第二章 再会の調べ

第20話 懐かしき者達 前編

「クソがッ!!!」


 豪金の風ゴルトウィンドのリーダー、クレイス・ベルム。風凪のクレイスという讃名を持つ総壱勇者ファースト・ランカーは、今まさに激昴していた。青筋を立て、息を荒々しげに吐き散らす。憤怒の行き場を探し、整然と並べられている椅子を蹴り飛ばした。


「めんどくせぇことになりやがった……!」


 瞳は鋭く、放つオーラは針山のように刺々しい。男の怒りの原因は、貴族の父の言葉だった。


『昨今、調執騎士団に目をつけられている。儂の力を働かせるのにも限界がある、ということだ。今後は目立つ行動は控えるようにしろ』


 クレイスは今までに数々の罪を犯して来た。女を抱くため、気に入らない人間を消すため、暗闇に潜みながらも大胆に犯行を行ってきた。しかし、そのどれもが明るみに出たことは無い。

 その理由は、至極単純。己が権力を振りかざしていたからである。ラグロ・ベルム公爵の一人息子であり、総壱勇者ファースト・ランカーでもあるクレイスは、絶大なる権力を有する人間だった。故に、何が起ころうとも圧力で押し潰し、一度たりとも検挙されたことがない。

 しかし、それも終わりを迎えようとしている。短いスパンで罪を犯し続けてきたが故に、根回しが細部まで行き届かず、徐々に咎を暴かれていっているのだ。


 それを危惧した父からの、忠告だった。しかし、なぜ俺が手を引かねばならぬのかわからなかった。父も同じように権力にものを言わせて、今尚非道の限りを尽くしているというのに。そもそも、愚民共は俺に感謝するべきだ。貴族として民を導いてやっている上に、この圧倒的な力で魔族を葬ってやっているんだ。俺はその見返りを得ているだけ。それを糾弾することなど許されない。むしろ裏でひっそりとやってやってるだけありがたいと思うことだ。

 だと言うのに、気づけば眼前に咎を雪げという愚昧極まりない現実が迫っていた。ふざけるな。俺のやり方を否定するな。俺の道を邪魔するな……!


 そんな気持ちはあれど、焦りが生じているのもまた事実。しばらく大人しくしていれば、いずれ嫌疑はもみ消されるか?いや、そう上手くいくものなのか?もしかしたら、近いうちに罪が明らかとなり、権力を剥奪されるやもしれない。


 ───どちらにせよ、優先事項は決まっている。こうなったら、あの話しを早々に進めてしまおう。

 あれほどいい女、世界に五人といまい。取り逃してなるものか。そう考えてはいるが、俺に何らかの不祥事が起これば隙をつかれて逃げられてしまうかもしれない。

 そうなる前に、決めてしまおう。婚約してしまえば強い拘束力が生まれ、別離することは非常に難しくなる。

 加えて、しばらく息を潜めるならば、その間鬱憤を晴らす相手が必要になる。それこそ、あの女だ。婚約相手ならいくら抱いても罪にはならないからな。


 既に準備は進んでいる。外堀も埋めてある。あの女が断れる状況では無い。今まではそれなりに戦力として使えるから無理に推し進めるような真似はしなかった。しかし、もうこうなれば関係ない。


 俺はすぐに部屋を出て、2階にある女の部屋へと向かった。

 そして、勢いよく扉を開け放つ。


「なっ、あんた、ノックもしないで​────!」

「リアナちゃん」


 クレイスは世界を嘲笑うかのような、気味の悪い笑みを浮かべた。


「愛してるぜ​───」







♢






 ティルフィード家を出て数時間。道中、魔族に襲われながらも何とか王都の東門までやってきた。

 俺はそこにいる門番にプレジカードを見せ、通行許可をもらう。しかし、ここですっかりあることを失念していたことに気がついた。

 アザカは半分エルフであるため、魔術適性が義務化されていない。すなわち、プレジカードを持っていなかったのだ。

 そこで門番にプレジカードを持っていなくてもハーフエルフは入れるのか尋ねると、門番は素調イグザミンという魔術をアザカにかけた。どうやらその魔術でアザカが本当にハーフエルフなのか調べているらしい。

 その結果、ハーフエルフであると確定すると、アザカに特別通行許可証が手渡される。なんでも、エルフが賊に狙われることが多くなったことを考慮して、上層部が王都にエルフを積極的に迎え入れる方針を打ち立てたらしい。


