第16話 ハーフエルフ 4

 あの頃の記憶が、濁流のように押し寄せる。

 『駆け出しダッシュ』。総捌勇者エイス・ランカーのみで構成されたパーティー。その名の通り、みんな駆け出しの勇者だった。決して強くはなかったが、無能力ヴォイドである自分を受け入れてくれる、優しくて暖かい場所だった。

 しかし、ある事件を境に、俺はそのパーティーを追放された。


 あれから一年。唐突で衝撃的な再会。彼女達とは、何も言わずに別れたままだった。


「「ルシード(さん)!!!」」


 二人はこちらに息せき切りながら駆け寄ってくる。メイに至っては俺の胸に飛び込んできた。


「うおっと.......!」


 俺は何とか体勢を保ちながら受け止めた。


「あ、メイずる.......じゃなくて!急に飛び込んだら危ないでしょ!」

「だって、ルシードさんにまた会えるなんて、思っていませんでしたから.......!」


 彼女は胸に埋めた顔を上げた。華のような笑顔を咲かせ、瞳には一粒の涙を溜めていた。


「久しぶりだな、ルイナ、メイ」


 俺は二人に笑いかけた。ルイナもメイも、前にも増して美人になっていた。しかし、纏う空気はあの頃と変わらない。優しく包むような、温かさがあった。


「本当よ、まったく。ルシードってば急にどっか行っちゃうんだから、すごく心配したのよ!」


 そう言って少しご立腹のルイナだった。しかし、綻んだ笑みや言葉に含まれる柔和さからは、隠しきれない歓喜が滲み出ていた。


「そうですよ!今まで何をしてたんですか?まさか、本当に盗賊を?」

「どっから出てきたんだよその考え.......」


 俺がそう呆れていると、背中をちょんちょんと何かが小突いてきた。俺は首だけそちらの方に向けると、ローブを羽織ったアザカがいた。顔はよく見えないが、焦燥と不安に駆られているのがわかる。

 俺は心を切り替えて、今は目の前の目標に集中することにした。


「それよりちょっと聞きたいんだけど、あの岩山って断球結界ドームが貼られてるよな?」


 俺はそう言って、奥にある岩山を指さす。魔族達に視界を遮られてていたためよく見えなかったが、思っていた数倍巨大な山だった。天を貫かんとする頂上は雲に隠れるほどの標高があり、規模は奈落アビスをも優に超えるものだった。

 その岩山には人間の何十倍にもなる穴が空いており、そこから目を覆いたくなるような邪気が漏れ出ていた。


「ええ、そうよ。広くは知られていないけど、あそこにはシュラムっていう災厄の魔獣が封印されているの」

「勇者はそのシュラムに引き寄せられた魔族達を定期的に倒しているんです。そしてたまたま今日派遣されたのが、私達だったというわけです」

「あー、そうだったのか」


 なぜルイナとメイがこんな所にいるのかがわかった。そして、シュラムもまた、ここに居座っているという確認もとれた。


「それで、ルシードさんはここに何をしに?」

「というか、後ろのその子は?」


 二人は首を傾げて疑問を投げかけてくる。しかし、本当に申し訳ないが、今はそれに答えている暇はなかった。

 俺はメイと離れ、後ろにいたアザカの手を取る。


「悪い、色々話したいところだけど、俺ら急がなくちゃいけねーんだ」

「え.......?」

「行くぞ、アザカ!」


 俺の言葉に一つ頷くアザカの手を引き、二人のわきをすり抜けた。そして、そのまま断球結界ドームに向けて走り出す。


「ちょっと、どこに行くのよ.......!」

「ルシードさん?!」


 俺は二人の声を振り切りながら、アザカと共に駆けていく。​───そして、程なくして断球結界ドームの壁が見えてきた。


「ルシード、断球結界ドームが.......!」


 アザカは不安そうに切らした息で言葉を紡ぐ。どうやって抜けるんだ、ということを問いたいのだろう。

 しかし、心配無用だ。なぜなら、俺達にはウザイけど頼りになる神様がついてる。


(ルイン.......!)

