第13話 ハーフエルフ 1
「やべぇ。歩くのだりぃ」
俺は決意を新たに王都へと向かっていたのだが、思った以上に距離があるのを忘れていた。馬車ですら三時間ほどかかったのだ。普通に歩いたら丸一日以上かかりそうだった。
「文句を言わずにせっせと歩け」
「お前も歩けや!刀と同化とかせこい真似してんじゃねぇ!」
「私がわざわざ歩くメリットが無いからな。ほら、口より足を動かせ。このペースでは日をまたぐことになるぞ」
めちゃめちゃ腹立つこの神様。
俺はルインに悪態をつきながらも、足を止めることはなかった。さっさと王都に向かって状況を確認しなければ───。
そうして歩くことしばし。景色の変わらない道にうんざりしてた頃だった。
「いい加減、観念しやがれ……!」
野太い男の声が響く。なんだ?勇者が魔族とでも戦ってるのか?
そんな思考が
「へへへ、こんなところで出くわすなんて、今日はついてるぜ」
森林の中にある開けた場所。そこには、複数の柄の悪そうな男達。そして、ローブに身を包む何者かが向かい合っていた。
「大人しくしてれば、痛い目に合わずに済むぜ?」
「さあ、こっちに来い!」
男達は獲物を構えて恫喝している。対するローブの人物は、何やら手のひら大の箱を大事そうに抱えていた。
「あんた達に構ってる暇はないの。そこをどいて」
透き通った調べのような声が聞こえてくる。察するに、あれは女性の声だ。
「どけって言われてどく馬鹿はいねぇよな?」
「その通り!俺らは山賊。奪って、売りさばいて、強欲の限りを尽くすことを生業としてんだよ」
「俺達に狙われたことが運のつきだな」
男たちは粘ついた笑みを浮かべながら、女性ににじり寄っていく。
「くっ……!」
女性に応戦する気配はなく、逃げようともしていなかった。恐怖に足が竦んでいるのか、はたまた別の理由があるのか。
どうあれ彼女の状況は四面楚歌だった。
「なぁに心配するな。俺達の相手をちょーっとしたあと、競売にかけられるだけだからよ?」
男達は徐々に広がり、女性の逃げ道を確実に塞いでいく。そして、一歩、また一歩と詰め寄っていき、ついに男の一人が彼女に手を伸ばした。
「さあ、来い……!」
あの手が彼女に届いてしまえば、彼女の運命は汚泥に埋もれる。非道の限りを尽くされ、心は深い闇に落ちてしまうだろう。
そんなことを、俺は許容できるのか?また目の前で、誰かが連れ去られる光景を、見たいのか?
いや、あんな思いはもう、うんざりだ。
ガシッ!
「な、なんだ?!」
気づけば俺は彼女に届く前に男の手を取っていた。
「女一人を大勢の男で囲むとか、恥ずかしくねぇのか?」
俺は男の手を自身の方へと引き込み、近づいてきたデコに思いっきり頭突きをかました。
「ぐわぁ!」
男は二歩、三歩と後ずさり、自身の頭部を抑える。
「だ、誰だてめぇ.......!」
「名前を知りたきゃまず自分から名乗れよ。まあ、興味ねぇけど」
俺が後ろを頭をかいていると、背後からポツリと声が聞こえる。
「あんたは.......?」
「ただの通りすがりだよ。ちょっとだけ下がっててくれ」
俺がそう言うと、彼女は少しばかり後ろの方へと離れていった。
「てめぇ、俺達の邪魔をするってことは、覚悟ができてるってことだよなぁ?」
「そんな安っぽい覚悟、持ち合わせてねぇよ」
「イキがるのも大概にしやがれ.......!」
まるで動物のように延々と吠え散らかす男達。俺はため息をつきながらそれらを聞き流していると、その途中で一人の男があることを呟いた。
「んん?おい、こいつのリング光ってねぇぞ.......」
「ああん?うお、マジだよ。こんなの初めて見たぜ」
「魔術の適性を持たない落ちこぼれってやつか?ハッハハハハハ!!」
「よく
「なんならお前も競売にかけてやろうか?まあ、少し珍しいくらいの無能野郎なんて誰にも相手にされねぇだろうけどな!」
男達の無駄にでかい嘲笑は鳴り止まない。その声はひどく耳障りではあるが、話している内容に関しては特に思うところはない。
これは俺が成長したのか、開き直っているだけなのか。
いや、その両方だな。
「あーはいはい。そういうのいいから、逃げるか帰るかどっちか選んでくれ」
俺が至極面倒くさそうに言うと、男達は青筋を立てて怒気を滲ませた。
「
男達は全員同時に襲い掛かって来た。多方面からの多重攻撃。加えて魔術による身体強化を施している。
その呼吸の合い方はまさに、多対一に慣れている人間達の動きだった。並の人間なら対処しきれずに絶命させられるのがオチだろう。
しかし、少し腕に覚えがある人間ならば、この程度は造作もない。
「外界に出て初戦の相手がこんな奴らとは、あれを使うまでもないではないか。幕開けは盛大にいきたかったのだがな」
ルインは不満げにため息をもらした。
「逆だろ。初っ端から強い奴とは戦いたくはねーよ。」
俺はそう言いながら、刀の柄を握り重心を落とした。
「うらああああ!!!」
斧、槍、剣。男達のそれぞれの獲物が、俺の体に降り注ぐ。
「危ない.......!」
背後から、ローブの女性の声がした。
いや、大丈夫だ。こいつらはどうせついて来れやしない。
───行くぞ、狭間。
刹那、キィン!!!という甲高い鉄が擦れるような音が響く。そして、男達の武器は全て粉々に砕け散り、当の本人達は十数メートルほど後方へ吹き飛ばされていった。
「ぐわああああ!!!」
泥のような悲鳴をあげ、男達は地面へと叩きつけられる。その後、誰一人として立ち上がってくることは無かった。