「よき旅を」


 門番の人はささやかな笑顔で俺達を王都へと送り出してくれた。

 俺とアザカはそれに会釈で返しながら、門を潜り、王都へと足を踏み入れた​。


 瞬間、嵐のような活気に見舞われる。どこもかしこも大盛況で、声が途絶えることは無い。行き交う人々に統一性はなく、身分も年齢も千差万別。立ち並ぶ建築物は一つ一つが巨大で、ひしめき合っている。


「一年ぶり、か。変わんねぇな」


 俺が懐かしむように呟いていると、隣の少女は物珍しそうに辺りを見回していた。


「アザカ、王都は初めてなのか?」

「え、ええ」


 彼女は戸惑いと驚愕に包まれている。俺も最初来た時こんな感じだったな〜。

 エルフなら尚更、人間の密集地帯になど赴く機会はなかっただろう。


「どうだ、王都は?」

「.......率直に言えば、凄い。けど、少し怖い」


 彼女はそう言ってローブを握り、フード部分を深く被った。

 エルフは容姿が美しく、数が少ない。その上ハーフなんてお題目もつけば、さぞ裏取引で良い値がつくだろう。アザカはあの時の山賊に限らず、今まで様々な人間に狙われてきたに違いない。ならば、こんな人間だらけの場所に恐怖を感じるなという方が無理があるか。


「大丈夫か?なんなら森の方で待ってても​─────」

「大丈夫」


 彼女はそう言って、俺の服の裾をキュッと握ってきた。


「私が決めたことだから。けど、あまり離れないでもらえると、助かるわ」

「お、おう」


 そんなしおらしいことを言われ寄り添われると、自然と頬が熱くなってしまう。

 っと、浮かれてる場合じゃねーな。俺は頭を振り、アザカと共にギルドを目指した​────。


 雑渡の群れを抜け、歩くこと十数分。俺達は目的地へとたどり着いた。


「ここが.......?」

「ああ。ギルド・ガーベラだ」


 俺はそう応えながら、扉を開けて中へと入った。すると、あいも変わらず活気のある声と酒や食事の匂いが蔓延していた。

 ここも変わってねぇな。そう思いながら、俺はまず受付の方へと向かった。挨拶ぐらいはしておきたい。

 すると、ちょうど受付にはあの二人がいた。そのうち一人はこちらに気がつくと、驚愕に目を白黒とさせた。


「え、もしかして、ルシードさん?!」


 そう女性が声を上げると、もう一人も「なんだって?!」と言いながらこちらを見やる。


「うわ、本当にルシードじゃないかい?!」

「お久しぶりです、ミナさん、ガーベラさん」


 俺は軽く手を上げて挨拶をした。しかし、二人は開いた口が塞がらない様子だった。


「久しぶりってあんた、ギルドに顔も見せないで一体この一年何をしてたのさ!」

「まあ、色々あったんですよ」


 俺は頬をかきながら、乾いた笑みを浮かべた。しかし、対照的にガーベラさんの表情は強く引き締まる。それを見て、俺も態度を改めてしかとガーベラさんの瞳を見やる。


「あんた、悪に手を染めてはいないかい?」 

「いません」

「今も、ちゃんと元気に生きているかい?」

「いつも通り、元気です」


 俺はその二つの問いに、真正面から答えた。すると、それを聞いて安心したとばかりにガーベラさんは頬を綻ばせ、俺を抱き寄せた。


「ならよろしい!改めて、ようこそギルド・ガーベラへ!」

「ありがとうございます、ガーベラさん」

「全く、あんたってやつは.......。私だけじゃなくて、ミナもあんたのことずっと気にかけてたんだよ」


 そう言われてミナさんを見やると、瞳に涙を滲ませていた。


「本当ですよ!ルイナさんとメイさんもわからないって言ってたし、ずっと心配してたんですから.......!」


 ミナさんは堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに声を上げた。.......それも当然か。ミナさんはギルドと契約した時、最後まで俺の身を案じてくれていた。受付を離れる時だって、本当は止めたいところを、言葉を呑み込んで送り出してくれた。

