第21話 懐かしき者達 後編

 奥のテーブルに向かうと、軽食を片手に楽しげに話し合う二人の姿があった。


「よっ、ルイナ、メイ」


 俺が挨拶をすると、二人はこちらに気がついた。ぱあっと明るい笑顔を浮かべ、席に座るように促してくれる。


「ルシードさん!」

「ちゃんと来たのね」

「そりゃーな」


 俺達は二人の向かい側の席へと座った。すると、ルイナとメイは少し不思議そうに俺の隣の人物を見やる。

 そうか、ろくに紹介も出来てなかったか。


「あー、こいつはアザカ・ティルフィードっていうんだ」

「……どうも」


 アザカはペコりと会釈をした。ルイナとメイはそれに対し、優しげな笑みで同じく会釈を返した。


「私は総肆勇者フォース・ランカーのルイナ・イースロン。で、こっちが」

「同じく総肆勇者フォース・ランカーのメイ・シャフベルと申します。ルシードさんとはかつて、同じパーティーで活動していました」


 総肆勇者フォース・ランカー。ランク四桁の勇者に与えられる称号だ。いつの間にそんな高ランクになってたんだ.......。

 やはり俺の目に狂いはなかったと思うのと同時に、完全に置いていかれたという敗北感を味わっていた。

 そんな俺をよそに、アザカは二人の自己紹介に納得したように一つ頷いた。


「そういう関係だったのね」


 アザカは俺達の関係のことが少し気になっていたらしい。

 しかしそれ以上に、向かい側の二人は俺とアザカの関係性に興味深々のようだった。


「アザカさんは、ルシードさんとはどう言った関係なんですか?」

「そうそう!それ気になってたのよ!」

「私達の、関係……?」


 そう言われ、アザカは困ったようにこちらに視線を送ってくる。アザカと俺の関係……。仲間?協力関係にある異種族?ただの知り合い?

 うーん、どれもしっくり来ない。言いづらい関係、というより、言語化しにくい関係だ、これは。

 そう思った俺は順序よく話しをまとめたいと考え、言葉を切り出す。


「まあ、そこら辺は経緯も少し複雑だから後にして、先にルイナ達のことを教えてくれないか?俺が抜けた後、どうしてたんだ?」


 この一年間、頭のどこかにこびりついて離れなかった懸念。俺という存在があんな形で消えたあと、どんな流れになったのかずっと気になっていた。

 キースとオリバ。俺を落とした時のあの二人の様子は、狂乱に近いものがあった。だからもしかしたら、ルイナとメイが酷い目にあったのではないかと、ずっと心配していたのだ。


 その話しを切り出すと、二人の表情は翳り、自然と視線が下がっていく。それだけで、あまり愉快な話しでは無いのがわかる。しかし、彼女達はそれでも重い口を開いてくれた。


「あの日。私達は買い出しから戻ってきた後、あの家で三人の帰りを待っていた。けど、実際に帰ってきたのはキースとオリバの二人だけだった。だから聞いたのよ。『ルシードはどうしたの』、て。そしたら、二人して熱くなりながら応えたわ」




「あいつ、本当は盗賊だったんだ!」

「え、盗賊……?」

「うん。勇者になったのも元々人攫いが目的で、いろんなパーティーを渡り歩きながら人を攫って行こうと計画していたらしいんだ。無能力ヴォイドっていうのも油断させようとするための嘘で、あれは偽物のリングだったんだよ」

