第24話 予期せぬ報せ
ギルド・ガーベラを出て、王都を闊歩する。道行く人々の視線は、アリサさんに釘付けだった。羨望、敵意、嫉妬、敬意。様々な感情を持った瞳がアリサさんを映す。
さすが
そうして歩くことしばらく。アリサさんはある巨大な建物を指さした。
「あそこだ」
「え?」
......なんだ、あれ。と、俺が戸惑っている最中でも、アリサさんは黙々と進んでいくため、俺達もそれに習ってついて行った。そして、先程の巨大な建物へと入っていく。外から見た限り、円形のアリーナ?のようなものだった。
アリサさんは受付と思われる人物と一言二言交わしたあと、ルイナ、メイ、アザカの三名を脇の階段に向かわせ、俺にはそのままついてくるように言う。
何をしようというのかわからないため、俺はとりあえず黙ってそれに従った。
受付を過ぎて少し歩くと、建物の影は消え、太陽の光が指している入口が見えた。俺とアリサさんは、同時にその入口を抜ける。
「.......!ここは」
だだっ広いが何もない、荒野のようなステージだった。天井は無く、青空と太陽が満遍なく見下ろしている。
そのステージを、円形に囲うようにして階段状の観客席が羅列していた。アリーナ、いや、言うなればコロッセオと呼ばれる戦場だった。
「ここは第二闘技場。闘技場は通常、
彼女は微笑みながらそう告げた。確かに、他人の姿は見えない。俺とアリサさんがステージにいる他には、上で「おーい」と手を降っているルイナや、少し強ばった表情をしたメイとアザカがいるだけだった。
「はあ.......。それで、ここで何をするんですか?あんま良い予感はしませんけど」
「ふっ、
そう言って、彼女は携えていた剣を鞘からゆっくりと引き抜いた。
「模擬戦だ。お前の能力を見るならばこれが手っ取り早い」
「.......やっぱり」
俺は盛大にため息をもらした。なんとなく予想はついていた。ギルドを出てからのあの人の表情は、戦士としての昂りを滲ませていたからだ。
「なんだ、不服か?」
「いや、そんなことはないですけど.......。強引過ぎません?」
「多少こうして振り回してやらんと話しが進まないと思ったから、こうしたまでだ。まあ、お前の能力を直に見ておきたい、というのが本音だが」
「ですよね。わかってました」
この人を突き動かしているのは、やはり好奇心だった。けれど、それだけとは思えない。悪巧みをしているとか、何か裏があるとか、そういうんじゃない。アリサさんは何か別の理念に基づいて行動している。そう思えてならなかった。
俺がそう考え事をしていると、彼女は口をへの字に曲げた。
「む?やはり気が乗ってないように見えるな。ならば、
互いに相手が欲しているものを提示し、それを賭けてギルド本部から派遣された審判員の元、一対一で戦闘を行う。その勝者が相手が提示したものを受け取れるというもの。
それを、この場で行おうとしているのだ。
「ならば、そうだな。────互いに、命でも賭けてみるか?」
彼女は底冷えするような笑みを浮かべた。場を包んでいた空気が変容する。彼女が放つ威圧感には慣れていたつもりだったが、そこに意思が上乗せされると、改めて他の生物との格の違いを思い知らされる。呼吸は浅く、鼓動は早まる。これが、1000万を超える勇者の中で、トップ3に名を連ねる者。
理屈でも経験でもなく、本能で理解出来る。強者とは、彼女のような存在のことを言うのだと。
しかし、恐れに竦む足などない。力に屈する心もない。
そんなものは、遥か昔に置いて来たのだ。今俺のにあるのは、ただ突き進むことを決めた、覚悟だけだ。
俺は口角を上げ、不敵に笑ってみせた。
「別に、そんな形式を取らなくてもいいですよ。ランク
「こいつ.......!」
彼女は瞳を見開き、さらに笑みを深めた。
空気が更に変貌を遂げる。先程までアリサさんの圧倒的な闘気に支配されていた闘技場に、新たな風が舞う。少年が放つ言い知れぬ覚悟のオーラは、アリサさんの闘気と混じり合い、空間内で激しく衝突していた。
「アリサさんも相変わらず凄いけど、あのルシードの威圧感は何?」
「一年前のルシードさんとは、全く毛色の違うものです.......!」
「ルシード.......」
「これまたとんでもない者を相手取ろうとしているな、ルシード」
(ああ。この指先が痺れるような感覚、シュラムの時とはまた少し違うやつだ)
「それが強者と対峙するということだ。しかし、臆することは無い。貴様にも勝機は大いにある────存分に己が力を振るえ、ルシードよ」
アリサ・フレイス。俺が目指すあいつと同じ、
相手にとって不足なし。ここで知らなければならない。俺の力が、どこまで通じるのかを────。
「では、始めようか、ルシード・アルティシア」
「はい。よろしくお願いします、アリサさん」
俺は重心を下げ、軸を僅かに傾ける。そして、片手で鞘を抑え、片手で柄を握った。
「.......抜刀をしない、か。面白い」
視線を交差させ、熱い火花を散らせる。冷や汗すら伝わない緊張感。周りに音はなく、この場の誰もが呼吸すら忘れていた。