 仕方のないことだったとはいえ、そんな人の前から急にいなくなるなんて、してはいけない事だった。


「本当にすいません、ミナさん」


 俺がそう言うと、彼女は無言のまま泣きあとを袖で拭った。


「............ミナは受付という立場上、色んな勇者と交流をする。元気いっぱいな筋肉バカから、お淑やかな少女まで、本当に様々な勇者とね。でも、そんな勇者が突然顔を出さなくなる、なんてことは多々あるんだよ。そして、のちに行方不明になったことや、戦死したことが知らされる。昨日までは普通に話していた勇者が、だ。その度にミナは悔やんでいるのさ。あの時止めておけば良かった、とね」


 ガーベラさんは静かに言葉を紡いだ。


「その中でも、あんたに対する後悔は一番大きかった。なにせ、あんたは無能力ヴォイドだ。今までのように悔やむ前に、絶対に止めるべき存在だった。けど、あんたの意志と私の言葉によって、ついに送り出してしまった。その後『駆け出しダッシュ』のメンバーとしてがんばっていて少し安心したが、結果は行方不明という残酷な真実だけだったんだよ」

「..............」


 俺は胸を針で刺される思いだった。ミナさんの苦悩を、今更ながら理解した。


「だから、あんたが帰ってきて一番喜んで、一番怒ってるのは、おそらくあの子だよ」


 そう言ってガーベラさんは背中をバシンと叩き、俺をミナさんの前へと送り出した。

 ミナさんの濡れた視線とぶつかる。謝罪か、感謝か。様々な言葉が脳裏をぎるが、一番伝えたいことは、これしかなかった。


「ただいま、ミナさん」

「.......おかえりなさい、ルシードさん」


 彼女は華やかな笑顔でそう応えてくれた。本当にこの人は、優しい人なんだな。

 そう思いながら心を和ませていると、「ところで」とガーベラさんが別の話題を切り出す。


「この子はあんたの連れかい?」


 そう言ってガーベラさんはアザカをじっと見やる。アザカはローブを握ったまま、言葉を返す。


「アザカ・ティルフィードです」

「ふむ.......。リングを付けてないようだね?」


 そう言われ、アザカは懐にしまってあった特別通行許可証を見せた。


「.......訳ありかい?」

「まあ、そういうことです」

「.............」


 アザカは体から警戒色を出す。何か心無いことを言われるんじゃないか。ここからつまみ出されるんじゃないか、と。

 しかし、ガーベラさんとミナさんの反応は真反対のものだった。


「そうかい。ま、ルシードが連れてくるってことは、問題ないってことさ。歓迎するよ、アザカ!」

「ようこそ、ギルド・ガーベラへ。少し騒がしいですが、ゆっくりしていって下さいね」

「え、は、はい」


 アザカはキョトンとしながらも首肯する。そんな彼女に近づき、俺はそっと告げた。


「いい人たちだろ?」

「ええ.......」


 彼女は頬を綻ばせる。ガーベラさんとミナさんは善良で頼りになる人達だ。それがアザカにも伝わったのなら、こちらとしても嬉しい限りだった。


 そう考えている内に、ここに来た目的を思い出し、彼女達に問いかける。


「あ、そうだ。ルイナとメイっていますか?俺、二人に会うために来たんです」

「ああ、一番奥のテーブルにいるよ。二人して妙にそわそわしてたからなんなのかと思ったら、そういう事だったんだね」

「そういう事です。じゃ、行ってきます」


 俺とアザカは二人に軽く頭を下げ、ルイナとメイがいるという奥のテーブルに向かった​────。






 ギルドマスターと受付嬢の二人は、その背中を眺めながら感慨深げに語る。


「ルシード、雰囲気変わったね。前みたいな丸さはなくなったが、より男らしくなったよ。いい目をしてる」

「そうですね。本当に、たくましくなりました」


 瞳に淡い光を宿すミナに、ガーベラは静かに言葉を送る。


「ルシードは、あんたにとって希望になったんじゃないのかい?」

「え?」

「今まで、行方不明者と言っても帰ってくる者は一人もおらず、実質死亡者と同義だった。けれど、無能力ヴォイドであり、行方不明者でありながらもあの子は帰ってきた」


 ガーベラは眩しいものを見るように瞳を細めた。


「あんたみたいな感情豊かで心配性な人間は、正直この仕事には向いていない。傷つくだけだからね。それでもあんたを雇ったのは、待ち続ける覚悟を持っていたからだよ。あの子のおかげでまたそれが強くなったなら、僥倖ってもんさ」


 ガーベラは口角を上げながらそう語った。ミナはそれに一つ頷き、柔らかく微笑みながら告げる。


「帰ってきてくれて、ありがとうございます。ルシードさん」

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