「まあ、こんなもんか」
俺は薄く息を吐き、コートの埃をはたいた。
「な、にが.......!」
そこかしこから上がる呻き声の中に、そんな問いが混じる。
「見えなかったか?こいつで斬ったんだよ」
そう言って、俺は狭間を水平な位置に持ってきた。
「バカな.......!てめぇはあの時抜刀していなかった。それに、納刀している所も見ちゃいねぇ.......!」
「そういう技だからな。言っておくけど、魔術でもなんでもねーから」
素人目には、何が起こったのかわかるはずもない。
────抜刀術。納刀状態から刀を抜き放つことで相手を斬り伏せる技法。間合いを正確に測り、体運びや重心移動を的確に運用することで、凄まじい速度と威力を発揮する。
俺がこの一年で磨き上げた唯一の剣術だ。これに関しては誰にも負けない自信がある。まあそもそも、抜刀術を使っているやつなんてほとんどいないだろうが。
「ほら、とっとと帰れ。俺も暇じゃねぇんだ」
俺がそう言うと、男達はよろめきながらも何とか立ち上がった。
「くそっ、覚えてやがれ!」
「そんなベタなセリフ吐く奴がいるのか.......」
山賊は互いを支え合いながら、よろよろと森の中に姿を消していった。
先程までの喧騒はどこへやら。辺りには静けさしか残っていなかった。
「怪我はないか?」
俺は安全になったのを確認すると、背後へと振り返り、女性に声をかける。
「ええ、大丈夫.......ありがと」
「別にいいよ。大したことはしてねぇし」
俺がそう言うと、彼女はおずおずとローブのフード部分をたくし上げ、その顔を見せてくれた。
「私は、アザカ・ティルフィード」
純麗で艶やかな菫色の髪。宝石のルビーのような紅い瞳。まばゆいほど美しく整った顔立ち。思わず目を見開いてしまうほどの美女だった。
しかし、放たれるオーラはどこか冷たく、寂しげなものだった。
「?あんた……」
俺は眉を潜める。彼女の耳に目をやると、それは普通の人間よりも少し尖っていた。これはある種族の特徴の一つだ。今となっては絶滅したとさえ言われる希少な種族。
「エルフ、か?」
「………………」
彼女は瞳を僅かに背けた。
「少し、違う。私はハーフエルフよ」
「てことは、人間とエルフの混血か……。道理で山賊に狙われるわけだ」
エルフ。森の番人とも呼ばれている種族で、耳は尖り寿命は長い。普段は森の中で平穏に暮らしているが、かつては人間と手を取り合い魔族を打倒していた時期もあったそうだ。しかし、そのエルフはいつ頃からかその数を急激に減らしていき、今ではほとんど目撃例がない希少種族となった。
そうして価値が高まったエルフらは競売にかけられれば富豪達が高額で買い取るらしい。そのため、人身売買を生業とするもの達はエルフを常に狙っているそうだ。それがさらに珍しいハーフエルフともなれば尚更だろう。
全く、吐き気のする話しだ。
まあそれはさておき、俺は先ほど持った疑問を投げかけてみる。
「それで、あんたなんで逃げなかったんだ?」
エルフなら森の地形には詳しいだろうし、逃げることも出来たはずだ。
「………これのせいよ」
言いながら、彼女はずっと大事そうに持っていた箱の蓋を開けた。その中を覗き込んで見ると、淡い光を放つ一枚の葉っぱが入っていた。その葉は幻想的で、不思議と心が奪われる。
「これは……?」
「エーレムの葉」
「え?それって、万病に効くって言われてる幻の葉っぱか?!」
「そうよ」
「よく見つけたな〜。あれってエーレムっていう希少な大樹に一枚だけしか生えない葉っぱだろ?スゲーな」
「よく知ってるわね」
あの頃は無我夢中で様々な知識を取り入れていたため、割りと知識量には自信がある。
彼女は箱の蓋をそっと閉じて、再び大事そうに抱える。
「これはあまり強い刺激を与えると効力が弱まっちゃうの。だから、激しい動きは出来なかった」
「あー、そういう事か」
その言葉で先程の謎は解けた。しかし、新たな疑問。というか、胸に引っかかることができた。
「それってようするに、どこかに届けたり持ち帰ったりするわけだろ?」
「そうだけど」
「その目的地までのあいだに、また襲われたらどうするんだ?」
「…………!それは……」
彼女は瞳を揺らめかせ、視線を下げていった。激しい動きが出来ないということは、魔族やさっきみたいな山賊に狙われた時に逃げることが出来ないということだ。その箱を置いて一旦巻いてから取りに戻るという方法もあるが、リスクは大きい。
どちらにせよ、彼女の旅路は危険極まりないものになるだろう。
そう考えると、俺はどうしても彼女を一人にする気にはなれなかった。
「………なあ、その目的地ってどこら辺だ?」
「ここから東に2キロぐらいのところだけど……」
彼女は若干戸惑いながらもそう答えた。2キロ。遠いな。これは尚更、放っておくわけには行かなくなった。
「じゃ、俺もそこに行くわ」
「え……?いや、大丈夫よ!命を救ってもらった上に、そこまでしてもらうわけにはいかない」
「気にすんなよ。俺が勝手についてくだけだから。あ、そう言えば名乗ってなかったな。俺はルシード・アルティシア。よろしくな、アザカ」
俺は半ば強引に彼女の護衛につくことにした。王都につくのはまだまだ先になってしまうが、それは仕方ない。
目の前に困っている人がいたら助ける。きっと、あいつもそうするだろうから────。
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