」



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