第28話 空っぽの勇者 3

「…………!オルト、ディロイ!」


 クレイスはいち早く危機を察知し、パーティーメンバーに呼びかける。すると、二人は即座にわきに置いていた得物を手に取り、さらに金色の剣と若紫色のローブをクレイスに投げて渡した。


 それとほぼ同時に、教会へと走ってきた調執騎士団の面々とアザカがアリサさん達に報告をする。


「住民の避難、完了しました!」

「これでもう、巻き込まれる人はいないはず」

「ああ、ご苦労だったね。立て続けに申し訳ないが、ここの貴族達の避難もお願いするよ」

「「「「了解!」」」」


 指示を受けた騎士団は、未だ戸惑う貴族の避難誘導を呼びかけた。


「アザカは私の近くで待機だ。怪我人が出た際は早急に治療を行ってくれ」

「わかりました」


 迅速且つスムーズに、状況が変化していく。そんな中、一人の男はそれに乗じて逃走を測っていた。


(こんな茶番に付き合っていられん。ここまで築き上げてきた地位を、権力を、むざむざと手放すわけにはいかんのだ……!)


 男は焦燥に駆られたまま、貴族達の避難の波に乗りながら自分しか知らない逃走経路へと潜り込もうとしていた。

 ​────しかし、それを見逃すことなどありえはしない。特に、あの男は。


「どこへ行こうってんだい?」


 軽装の男が、ルロイドの肩を掴む。自身の得物である槍を持ちながら、相変わらずの軽い笑みを浮かべていた。


「……放せ!」


 ルロイドが身を捻ると同時に、苛烈な風の渦が現出し、ロイスの腕を弾き飛ばした。


「ここで捕縛など、されてなるものか……!」

「へえ……。腐っても領主。実力もそれなりにあるって事かい。なら​────」


 ロイスは身を屈めながら、槍を構えた。


「俺と遊ぼうぜ?」

「小童が……!」


 ロイスはルロイドとの対峙に興じ始めた​───。


「ハッ、あんな雑魚に止められるなんて、落ちたもんだなぁ」


 クレイスはそう言って自身の父を嘲り笑った。親子共々、つくづく救われない人間だな、などと思っていると、俺の腕にしがみついていたリアナがその力を強めた。


「ルシ……」


 その瞳には、一抹の不安が宿る。それはこの状況に対してであるのと同時に、俺の身を案じているのだろう。なんたって、あの総壱勇者ファースト・ランカーに極度の殺意を向けられているのだ。俺を慮るのは当然のことだろう。

 けど、それは昔の俺しか知らないから生じるものだ。今でも勝機が無かったら、こんな堂々と喧嘩など売らない。


「リアナはアリサさんのところで少し待っててくれるか?あの人の周囲が現状一番安全だ」

「そんな、ルシはどうするのよ」

「俺は​────やることがあるから」


 俺はクレイスから向けられた殺意を、明確な敵意で返した。


「何だ、お前?まさか、俺とやり合う気じゃねぇよなァ?」

「そうだ、と言ったら?」


 クレイスは俺の言葉に対し乾いた笑いをもらした。


「あんま笑わせんな、無能力ヴォイド如きがよォ!!!」


 クレイスは狼のように吠え立てる。

 すると、それと同時に控えていたオルトとディロイがこちらの方へと唐突に飛び上がってきた。オルトは杖を構えて魔術を錬成し、ディロイは鎌を大きく振りかぶる。


「俺がお前なんかを相手にするわけねぇだろォが!」

「死にやがれ……!」

「クソ無能力ヴォイドがッ!」


 オルトとディロイは俺に標的を絞り、命を豪快に砕こうとしてきていた。魔術と鎌に乗せられたのは、明確な殺意。それに躊躇いがないことから、この二人もやはり人を殺めたことがあるのだろう。それも、幾度も幾度も。