「ルシードさんが、嘘を……?」

「そうなんだよ!で、そのターゲットの内の二人がルイナとメイだったんだ!だから今日、邪魔な俺達を始末しちまおうってことで、襲い掛かって来たんだ!」

「何とか返り討ちにしたけど、捕らえることは出来なくて………。そのまま盗賊の仲間と逃げていっちゃったんだ」

「何はともあれ、危なかったぜ。このままだったらルイナとメイは攫われるところだった」

「僕達の手で守れて、本当に良かったよ」




「って、言ってたわ」

「へー、中々弁が立つな、あいつら」


 俺という存在を悪に仕立て上げ、自分達は二人を守った本当の意味での勇者なんだ、ということをアピールしたってわけか。

 まあ、誰も知らないド田舎村の出身の無能力ヴォイドなんて、見方を変えれば怪しいとこだらけだもんな。そういった作り話を成立させ易いし、信憑性を高めることも容易い。

 ようするに、俺はまんまとアイツらのダシに使われたわけだ。実際は俺が被害者で、あいつらは殺人未遂の犯罪者なんだけどな。ま、どうでもいいか。


「けど、私達はそれが信じられなかったんです。あれほど親身になってくれたルシードさんが、盗賊だったなんて……」

「キースとオリバの様子もその時から段々おかしくなっていったしね」

「おかしくって?」

「前にも増して妙に距離を詰めてきたり、しつこく絡んできたり……。それだけならまだしも、ルシードのことをとやかく言い続けていたりもしてね」

「クエストもまともに出来ない状態が続いたんです。それで、ルイナさんと相談して、パーティーを離れることに決めました」

「中々苦労したけどね。俺達を見捨てるのか、とか、僕にはルイナちゃんしかいないんだ、とかね。元々キースとオリバの気持ちには気づいてたけど、あそこで遂に告白されたってわけ。最悪な形だったけど」

「それで、お前達は受け入れたのか?」

「まさか。キッパリ断ったわよ。それでパーティーは解散になって、私達は二人で勇者の活動をすることになったの」

「キースさんとオリバさんについては、今何をしているのかわかりません。勇者をしているのか、はたまた地元へ帰還したのか………。」


 彼女達は飲み物を一口あおり、静かに続けた。遠くを眺めるように、瞳を細めながら。


「私さ、あのパーティー好きだったから、結構悲しかったんだよね」

「………そうですね。でも、あのままズルズルとパーティーに居続けることも、出来ませんでした。なにせ『駆け出しダッシュ』というパーティーは、ルシードさんを含めた五人でないと、成立しませんから」


 その言葉を聞き、再びあの時の記憶が蘇ってくる。

 みんなで共に泣き、共に笑いながらクエストをこなしていったあの日々を。同じ宿の元で、同じ飯を食べた、あの日常を。

 たった一年しか経ってないと言うのに、ひどく懐かしい。あの時は、本当に楽しかったな。


「一体、どうしてああなっちゃったんだろうね」


 ルイナは悲哀のこもった瞳でそう呟いた。


「ルシードさんは、何か心当たりはありませんか?キースさんとオリバさんの様子がおかしくなった原因を」


 メイの問いに反応して、脳があの時のキースとオリバの記憶を再生する。

 確か二人は、「女を誑しこんだ」とか、「俺達の女を奪った」とか言っていた。その言葉が意味するのは、詰まるところ俺がルイナとメイに異性的な意味合いで手を出した、ということなのだろう。

 それは全くの誤解だし、そもそもルイナもメイも俺みたいな男に興味など無いだろう。

 ようするに、原因の一端は俺への筋違いな愛憎ということになるのだろうか。けど、そんな勘違いをなぜしたのかわからない。それに、無能力ヴォイドである俺が目立つのが許せない、とも言っていたため、どの感情がどの程度の割合でキースとオリバの行動を決定づけたのかがわからない。

 しかし、ハッキリしていることは​─────。


「.......まあ、俺のせいだろうな」

「ルシードさんが、二人に何かをしたんですか?」

「いんや、何もしてない。​───してないからこそ、ダメだったのかもな.......」


 もっと二人の心の機微を気にかけるべきだった。あの日々がいつまでも続けばいい、なんて考えているだけじゃダメだった。あの日々を壊さない努力が必要だったんだ。

 そう密かに悔やんでいると、ルイナはじっとこちらを見つめてきた。


「じゃあ、一体あの日に何があったの?ルシードがいなくなって、二人の様子がおかしくなったあの日に​────。」

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