互いに笑みを浮かべる勇者。
────そして、太陽が雲に隠れたその刹那。互いに瞳を見開き、硬直した空気を弾き飛ばした。
「「─────!!!」」
両者共に、大きな一歩を踏み切る。
「姉御ぉ〜〜〜〜!」
瞬間、入口から間の抜けた声が響く。声の主はアリサさんに手を振りながら、割りと全力の走りで突撃していった。
「結婚してくださ────」
そしてその勢いのままアリサさんに抱きつこうとする男だが、顔面に凄まじい右ストレートがめり込む。
「ブフォォ!!!」
吹き飛ばされた男はズサーっとステージ上を数メートル滑っていった。
「..............誰?」
俺は訝しげにそう呟いた。張り詰めた空気は徐々に姿を消し、互いに高めた闘志は下火になっていく。
アリサさんはため息をつきながらぶっきらぼうに言い放った。
「こいつはロイス。
ボサボサの癖の強い髪に、独特なはちまき。全体的に軽装で、ジャケットを羽織っているがその下は裸体となっている。
なんか、癖が強いな。
「酷いっすよ姉御!」
「毎回軽々しく求婚するお前が悪い。加えて、今日はタイミングも最悪だったな」
「え?そうなんすか?」
ロイスが呆然としている中、俺と観客席にいた三人も彼の元へとやって来た。
「本当よ。よくあんたこの空気の中で入ってこれたわね」
「逆に尊敬します、ロイスさん」
「おいおい、そんな褒めんなって!」
ハハハハハ!と高笑いをするロイスに、
それをよそに、ロイスは俺とアザカに視線を向ける。
「ん?見ない顔だな。あんたらは?」
「俺はルシード・アルティシア。こっちは、縁あって一緒に行動してるアザカ・ティルフィードです」
「どうも」
「おー、そうか!俺はロイス・ロイド!姉御が言ったように、
軽く自己紹介をすると、ロイスは俺達に熱い握手を求めてきたので、快く受け入れた。少し騒がしいけど、いい人そうだ。
俺がそんなことを考えていると、ロイスさんは「ん?ルシード.......?」と言って、頭に疑問符を浮かべる。その直後、ロイスは合点がいったとばかりに手のひらをポンっと、拳で打った。
「あー、あんたがルシードか!」
「え、俺を知ってるんですか?」
「おう!ルイナとメイから色々聞いてるからな!なんでも、二人の初恋のあ────」
「「うわあああああ!!!」」
ロイスが何かを言いかけると、ルイナとメイは火事場の馬鹿力とでも言うべき凄まじい力でロイスを吹き飛ばした。
「ゴハアアア!!!」
本日二度目の地面滑走。この短時間に同じ人間が二回も地面を滑るところなど、そうそう見られるもんじゃない。まあ、別に見たいもんじゃないが。
「どうしたんだ、二人とも.......」
ロイスはゴホゴホと咳き込む。そんな彼にルイナとメイは尋問するように詰め寄った。
「普通そういうの口にする!?バカなの、ねえバカなの?!」
「デリカシーがないにも程がありますよ.......!」
「え?なんだお前ら、まだ言ってないのか.......。いいか、愛は芽生えたらすぐに伝えるもんだ。何事も『当たって殴られろ!』だぞ!」
「そんなめちゃくちゃな理論を振りかざしてんのはあんただけよ!!」
何やらルイナとメイがロイスに物凄い剣幕で抗議している。当のロイスはどこ吹く風、という感じだが.......。
しかし、話しの流れからすると俺に要因がある気がする。なので、俺は一つ尋ねてみた。
「なあ、なんの話しだ?」
俺が問うと、二人が勢いよくバッとこちらへ振り返る。その顔は耳まで真っ赤に染まり、綺麗な瞳が揺らいでいた。
「「なんでもない(です)!!!」」
「お、おう.............」
力強い拒絶。これに言及できるほどの勇気は俺にはなかった。
そんな様子に、アリサさんは頭を振って今日何度目かのため息をついた。
「戯れはそこまでにしろ。ロイス、何か報告があって来たんだろう?」
そう問われると、ロイスは即座に立ち上がり、背筋をピンと伸ばした。
「いえ!姉御に会いたかっただけっす!」
「また殴られたいのか?」
「冗談っす!」
なぜそこで冗談を言ったんだ.......。
「まあ姉御に会いたかったのは本当すけど、頼まれてたことを伝えに来たんすよ」
「それで?」
「魔族の動きは相変わらずですね。大きな動きがないかと思いきや、各地で勢力を動かしていたりと、意図が全く読めないっす。まあ元々魔族は結束力というか、纏まりがないんで、それぞれ好き勝手やってるだけだと思うっすけど」
「.......ふむ。そうか」
彼女は顎に指を当て、様々な思考を巡らせながらその話しを聞いていた。
「報告は以上か?」
「そうっすね。目立った情報は無かったっす。あ、でも気になる話しをポロッと聞きましたよ」
「なんだ?」
「三日後に、ベルム領で結婚式があるらしいんですよ。そして、その式で結婚する二人がなんと、クレイス・ベルムと、────リアナ・リーベルだそうです」
「は────?」
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