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。


「お前らに構ってやるほど、俺は暇じゃねぇんだよ」


 俺は刀の柄を握り、迎撃の構えを取る。そして、一閃の内に斬り伏せようとした、その刹那​────。


分裂弓スプリット・アロー!!」

氷柱アイシクル……!」


 無数の弓矢と巨大で鋭利な氷がオルトとディロイに飛来した。

 そこで瞬時に攻撃対象を切り替え、男達は雨のように浴びせられる弓と氷を弾き飛ばした。そしてそのまま着地し、魔術を放った少女二人を睨みつける。


「てめぇらァ……」

「横槍入れてんじゃねぇぞ!」

「​───それはこっちのセリフよ」


 髪をふわりと靡かせる強気な少女と、清楚ながらも強い意志を感じさせる奥ゆかしい少女。

 彼女達は彼らに物怖じするどころか、徹底抗戦の構えだった。


「ルイナ、メイ……」

「あんたはあんたの戦いに集中しなさい。こいつらの相手は、私達がするから」

「はい。ルシードさんの邪魔は、させません……!」


 オルトとディロイはルイナ達の言葉を聞いた途端、思いきり吹き出した。


「おいおい、正気かよお前ら?」

「俺達は総参勇者サード・ランカー、しかもランク100番台なんだぞ?勝負になると思ってんのか?」


 自身の功績を掲げ、嘲り笑う男達。それに対し、二人は平然と言葉を返した。


「要は私達はあんたらを足止めすればいいんだから、勝負自体する意味はないのよ。​────けど、お望みならそうしてあげる。あんたらの悪行を聞いてから、ぶっ飛ばしたくて仕方なかったのよね」

「それに、ランクなんて関係ありません。いずれ越える壁ですから」

「あ゙あ゙んッ!!」

「このクソあまどもが。その身で味わわなきゃ気がすまねぇみてぇだな……!」


 男達の怒りも敵意の矛先も、完全にルイナとメイへと集中した。

 二人はこちらに一瞬だけ視線を送ると、一つ頷いた。全く、相変わらず頼りになる仲間だな。


 ここまでお膳立てされては、気分も乗ってしまうというもの。体に魔力が満ちるのを感じる。


「リアナ、早く行け」

「で、でも……」

「大丈夫だ。​────俺を信じろ」


 俺は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら、そう告げる。

 リアナは僅かに逡巡し、何かを言おうとしていた。しかし、彼女はそれを飲み込み、深く首肯した。


「わかった。ルシを信じる……!」

「ありがとう、リアナ」


 長い付き合いのおかげで築き上げられた信頼。リアナなら、わかってくれると信じていた。

 彼女は俺に背を向け、戦場と化した教会の中を駆けていった。


「はァ?みすみす逃すわけねぇだろうが!」


 クレイスは片手を振りかざし、魔力を抽出する。そして、複数の風の塊を生み出した。手のひら大の球形で、それらは空気を割くような快音を鳴らしている。


無数風弾プレンディウィンド……!」


 クレイスが腕を振るのと同時に、それらも一斉に掃射された。縦横無尽の軌道を描く風弾ウィンドだったが、全て等しく花嫁の方へと猛進していた。


「…………!」


 リアナはそれに気づき、瞳を見開いた。まさか、あろうことか直接リアナを狙うなど、誰も予想できなかったであろう。

 ​────しかし、予測が出来ずともそれを補う速度があれば何も問題は無い。


 俺は無数風弾プレンディウィンドとリアナの中間地点に瞬時に割って入る。そして、収めていた刀を抜刀した。


 バァン……!!!


 一閃。空気が弾けるような甲高い音が鳴り響く。そして、続けて二振り、三振りと風弾を斬り落とすと、その度に響音が発生した。それを連続的且つ刹那的に行う。まさに、瞬きの合間。秒の世界にも満たない時間の間に、無数風弾プレンディウィンドを全て斬り飛ばした。


「なん、だと……?」


 クレイスが呆けた表情をしている中、俺は刀を軽く払い、ゆっくりと鞘に収めていった。


「くだらねぇことしてんじゃねぇよ、クレイス・ベルム………」


 俺は刀の柄を握り直し、体の軸を中心に据えた。


「お前の相手は、俺だ」

「てめぇ…………!」



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