第15話 ハーフエルフ 3
(聞かせてくれ)
俺がそう言うと、ルインは一拍置いたあとにそっと語り始めた。
「───サナーレの花。暗闇に咲き誇るという世にも珍しい花だ。とても希少として有名で、10年に一輪ほどしか咲かないらしい」
(それに、治癒効果が?)
「ああ。サナーレの花は病の原因を断つという効能を持っている。それとエーレムの葉を調合すれば、おそらく未知の病でもたちどころに回復するだろう」
(そうか……)
ミシアさんの病を治せる手立てが見つかり、少しだけ胸を撫で下ろした。
(それで、その花はどこに咲いている?)
「今は、ある岩山の洞窟に根付いているようだ。しかし、少々厄介な障害がある」
(障害……?)
「そこには、魔獣の中でも最悪と言われている───シュラムが住みついている」
(は……?魔獣?)
魔獣とは、
「魔獣が全員
(そんなことが………)
魔獣シュラム。聞いたこともない名前だった。そもそも魔獣自体については大して知識を取り入れていなかったため、
とにもかくにも、希望は拓けたわけだ。
「それで、どうする?相手は今までの魔獣とは比にならない相手だ。恐らく力だけならば
(……んなもん、決まってるだろ)
魔獣はどいつもこいつも一癖二癖あり、なおかつ特級魔族と同等の力を持っていた。あれほどの存在は世界中を探してもそうは居まい。
しかし、そんな魔獣の中でも別格とされている魔獣、シュラム。災厄とも称されるその魔獣が、一体どれほどの力を持っているのか、見当もつかない。しかし、これ程ルインが念を押すということは、かなりの難敵に間違いはないのだろう。
だが、俺の足を止める理由にはならない。どれほど相手が強大で凶悪だろうと、俺は真正面からその存在ごとねじ伏せよう。それに、
俺は、俺の決めた誓いと覚悟に従い、道を切り開いてみせる。
「アザカ、そのエーレムの葉はまだ取っておいてくれ」
「え……?」
唐突にそんなことを言われ、彼女は戸惑っていた。
「それだけじゃ足りねぇ。ミシアさんの病を治すには、もう一つ。サナーレの花ってやつが必要だ。俺が今からすぐにそれを取ってくる」
「え、いや、ちょっと───」
「それまで、待っててくれ」
そう言って俺は彼女に背を向けて走り出そうとする。しかし、袖が急に引っ張られ、俺は足に急ブレーキをかけた。
「待って!」
「なんだよ、アザカ」
「急にそんなこと言われてもわからない。つまり、どういうこと?」
「いや、今言った通りだよ」
「じゃあ、そのサナーレの花を取ってくれば、お母さんの病は治るの?」
「ああ、きっと治る」
そう告げると、彼女は一度顔を伏せた後、すぐに俺の顔を仰ぎみた。その瞳はどこまでも真っ直ぐで、強い意志が伝わってくる。
「なら、私も行く……!」
「……いや、それはダメだ」
「どうして!」
「今から行くところには、シュラムっていう災厄の魔獣がいるんだ。たぶん、いや絶対に、常人が立ち入っていい領域じゃない。だから、アザカには家で待っててもらって────」
「答えになってないわ……!」
アザカは顔をずいっと近づけてくる。その美麗な瞳には、俺の困惑した表情が映っていた。
「これは私が始めて、私が勝手にやっている、私の家族を救うための行為なの。だったら、私も一緒に行かなきゃダメでしょ!」
「でも、いくらなんでも危険だって……!」
「それは重々承知しているわ。あんたがそこまで言うのなら、本当に危険な相手だということくらい。それでも、私は行かなきゃならないの……!」
彼女は俺から視線を外すことなく、太陽のごとき熱さを持った言葉をはいた。恐怖も不安も呑み込み、ただ眼前にある希望を追い求める。その姿を勇敢と言うべきか、蛮勇と言うべきか、それは定まらない。
しかし、そんなことは関係ない。他者から見た像などどうでもいい。
なぜなら、俺に決意があるように、彼女には彼女の決意があるからだ。どんな茨の道でも、その歩みを止めることは出来ない。命を賭けてでも、果たすべき夢がある。そこに向かって愚かながらも邁進するその影を、俺はよく知っている。
ならば、俺のするべきことは、たった一つだけだ。
「───本気なんだな、アザカ」
「ええ。私も、そこへ連れてって」
アザカの意思に、全く持って揺らぎが見えない。それを見てしまえばもう、待っていてくれ、なんて口が裂けても言えなかった。
俺はこの少女の決意と熱意に、気圧されてしまったのだ。
「分かった。じゃあ、一緒に行こう。アザカ」
「ありがとう、ルシード……!」
そうして、俺はルインの案内を元に、アザカを連れて森林を疾駆して行った────。
♢
足を叱咤して走ること一時間。ルインによれば、どうやらもうすぐでそのシュレムの生息地へと辿り着くらしい。幸いにも、アザカの家からそう遠く離れた場所には位置していなかったようだ。
感じる。異様な雰囲気を放つ何者かが、この先にいる。
そして、近づけば近づくほど、辺りを闊歩する魔族の量が増えていった。
俺はそいつらの首や胴体を斬り払いながら足を進めた。アザカはと言うと、彼女も修羅場を潜り抜けていただけあって、腕は確かなものだった。懐にしまっていた短剣を目にも止まらぬ速さで振るい、魔族達を次々と絶命させていく。
しかし、魔族は増える一方だった。
「クソっ、なんだこの数は.......!」
鳥型、ゴブリン型、コボルト型の魔族に、土塊の巨人であるゴーレムや、食人植物のマンイーターなども混ざり、魔族の群れが混沌と化していた。
「おそらくシュラムの強い邪気に充てられて、この辺りの魔族は活発化しているのだろう」
ルインはそんな考えを冷静に打ち立てる。しかし、正直この魔族の異常発生の理由などどうでもよかった。
ただただ、この魔族達が邪魔で仕方がない。斬っても斬っても無限に湧いてくる。これでは埒が明かなかった。
こっちは、一刻を争っているというのに。
「ったく、いい加減に───!」
「
「
突如として飛来した、
「なんだ……!」
そう疑問に思っている内に、嵐のような猛攻はほどなくして鳴り止んだ。
辺りを見回すと、あれほど居た魔族は全て無残な姿に変貌を遂げていた。右半分の魔族は雷により全身を焼かれ、左半分の魔族は氷漬けにされた挙句に氷解と共にその身が砕け散っていた。
そうして魔族の塊が消失したことにより、一気に視界が開け、向こう側が見えるようになった。
「おーい」
「お怪我はありませんか……!」
そう声をかけてくれたのは、二人の少女。彼女達が魔族をうち払ってくれたようだ。その事に対し、俺は礼を言おうと足を進める。
しかし、だんだんと顔が鮮明になっていき、その姿をはっきりと認識していくと、お礼どころではなくなった。代わりに、俺の中で驚愕という名の電流が走る。
「え……?」
それは相手も同じようで、驚きにより目を白黒とさせていた。
「ルシード……?」
「ルシード、さん?」
彼女達は、俺の名前を呼んだ。小さくとも、はっきりと。
それで確信を得る。紺色のローブを羽織る紫色の髪をした少女。弓矢を背負った軽装の黒髪少女。二人とも、俺は知っている。
「ルイナに、メイか……?」
それは、予期せぬ再会。一年ぶりに顔を合わせた、元パーティーメンバーだった───。
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