「全く、過干渉はせんと言ったはずだがな」


 ルインはため息をつきながらも、俺とアザカにあの時と同じ魔術を施してくれた。


「そら、界抜イグジットをかけてやったぞ。これで通れるはずだ」

「よし、突っ込むぞアザカ!」

「え、でも​───」

「いいから行くぞ!」


 俺達は意を決し、断球結界ドームへと突貫する。


「ルシード.......?!」


 後ろから追いかけてきていたルイナの声が響く。メイは息をのみ、アザカはぶつかる瞬間に瞳を閉じた。

 そして、俺達は断球結界ドームと接触する。本来ならば、外界からの侵入を許さぬ隔絶された結界だ。弾かれるのがオチだろう。

 しかし、俺達はそれをするりと抜けて、中に入ることに成功した。


「よし!」


 俺とアザカはそこでたたらを踏み、走る速度を緩めた。ここまで来れば、誰にも邪魔をされないだろう。魔族にも、あの二人にも​────。


「ルシードさん.......!」


 背後から声が響く。俺は振り返り、断球結界ドームの外にいる彼女らを見やる。


「一体どうやって.............。いや、今はそれはいい!とにかく早くこっちに戻ってきて、二人とも!」

「シュラムに見つかってしまっては、本当に大変なことになります。だから.......!」


 彼女達は懸命に俺たちに呼びかけてくれる。まあ、止められるだろうことはわかっていた。だから、断球結界ドームの中まで走ってきた。早急に花を手に入れるため。そして、二人を振り切るために。


「二人とも、何が起こるかわからねぇから、念の為断球結界ドームから離れといてくれ」

「はぁ?!何言ってんの、ルシード!いいから早くそこから出て​────」

「大丈夫だ」


 俺は彼女達に、不敵な笑みを向けた。


「すぐ戻ってくる。もう勝手にいなくなったりしねーよ」

「ルシード、さん.......?」

「ルイナ、メイ。​───あん時と同じように、俺を信じてくれ」


 俺は硬結した意志を言葉で伝え、彼女らに背を向ける。かつて共に戦線を駆け抜けた仲間に、これ以上の言葉は不要だ。


「アザカ、準備はいいか」

「ええ。行きましょう」


 俺とアザカは強い決意を抱え、岩山の中へと足を踏み入れて行った​────。







 止められなかった。勇者として、人として、かつての仲間として、彼の蛮行を止めるべきだった。どんな汚い言葉を使ってでも。どんな乱暴な手段を使ってでも、止めるべきだったのだ。

 しかし、私達はついに止めることが出来ず、ただ呆然と彼の後ろ姿を瞳に映すことしか出来ない。なんて情けない人間なのだろう。​───そう、後悔すると思っていた。

 けれど、この胸に宿る想いは、そんなものではなかった。




 倒そう。あいつを




 かつての戦いの記憶が蘇る。クエストを終えた途端に訪れた、ゴブリンロードという絶望。誰もが足をすくませ、自身の命の終わりを悟っていた。

 しかし、たった一人だけ、前を向いていた者がいた。それは、無能力ヴォイドの少年だった。

 彼は希望を捨て去ることをせず、全員で生きて帰ることだけを考えていた。総捌勇者エイス・ランカーが中級魔族に立ち向かうのは無謀だ。無傷で済むはずがない。全滅するのが目に見えている。

 だが、彼はそんな運命をひっくり返し、パーティーメンバーに勝利という名の未来をもたらしたのだ。

 無能力ヴォイドというハンデを背負っているにも関わらず、パーティーの英雄となった少年。




 あん時と同じように、俺を信じてくれ




 雰囲気や言葉遣いが変わろうと、瞳の色はあの頃と全く変わっていなかった。真っ直ぐと自身の道を見据える、輝かしい瞳。それは人々に希望を与え、心を奮い立たせる。

 彼らが走り出したとき、何か危険なことに首を突っ込もうとしている。そう直感した私達が、断球結界ドームに入るまでついに止められなかったのは、彼の瞳が未だに輝いていたからだ。


 それに加えて、あんな言葉を残されては、もう私達ぶがいしゃが口を出すことは許されない。

 ただ、信じること。それ以外に、私達に出来ることはなかった。


 ああ、もう。ほんとに​────


「変わってないわね。ルシードは」

「はい。ルシードさんは、ルシードさんでした」


 私達が恋をしたあの男は、今尚自身の道を歩み続ける、『勇者』だった​───。

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