第18話 ハーフエルフ 6
「上出来だ、ルシードよ。やはり私の見込みに間違いはなかったようだ」
(そうかよ。んな事より、反動がやべーわこれ……)
俺は腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
「
(そう、かよ.............)
俺はその話しを半分ほども聞けていなかった。聴覚も何もかもが、痛覚に意識を奪われている。全身が軋み、細胞一つ一つが悲鳴を上げる。体は鉛のように重く、指先一つ動かせない。妙な眠気に襲われているにも関わらず、同時に苛烈な痛みが断続的に襲いかかってきているため意識が落ちることは無かった。
「その魔術は強力故に、反動も大きい。反射するものが強ければ強いほど、それはダイレクトに術者への負担となって現れる。今回は規格外に過ぎるからな。まともに動けるようになるまで三月はかかるだろう」
(マジ、か.......)
三ヶ月。また、俺は俗世から離れなくちゃいけないのか。それは結構、きついな。早く迎えに行きたいってのに。
「ルシード……!」
俺が無念に思っていると、背後からアザカが駆け寄ってきた。
「!あんた、その腕……!」
「ああ、ちょっと無理しすぎたらしい」
俺はハハ、と乾いた笑みを返した。しかし、彼女の顔は対照的に真剣そのものだった。
「俺のことはいいから、サナーレの花を────」
「そういうわけにはいかないわ。じっとしてて」
彼女は有無を言わさない勢いで、俺の背中に手をかざした。
すると、体がほんのりと暖かい光に包まれる。
「ひどい……。筋繊維は修復限界を越えるレベルでズタズタだし、細胞の損傷も激しい。特に腕なんて、ほとんど神経が死んでる」
「そんなこと、わかんのか?」
「ええ。とにかく、そのまま動かないで」
俺は言われた通りそこで静止する。まあ、元々大して動けないんだけど。
「───
俺の背中に当てていた手のひらから、じんわりと何かが流れ込んでくる。異質だが、心地よい。そんな言語化し難い感覚に見舞われていると、紫に染まった片腕が徐々に元の肌色に戻っていく。それだけじゃない。体中をひた走っていた痛みはどこかへ蒸発していき、痺れもだんだんと消えていく。
これは────。
「治癒魔術、か?」
「いいえ。治癒魔法よ」
「魔法………?」
彼女は俺の治療を続けながら淡々と答えた。
「魔術は、内に秘めた魔力を使用して運用するもの。けど、
「巻き戻す………?ようするに、俺の体を怪我を負う前の状態に戻すってことか?」
「そう。時間の逆行ね。けど、巻き戻らないものもある。それは、寿命と病。さすがに魔法と言っても万能ではないわ」
「それでも十分すげーよ」
俺は素直に感心してしまった。外傷を治すのではなく、外傷を負う前の状態に戻す魔法。確かに、通常の治癒魔術とはかけ離れた異質なものだった。
俺はアザカに治してもらっている間に、ルインへと声をかけた。
(ルイン、魔法のこと知ってたか?)
「当然だ。そもそも、私が魔術を生み出したのはそれが要因だからな」
(は…………?)
俺が頭に疑問符を浮かべていると、ルインは少し懐かしげに語り始めた。
「昔はエルフだけでなく、人間も魔法を使用していたのだ。人間は魔術が生まれる以前は、魔法を駆使して生活し、文明を発展させていた」
(そうだったのか……。でもだとしたら、魔術を生み出す必要はなかったんじゃねぇか?)
「そういうわけにはいかなかった。あのままではこの世界の全てが荒野になっていたからな」
(?どういうことだ?)
「魔法とは、先程そこの娘が言っていたようにマナを使うのだ。マナとはそれ即ち自然の恵であり、自然そのものと言ってもいい。少数が魔法を使う分にはなんら問題はないが、人間達は強力な魔法を大勢で使用していたため、次第にマナが枯渇していき、自然が生命を保てなくなっていったのだ」
(そんなことが…………)
「故に、私は人々に魔法を忘却させ、代わりに魔術、魔力という概念を与えたのだ。エルフは元々母数が少なかったため、そんな処置はしなかったがな」
ルインが魔術を人に与えた理由。それがようやく分かった。
「どうだ?謎が一つ解けた気分は」
(まあ、悪くねぇさ。お前が残りの疑問全てに答えてくれるともっとありがたいんだけど)
「その機会は自分で作るんだな。なに、そう遠い話しにはならんだろうさ」
ふふふ、と機嫌が良さそうに笑うルイン。全く、相変わらず掴みどころのない神様だ。
そう呆れていると、アザカはやがて魔法を解除していった。
「これでどう?」
俺はよっこらせと立ち上がり、肩を回す。痛みはすっかり消えていて、体も驚くほど軽い。右腕もまっさらな肌色に戻っている。俺の体の全てが、
改めて、魔法というものの力に驚愕する。確かに、魔術よりも遥かに強い効果を有していた。
「ああ、すげぇ楽になった。ありがとな」
「いいえ。お礼を言うのは私の方よ。本当に─────」
「ルシードーーーーー!!!」
「ルシードさん……!」
アザカの声を遮って、二人の少女の声が響いてきた。ルイナとメイ。彼女達は焦燥を顕にしながらこちらに走ってきていた。
「アザカ、俺はあの二人と話してくるから、その間にサナーレの花を取ってきてくれ」
「わかった」
アザカは首肯したあとすぐに花の元へと向かう。それと入れ替わりで、二人がこちらにやってくる。
「大丈夫ですか、ルシードさん……!」
「ああ、大丈夫だ」
「大丈夫だ、じゃないわよ!あのとてつもない熱線はなんだったの?岩山は吹き飛ぶし、
「まあ、色々あったんだよ」
俺はそう言ってテキトーに流そうとするが、さすがにこれほどの大事となると、そうはいかないようだ。
ルイナは力強く一歩踏み込んできた。
「色々じゃわからないわよ!ちゃんと説明して!」
「説明っつってもなぁ……」
二人には世話になったし、色々と話したいとは思っている。
しかし、今の俺達にそんな時間は無かった。
「ルシード、取ってきたわよ」
そう考えていたところで、ちょうどアザカはサナーレの花を持ってきた。これで、治療するための素材が揃ったことになる。
ならば、一刻も早く戻るべきだ。ミシアさんの元へ。
俺はルイナとメイの方へと向き直る。
「悪い、急いで戻らないといけねぇ!」
「はぁ?!まだ話は終わってないわよ!」
「ああ、わかってる。けど、時間がねぇんだ。用が終わったらすぐに王都に向かうから、それまで待っててくれ!」
俺が早口でそう告げると、ルイナは「なんなのよもう〜〜〜!」と言いながら髪をクシャりと揉み込む。
そんなルイナとは対照的に、メイは冷静に言葉を紡いだ。
「…………それでは、ギルド・ガーベラにてお待ちしています」
「ちょっとメイ?!」
「ルシードさんは、今回も約束を守ってくれました。だから、きっと大丈夫です」
彼女は控えめに微笑んだ。メイから厚い信頼が伝わってくる。それが俺にはとても心地よく、ありがたかった。
そんなメイの言葉を汲み取り、ルイナは盛大なため息をつきながらこう告げた。
「わかったわよ!事後処理とかはこっちでやっておくから、早く行ってきなさい。ただし、ちゃんと王都に来るのよ、わかった?」
「…………ああ、ありがとな!」
俺はアザカを連れて、二人に見送られながらその場を後にした─────。
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